【ショート・ショート】コッコ
先日、田中さんから聞いた話を紹介しよう。
田中さんは小さな養鶏場を経営している。鶏は狭いケージには入れず、広い柵の中で放し飼いである。
田中さんは、その中で他と明らかに違う行動をしていた雛を見つけた。田中さんは、それにコッコと名付けてペットにした。手塩にかけて育てたので、愛おしさも一入だそうだ。
田中さんは、昼食後腹ごなしに散歩に出る。1時を少しでも過ぎると、コッコはけたたましく鳴いて田中さんを急きたてた。
コッコは、人間と同じように時間の観念を持っていたのだ。
「こいつは、賢いんだ」
鶏は体も小さいし、頭部も小さい。従って、そこに収まる脳ミソも必然的に小さいので、知能が低いと思われがちであるが、決してそんなことはない。
コッコは田中さんの自慢だったのである。
散歩の道順はいつも決まっていた。自宅から商店街中程の路地を抜け、土手に出て、川沿いの公園で遊んで帰るコースだった。リードは付けず、コッコを先にやり、田中さんが後から付いて行く。コッコは迷うことなく歩いた。
大体一時間程度。お腹周りが気になり出した、運動嫌いの田中さんにも、毎日続けられるほどの距離だった。
ある日のこと。いつものコースが工事中で通行止めになっていて、変更を余儀なくされた。
だが一つ先の路地との間には肉屋があって、ガラス張りの陳列台の片隅には鶏肉が並べてあることを田中さんは知っていた。
案じながら見守っていると、コッコは陳列台の前でひたと止まり、コケコッコーと鳴いた。実に悲しそうに響いたそうだ。
お前には、分かるんだな。
田中さんはコッコを抱きかかえ、逃げるようにその場を離れた。
その時、もう決して肉屋の前は通るまい。田中さんは、心に決めたそうだ。
ある日、いつものように散歩に出た田中さん、少し前を歩いていたコッコが商店街に入って直ぐの所で、急に立ち止まったのを見た。
そこは元靴屋だったが、半年ほど前に閉店した。やっと買い手が見つかったようで、数週間前から工事の手が入っていた。
今日、開店したらしい。コッコは、店先の店員に向かって、コケコッコーと鳴いた。
田中さんが走り寄ってみると、そこにはあの有名なカーネルおじさんの人形が立っていた。田中さんは慌ててコッコを脇に抱えようとした。
その時、またもやコッコは鳴いた。
あれっ?。
田中さんは、コッコの声色が先日とは違うと感じたらしい。どうもコッコは、店員が配っている試食に興味があるようだ。
田中さんは、それを確認するために、試食をもらってコッコに与えてみた。
するとコッコは、それを骨に一片の肉さえ残さず、キチンと平らげたのだそうだ。
コッコは、その骨付きの唐揚げが欲しくて鳴いただけだったのだ。
自分だけが感傷に浸っていたのだと、田中さんはその時気づいたそうだ。
「ところで、今日、コッコは?」
私が尋ねると、田中さんはぽっこりお腹をポンポンと叩いたのだった。
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