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【連載】ラジオと散歩と味噌汁と(2/15)

あらすじ:散歩から戻り、朝食を摂りながらラジオを聞く。それが私の日常だった。ある日、いつものラジオ番組で、一年ほど前になくなったはずの君のリクエストが読まれた。私は椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。混乱しながらも、君と過ごした日々を思い出す。それはとても奇妙な思い出
だった……。

2.再会

 中学卒業から十五年目に開かれた同窓会の席で、君と再会した。四年前の夏のことだ。

 当時、私は定職には就かずアルバイトで糊口をしのぎながら、懸賞小説に作品を投稿する生活をしていた。だが小説家として生計を立てるという確固とした意志があったわけではない。そうできればいいなあぐらいに思っていただけだ。
 人付き合いが苦手で、友達はいないし、会いたいと思う人もいないのに、なぜ同窓会に出席する気になったのか、自分でもよく分からない。強いて理由を探しても、暇だったからぐらいしか見つからない。まあ小説のネタにでもなればいいか程度の軽い気持ちだったのかも知れない。
 それに多分君は参加しているだろうから、一目だけでも見られればラッキーぐらいに思ったことは確かだ。

 ホテルでの立食パーティだった。参加者は100名を超えた。1クラス35名ほどで6クラスあったから、ほぼ半数が参加したことになる。
 受付で、名前と卒業アルバムの顔写真が印刷された名札を渡された。それを首から提げて一々自己紹介する手間を省こうと言う趣向らしい。
 幹事の開会宣言の後、恩師の方々の近況紹介と続く。その後、集合写真を撮った。最後は正体をなくす奴も出るから賢明な処置だ。

 それから歓談となった。
 私は、恩師に挨拶した後、会場の隅に陣取って皆を眺めていた。名札のままの若々しい顔もあれば、見る影も無いほどおじさんやおばさんになったヤツもいる。
 話しかけてくる人も余りいなかったが、それでも何人かは近づいてきた。名札で名前と顔を確認しても、何も挿話が浮かんで来ないし、後が続かない。仕事を聞かれてフリーターだと答えると、「じゃあ、頑張って」と気まずそうな顔をして去っていった。
 私は次第に参加したことを後悔し始めていた。

 せめてものことと、私は君の姿を捜す。すでに幾つかの人だかりができている。その中でも一番大きな群の中心に君がいた。
 当時から君は明るくてクラスの人気者だった。いつも君の周りには囲みの女子がいて、男子生徒の視線が集まった。
 その時も多くの男女が君を取り巻いていた。君はまぶしいほど、大人の女性としての魅力に溢れていた。私は離れた所からそんな君をちらちら盗み見していた。
 ちびちびとビールを飲みながら、一刻も早く散会になることを願っていた。

 小一時間ほどした頃。君がその輪から離れた。取り巻きの一人が何か言ったようだが、君はそれを制して、自身で飲み物を取りに行くようだった。そして君は、私の側を通り過ぎ際に、「ねえ、ここ、出ない?」と耳打ちしたのだった。
 私は心底驚いた。会は、まだ一時間ほど余していた。聞き間違いかと目で追うと、君はいたずらっぽくウインクを返した。飲み物を片手に戻り際、「二十分後、中町通りのスナック『ハナ』で」とささやいた。
 君は救いの女神だった。


 我々は別々に会場を抜け出し『ハナ』で落ちあった。
「今頃、君がいないって大騒ぎかもよ」
「ううん、そんなことないわよ。私一人いなくなっても何も変わらないし、誰も気にしないわよ」
 君は茶目気たっぷりの笑顔を見せる。
「そんなものかな。でもあいつら、僕と二人きりでいるなんて想像もできないだろうな。見つかったらボコボコにされそうだ」
 私は、君の熱狂的ファン数名の顔を思い浮かべて、首をすくめた。

「でも、どうして僕なんかを誘ったの?」
「一人でつまらなそうだったから」
 君は身も蓋もない言い方をする。僕が苦笑すると、
「でも私もそう。みんな子供や仕事の話ばかりで、疲れちゃった。そしたら、誠君はあの頃みたいに一人ぽつんと我関せずみたいな顔で、懐かしくって」
「そうだっけ」
「誠君は話すと面白いのに、いつも気難しそうな顔で人を寄せ付けようとしないから、誰もそのことを知らないのよ」
 冗談を言うわけでもないのに面白いと言われても、僕は一向にぴんと来ない。

「ねえ、さっきから誠君、誠君って、僕のこと誰かと間違えていない? 僕、誠って名前じゃないよ」
「分かってるわよ。鈴木雅人くん。それで、誠君、覚えてる? 三年の時、誠君の席が私の後ろで、よく深夜放送のこと話してたじゃない。あの頃、本当に楽しかった」
「うん、僕もだ」
 そう言えば、その時だけは普通に話せていたことを思い出した。それを皮切りに思い出話に花が咲き、結局店が閉まるまで続いた。


 駅まで送っての別れ際。
「ところで誠君、結婚は?」
「まだ。プータローで一人で食うのもやっとだから、そんなこと考えたこともないよ」
「そんなこと関係ないわ。ねえ、私達、付き合おうか?」
 私は耳を疑ったが、君は本気だった。
「どうして僕なんかと」
「あまり自分を卑下しないの。人を好きになるのに理由なんかないわ。ずっと昔から私、誠君のこと、気になっていたのよ」
「さっきも指摘したけど、僕の名前は誠じゃないよ」
「分かってるわよ。まあわばラジオネームみたいなものよ。で、返事は?」
 否応なかった。
 それから二人の付き合いが始まった。

<続く……>



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