【ショート・ショート】二人三脚

 パン、パパーン。花火の音が聞こえる。どこかで運動会が行われるようだ。
 ――走るのはあまり好きじゃなかったなあ。
 場違いな思いが頭をぎる。

 私は徒競走が苦手だった。三位までに入賞するとノートや鉛筆がもらえるのだが、人と競うことが嫌いだった私は、いつもビリかブービーだった。
 そんな私が初めて賞品をもらった種目。それが二人三脚だった。忘れもしない六年生の秋。相手に合わせるのは苦にならなかったから、彼女のペースで走っていたら、いつの間にか二位になっていた。
「岡田君、やればできるじゃない」
 日焼けした顔からこぼれる白い歯が印象的な同級生だった。

 そのが私のはんりよになろうとは。人生とは実に不可思議なものだとつくづく思う。

 やがて子供が生まれ、三人四脚になり、四人五脚になった。何度か足並みが乱れて、つまずきそうになったこともあったが、その都度何とか乗り切ってこれたのは、妻のお陰だと感謝している。
 やがて子供達も自立して、また元のように二人だけの生活に戻った。
 これからはゆっくりと歩いていこう。若い頃の力はないが急ぐことはない。一歩ずつ大地の優しさを確かめながら。
 そんな矢先、妻が病に倒れた。長い闘病生活。今度は私が励ましながら走る番だった。

 そして。

 もうすぐ私達の二人三脚はゴールを迎えようとしている。
 先ほど近しい人や親戚を呼ぶようにと医者から告げられた。

 子供達や孫らに見守られる中。
 呼吸器の下で、妻がわずかに微笑んだように思えた。
 ――こちらこそ、長い間ありがとう。
 私はうなずく。握りしめた妻の手に一瞬力が戻って、すっと抜けていった。
 今、二人の足からひもが解かれた。

 明日から私は独りで歩いて行かねばならない。
 だが私の左足には、まだ紐の感触がしつかり残っている。


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