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手抜き介護 52 妖怪こんぶ男

昨年母の骨折入院で、私が一時的に父と暮らしていたころ、午前2時になると台所に現れる妖怪がいた。トイレに起きた父が、その帰りに台所でこんぶをちぎり、味噌汁鍋に水を張って浸す。暗闇から聞こえるチリチリパリパリという音が、耳まで口が裂けた妖怪を思わせた。手の先が水かき状になっていて上手くちぎれないから、あんな音が出るんじゃないか。

ああ、また妖怪こんぶ男か、とぼんやり目覚めた頭で思う。その妖怪はしかし、いつもすぐに父の姿に戻って隣のベッドに入った。指を見ると、ちゃんと人間の形をしている。出汁を取りたいなら、寝る前に浸しておいてもいい気がするが、毎回午前2時なのは妖怪の都合に違いない。

その妖怪が現れる前の年、父の卒寿と母の米寿を祝って温泉に1泊した。最初は泊まるほどのつもりはなく、どこかの小料理屋で食事でもしようかと誘った。それが、「メシか。卒寿祝いにしては質素だな」と言われて、急遽温泉にしたものだ。気づかなかったけど、祝われる気まんまんだった。

当時はまだコロナ渦で、旅行応援キャンペーンのようなことをやっていて、12000円分のクーポンがもらえた。両親で半分ずつ分けて売店に行くと、母はお菓子を大量に、父は全部使って小豆を買った。小豆? なんでかと思ったけど、もしかして仲間の「小豆洗い」への手土産だったか。しょきしょきしょきとひたすら洗い続ける、あれだ。

よく考えたら妖怪って、持てる特徴を全面的に披露しながら、ただ自然に生きているだけのような気がする。だとしたら、人間の夢の姿で、理想形なのかも。うちのこんぶ男も、自然児なんだよなあ。


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