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小さな書店に、やがて世界を変革していく新しい作家たちがやってきた     中山末喜 

 シルビア・ビーチは書店を訪れるお客たちに対して、自分から積極的に本を買うように勧めることはなかった。しかし、たまたま、お客が本が気に入れば、彼女は、もしその本の著者がパリに住んでおれば、お客にその著者を紹介する労をいとわなかりた様子である。前述の〈週報〉記事も、この小さな書店が成功した秘密は、この書店が単なる書物の販売ではなく。それ以上に素晴らしい何かを持っていたからであり、書店の助けがなければ、いたずらに混乱して迷ったであろう多くのアメリカの作家たちに援助と激励を与えているところにあると述べている。

 この無名のアメリカ女性が、パリに書店を開く際、大いに協力し、その後引き続きこの書店の成功のために尽力したのは、アドリエンヌ・モニエというフランス女性である。本文中にあるように、彼女もビーチ同様、シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店の通りを隔てた向い側で、書店を開いていた。このアドリェンヌと親しかったキク・ヤマダという、当時パリで創作活動をしていた日本女性は、アドリニンヌの書店を回想したなかで、ビーチのことを次のように語っている。

「街は、そのはずれの教会の広場に、オデオン座があって、電車もカフェもない村の大通りのように静かだった。向い側には、インド女のように痩せた褐色のアメリカ婦人、シルヴィア・ビーチが、これもまた、『シェークスピア社』という詩と友情の店をはっていた。」「短く刈り込んだ黒い髪、鋭い眼差しの灰色の目、大ガラスのような形の小さな鼻、ニューイングランドのアメリカ女性らしい薄い唇をした若きシルヴィア、決然たる足どりで部屋に入ってくるところなどは、まさにシェリフの娘そっくりである」と描写している。また、アレクシス・レェジェは、シルヴィアはいつも入口に彼女が乗ってきた馬を繋いできたかのような印象を与える、とも語っている。

 こうした勇しい姿にもかかわらず。彼女は無口な方で、人々の会話にもごく短い言葉しか挿しはさまない控え目な内向型の女性であったが、ユーモアのセンスは特にすぐれていて、回りの人々を楽しませていたことも伝えられている。ヤンキー魂を内に秘めたこの慎しみ深いアメリカ女性の魅力は、アドリェンヌの協力もあり、また、第一次世界大戦後、アメリカに対する認識と興味を新たにしつつあった一般のフランス人たちの当時の風潮とも相俟って、彼女の書店に数多くのパリの作家や詩人たちを惹きつけることになった。


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