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【連載】ラジオと散歩と味噌汁と(5/15)

あらすじ:散歩から戻り、朝食を摂りながらラジオを聞く。それが私の日常だった。ある日、いつものラジオ番組で、一年ほど前になくなったはずの君のリクエストが読まれた。私は椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。混乱しながらも、君と過ごした日々を思い出す。それはとても奇妙な思い出だった……。

5.散歩

 結婚して、二回目の初夏の頃。
「あなた、最近胃の調子が悪いって言っていたでしょう。病院で一度ちゃんと看てもらったら」
 締め切りに追われて徹夜が続いた。やっと君に明るさが少し戻った頃のことだ。

「でも、もう何ともないよ」
「私、今年三十二でしょう。本厄年だったんだって」
 君がどこからか聞き込んで来た情報。
「厄なんて迷信だよ。僕は……」
 君は、話をさえぎって、
「そうでもないわ。流産したのだって……」
「……」
「その上あなたにもし悪いことでも起こったら……」

 君の声は興奮して次第にかん高くなってきた。この話を長引かせるべきではない。
 私は気づいた。君の傷口はまだえていない。それどころか、まだだらだらと血を流し続けていた。君の顔が崩れそうになる。
「分かった、分かった。君の言うとおりにするよ。明日一番で予約するよ。それでいいだろう?」
 私は全面的に承諾して、この話を終わらせた。

 一週間後、私は病院で診察を受けた。君は私の帰りを首を長くして待っていた。
「どうだった?」
「うん。胃壁が少し荒れているけど、特に異常はないそうだ」
 君はどんな小さな異常でも聞き漏らすまいと耳をそばだてている。
「ただ中性脂肪が基準値をちょっとだけ越えているみたいだ」

 医者は気にするレベルではないと言ったが、どこか一つくらい悪いところがあった方が、逆に君は安心するだろうと思った。
「ほら、病院で看てもらって、よかったじゃない」
 君は鬼の首を取ったみたいに胸を張った。

「何か体を動かすことをした方がいいと思うわ。どこか悪くなってからでは遅いもの」
 私は黙ってうなづいた。
「まずは簡単なことから。そう、散歩なんか、いいんじゃない」
 君は一人でさっさと決めると、
「私も付き合うから」
 と先手を打って、私の逃げ道を断ったのだった。

 次の日から、いつもより三十分早く起きて、連れ立って近所を歩いた。あまり気乗りしないまま始めた散歩だったが、一ヶ月もしないうちに面白くなって来た。
 それにつれて少しずつ時間と距離を伸ばしていって、今と同じ五時に起床して一時間ほど歩くようになったのは始めて二ヶ月も経たないうちだった。

 散歩から一緒に戻って、君が朝食の用意をする間に、私は身支度を済ませ、揃って朝食を摂る。慎ましくも満ち足りた日々。
 不運を乗り越えたかに見えた。
 二人の生活はこのままずっと変わることなく続くものだと、その頃は微塵も疑っていなかった。

<続く……>

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