【連載】冷蔵庫と魔法の薬 (1)
1.闖入者
環が突然訪ねてきたのは、金曜日の夜八時頃だった。
健二は帰宅したばかりで、風呂が沸くのを待ちながら、ソファーでくつろいでいるところだった。
「宅配便でーす。お届け物でーす」
インターホンから間延びした声が流れた。
「はーい」
――何か頼んでいたかな。
ハンコを手にいそいそとドアを開けると、そこに環がいた。
「えっ、何で、お前が……?」
目を点にしている健二を後目に、
「駄目だよ、ニイニ。ちゃんと確認してからドア開けないと。私だったから良いようなものの、悪い奴だったら大変なことになっていたよ」
環は健二の側をすり抜けて、
「二、三日泊めて。友達の結婚式に呼ばれたの。その荷物、お願い」
と言いながら勝手に部屋に上がり込んできた。
「夕食は済ませてきたから」
と背中で言った。
闖入者は、上村環、二歳年下の幼なじみだ。ニイニというのは、健二のあだ名で、新居健二が本名であるが、中学生の頃クラスにもう一人いた荒井と区別するために、なぜか健二だけ『しんきょ』とか『にいい』と呼ばれていた。
それがいつ環の中で『ニイニ』になったのか、今となっては分からない。そのため実の妹でもない環にそう呼ばれても、健二は然程違和感なく受け入れている。
「泊めてって、お前。この間お盆に帰省した時には、何も言ってなかったじゃないか。おばさんは承知しているのか?」
「もちろんよ。ニイニは、うちの両親の信頼が厚いのよ。特に母は呆れるくらいね。隣の部屋にどんな人が泊まっているか分からないホテルより、ずっと安心できるみたい」
「俺が隣に寝ていたとしてもか?」
環は黙ったままじろりと健二を睨んだ。
「二、三泊の荷物が、何でこんなに重いんだ」
健二は、悪態を吐きながらキャリーバッグを運びこんだ。
「せめて事前に電話ぐらいしろよ。俺にも都合ってものがあるんだ」
「駄目よ。それじゃあ面白くないもの。それに、おばさんの了解は得たわよ。『どうせ休日も一日中部屋でゴロゴロしてるわよ。環ちゃんが行ってくれたら、少し刺激になっていいわよ』ですって」
「暇って、決めつけるなよ」
「それに、ついでに様子も見てきてって頼まれてるの」
環の目が悪戯っぽく光る。こいつとお袋がタッグを組むとなかなか手強い。どうせ、ここでの話はお袋に筒抜けになるのだろう。正月の帰省は気が重いものになりそうだ。
「いいよ。わかったよ」
「まあ、コーヒーでも淹れてよ。久しぶりに飲みたいなーっ」
「俺は夕食前だ」
「えっ、そうなの。じゃあ、何か作ろうか?」
「コンビニで弁当買って来てるから、いいよ」
「ダメだよ、ニイニ。ちゃんと栄養、摂らなくちゃ。味噌汁でも作ってあげるよ」
「味噌なんか、ないぞ」
「じゃあ、スープにするね」
環は冷蔵庫の中身をざっと確認して、野菜などの残り物でささっと作った。その手際の良さに、健二は目を見張った。
「どう、惚れ直した?」
「惚れ直してない。と言うか、まだ一度も惚れてない」
「またまたーっ。照れなくてもいいよ」
「その前に、味だな」
健二は一口含む。
――悔しいが、旨い。
「うん。まあまあだな」
環は健二の顔が緩んだのを見逃さなかったが、敢えて何も言わなかった。
「ところで結婚式場は、どこだ?」
「ちょっと待って」
環はキャリーバッグから、招待状を取り出した。
「港区**の**ホテルだって。美容院を九時の予約ね。ニイニ、送ってよ」
「じゃあ、余裕を見て、ここを八時前には出たいところだな」
「じゃあ、今夜のお酒は我慢するとしますか。ソファー、借りるわね」
環はキャリーバッグからパジャマやら化粧品ポーチやらを取り出して、寝る準備を整えた。
「お風呂、沸いてるから、先に入っていいぞ。明日に備えて早めに寝な」
「うん、ありがとう。食べ終わったら、流しに置いておいて。上がったら洗っておくから」
<続く>
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