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【ショート・ショート】プレゼント

「これ、お友達から誕生日のお祝いだって……」
 母が消毒済みのタブレットを持って無菌室に入ってきた。
 高校の女子サッカー部の仲間からのメッセージビデオらしい。

「こんな姿、友達に見せたくない」
 私は泣いた。白血病の抗がん剤の副作用で、髪が抜け、顔がむくんでいる。
 そんな私のために、母はテレビ電話でお祝いしたいという申し出をうまく断ってくれた。

 私は早速ビデオ動画を再生する。
「器械への悪影響があるからテレビ電話はNGとのことで、ビデオにします。冬美の笑顔が見えないのは残念だけど……」
 私の誕生日会は、部長のアッコ先輩の挨拶で始まった。
「みんな、ケーキの準備はいい?」
 はーい。OKです。
 カメラは誕生ケーキを囲う仲間たちを捉える。みんなの笑顔が見える。まだ一ヶ月なのに随分永い間会っていない気がする。

「ろうそくは年齢分きっちり立てるよ」
 ――まだ、年をさば読むには早過ぎますよ。
 先輩のボケに笑いながらツッコむ。
 明かりが落とされて、16本のろうそくに火が点された。その後ハッピー・バースデー・ツー・ユーの合唱が続く。
「さあ、冬美、消して」
 私はためらいながら画面に向かって息を吐く。少し時間のずれがあって、画面の中のろうそくが揺れた。だが、2本だけ消え残った。

「今日は特別に男子サッカー部の……」
 カメラが動いて安藤先輩のアップになった。
「……安藤君も参加してくれてます。じゃあ安藤君、残り、お願いします」
 ――えっ、何で?
 私の戸惑いも一緒に安藤先輩が吹き消してくれた。
 ――アッコ先輩、素敵な演出、感謝です。
 数カ月前、部活の帰りに話したことを覚えていて、ここに彼を呼んでくれた。

 一瞬の闇。電気が点けられた。
「冬美、誕生日、おめでとう。ケーキは私達が責任を持って頂きたいと思います」
 歓声が上がる。

「冬美、誕生日おめでとう。じゃあ、一人ずつメッセージをお願いします。まずはキャプテンの忍野真澄さんから」
 カメラが少し回転して、忍野の日焼けした顔が大写しになる。
「冬美、早く良くなってね。去年のインターハイ1回戦での決勝ゴール、最高だったよ。今年は惜しくも県大会決勝で負けちゃった。来年は良い報告、待ってるよ」
 ――忍野先輩、ありがとうございます。頑張ります。
「キャップ、ちょっと長いよ。まだ30人以上いるんだから。いい、短くね。次、フォワード水島優子さん」
「私達三年は卒業だけど、後は冬美達二年と一年に託します。早く復帰してね」
 ――優子先輩、ご苦労様でした。
 次々とお祝いのメッセージが続く。私は画面の一人一人にお礼を言いながら見つめている。

「では、今日の特別ゲスト、安藤君」
「冬美、本当は二人きりで祝いたかったけど、それは来年に延ばすよ。誕生日、おめでとう」
 ――ばか。こんなところで、恥ずかしいじゃないの。
 えっ、そうなの。知らなかった。羨ましい。
「みんな、静かにして」
 この場に安藤がいる意味を、みんな何となく察していたのだろうが、それでも部室がざわついた。
 ――どんな顔して、みんなに会えばいいのよ、もう。
「じゃあ、最後は私。えーっ、部長の田中明子です。言いたいことはもう皆が大体言ってくれたから、私からは一つだけ。後は任せたよ」

 みんな、私の病気のこと知ってるはずなのに、明るく励ましてくれる。
 私は36+1個の優しさに涙が止まらない。

 画面が暗転して、エンドロールムービーが流れる。

冬美、誕生日おめでとう!
冬美、早く元気になって、戻ってきてね。
待ってるよ!

 最後の方は滲んで読めなかった。


 暗くなった画面をしばらくぼーっと眺めていたが、思い立ってビデオをまた頭から再生する。
 早送りして安藤先輩がろうそくを吹き消す場面から通常速度に戻す。彼が少し唇をすぼめた所で静止させた。

 周りに目をやる。母がいないのを確認して、私はためらいがちに画面に近づく。

 明日から、また抗癌剤治療が始まる。
 私、もう一度ピッチに立ちたい。ボールを追い掛けたい。安藤先輩、私に病気と闘う勇気を下さい。

 私は冷たい画面にそっと唇を触れた。



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