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【ショート・ショート】顔 その2

 ん?
 山田が気づいた時、いつ来たのかベッドの傍らに五歳ぐらいの子供がたたずんでいた。
「坊やはどこから来たんだい」
「……」
「坊やも入院しているのかい」
 首を横に振る。
「そうか。じゃあ、お見舞いだな。お父さんは?」
 ううん。またも首を横に振る。
「じゃあ、お母さんは?」
 うなづいた。

「そうか迷子かな。看護婦のお姉さんが来たら、お母さん、捜してもらおう」
「おじさんは、どこが悪いの?」
「この辺りが、ちょっとな」
 山田はお腹を押さえた。
「おじさん、悲しそうだね」
 山田は、ドキッとした。
「坊や、分かるのかい」
「うん、僕が聞いてあげるよ」
「そうかい。誰にも言えないことがあってな。聞いてくれるかい」
 幼い子供にどこまで理解できるか疑問だったが、黒い大きな目に引き込まれるように話し始めた。

 俺はさ、昔、人を殺したことがあるんだ。もう時効だけどな。時効ってわかるか? そうか。
 その頃俺は働こうにも仕事が無くてな。その日食べるものにも事欠く有様だった。
 腹が減ってよぉ、盗みに入った家で、住人に見つかってな。み合ってるうちに弾みで殺しちまったんだ。
 俺は急に恐ろしくなってよぉ、奥に人影が見えた気もしたが、一目散にずらかったよ。
 俺は逃げたよ。警察からも、世間からも。家族を捨て、名前も捨てて、逃げ続けたよ。
 でもよぉ、あの顔が追ってくるんだよ。恨めしそうな男の顔がよぉ。どこまでも、どこまでもな。
 時効がきてもよぉ、気なんて休まりゃしないんだよ。

「あれっ、坊や、前にどこかで会ってないかい?」
 子供に目を向けると、そこには男の顔があった。あの時の血まみれで恨めしそうな顔が。山田は恐怖で凍り付く。
「やっと捜したぞ。誰だか、分かるか」
 長い逃亡生活でぼろぼろだった心臓が悲鳴を上げた。

 山田一郎は行き倒れで病院に運び込まれてきた。衰弱が酷く、昏睡状態が続いていた。
 夕日が差す病室。
 たまたま井上が回診している時、山田の意識が戻った。井上はすぐさま、
「山田さん、どこだか分かりますか?」
 と声を掛けた。だが山田は心臓発作を起し、苦もんのまま息を引き取った。

 勤務明けで帰宅した井上を、母親がねぎらった。

 仕草まで亡き夫に似てきた息子に、母親は目を細める。


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