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簡単といえば簡単、難しいといえば難しい。つまり奥深い。

暖冬の影響で心配されたが、なんとか湖も凍り、いざ念願のワカサギ氷上穴釣りへ。なあに、氷に穴を開け、針にエサをつけて、糸を垂らす、そしてワカサギちゃんがパクッと食いついてくれるのを待つだけ。簡単だ。初回から100匹超えもありえるんじゃね? と舐めてかかってゴメンナサイ。確かに手順は簡単だけど、釣り方はけっこう難しい。つまり、ワカサギ氷上穴釣りは奥深いのであった。


回せども回せども

それにしても不思議な気分だ。大きな湖の上を、歩いている。朝日が昇りきって明るくなると、足元がはっきりと見えてきた。氷の下には確かに水が見える。この氷は、湖の表面に降り積もったシャーベット状の雪が、解けずに凍ったものだという。もし割れたらと想像するとゾッとする。なにせ雪も解けずに凍ってしまうような水温だ。落ちたら一溜りもないだろう。そろりそろりと慎重に歩みを進める。

松原湖こと猪名湖いなこは周囲の長さが約2キロ、最大水深は7.8メートル。多くの釣り客が、宿から見て一番奥の湖岸近くに集まっているのは、そこが最も深いエリアだからだ。理由は分からんが深い方が食いつきやすいという。我々もそこに向かう。しかしすでに先行組のテントで一杯。

釣れそうなスポットはあっという間にテントで一杯に

まあ、写真も撮らんくちゃだし、絵作りも考えて全体が広々と映り込む湖の中央付近に本日のベースキャンプを設営。といってもソリ兼テントを置き、穴を開けるというだけなのだが、気分はそんな感じ。やはりアウトドアは男の冒険心をブーストする。

そう、この穴を開けるの、やってみたかったのよ。宿からレンタルした巨大ドリル。原始的な手回し式。ここまでシンプルだとAIもIoT(センサーなどを使ったモノのIT化)も入り込む余地はない。記念すべきファースト掘削は編集長にゆずった。さあ、存分に削ってくださいませ!


氷に穴が全然開かない

ひたすら回すが……

シャカシャカシャカ……。

乾いた掘削音が3分ほど続いた。かき氷のような氷クズはたくさん出てはくるのだが、いっこうに穴が開かない。

どうしたんですか? 編集長! 根性見せてくださいよ!

「いや、けっこうこれコツがいるし、腕も疲れるし」

なんだか日和ひよったことを言っているので、記者が交代。ここは昭和男子の意地の見せどころ。ふん、俺が本気になりゃ、あっという間にポッカリと穴が……開かない!

なるほど、自重をかけないと削れていかないんだな。ドリルに全体重を預けつつ、素早くハンドルを回す。この塩梅あんばいが、けっこう難しい。

しっかり体重を乗せないとドリルが食い込んでいかない

あっという間にダウンジャケットとフリースの重ね着の下は汗ダクだ。


老眼にはつらい

15分ほどしてようやく貫通。すでに一仕事終えた気分。お疲れっしたー! と言いたくなりそうだが、本番はこれからだ。

穴を開ける時に出た氷クズをおたまですくい出す(このためにあったのか!)

まず、釣り方について簡単に説明すると、糸の先に返しのついた針が等間隔で3つ付いていて、そこにエサをつける。それを穴から垂らし、底についたところで糸を竿さおに固定し、あとはアタリが来る、つまりワカサギが食いつくのをひたすら待つという算段だ。

エサはハサミで切った小さいイモムシ

エサは白サシと呼ばれるハエの幼虫(ゲッ……)

簡単っちゃ簡単だが、そもそも針が米粒ほど小さい。ここ数年めっきり進んだ老眼にはつらいし、寒さで指がかじかんでいる。ものすごく付けづらい。

とにかく針が小さい!

活きエサもムニュムニュ動いて気持ち悪いし、しかもそれをハサミで切って体液を出すんだと。どんなスプラッターだ。うえっ……なんて、最初は抵抗感があったが、しばらくすると全く気にならなくなった。人間の慣れとは恐ろしい。

ワカサギの口に入るよう1/3にカット

さて、糸を垂らしてみると、これぞワカサギ釣りの真骨頂というか、難しさがよーく分かった。獲物であるワカサギが小さすぎて、アタリが全く分からないのだ。ウキが付いているわけでもなし、手に振動も伝わってこない。なんか竿の穂先が動いたな……という微妙な変化が唯一の頼り。宿のご主人の「ぽいなと思ったらとりあえず糸を上げてみて」という言葉が脳裏によぎる。いや、これリールのない手バネ式だし。やってみたらすぐ糸からまるし。思ったより全然難しいじゃん! 不器用な人は泣きが入ることを断言しよう。


なかなか釣れない……

アタリかな? と思って引き上げたら全くだったり、うーん違うかな、でも念の為……と思って上げてみたら見事にエサを食われていたり。小魚に翻弄される愚かな人間ども。

しかし、いることはいるのだ。周りのテントからも「きゃー! 釣れた!」という黄色い歓声が上がっている(ちぇ、楽しそうだな)。まってろよワカサギちゃん。いま釣ってやるからな!


通りすがりの達人

30分経過。いっこうに釣れない。編集長は景色の写真を撮りにどこぞに行ってしまった。残っているのはいい年をしたおっさんライターとおっさんカメラマン。湖上の寒さが余計に身に染みる。

あれほど憧れていたがワカサギ氷上穴釣りなのに、一匹も釣れなくて終わってしまうのか。宿のご主人によると、日が高くなるにつれてワカサギの活動量が落ち、釣果も下がるという。

目安は午前9時。残り1時間だ。このままだと企画自体も成り立たなくなる。

呆然と釣り糸を垂れていた記者の目の前に、突然ごついスノーブーツが。

「どうですか?」

顔を上げると、どう見ても釣りの達人って雰囲気の中年男性。

「釣れてますか?」
「いえ、全然」
「ちょっといいですか」

うながされるまま竿を渡す。

「ああ、こりゃ全然ダメだわ。湖の底に届いてない。ちょっと調整していいですか?」

そう言うと、ちょちょいのちょいとまさに昭和な擬音語が似合う素早い手つきで糸をほどいたり穴に垂らしたりまた上げて巻き上げたりということを1分ほどしたかと思うと、穴の近くに片膝をつき、太ももに竿を固定する独特の姿勢で糸を垂らした。


達人(右)が釣り糸を垂れると……


するとその数秒後、ヒョイと引き上げた糸の先には、なんと小さなワカサギが!


まさに秒殺!

「……は?」

記者の口から思わず間抜けな声が出た。マジックか? ポケットにワカサギを忍ばせていて、穴に入れる時に自分で仕込んだのだ。と、思ってしまうほどの鮮やかさ。

「竿を固定して、少しの変化も見逃さないこと。そうすれば釣れますよ。じゃあ」

そう言って颯爽さっそうと立ち去ろうとした達人を、記者は引き留めた。

「せめてお名前だけでも!」

時代劇か。でもそんな気分。その通りすがりのお侍さん、もといワカサギ釣りの達人はこう答えた。

「そこの釣宿のスタッフです」

記者たちが投宿した隣の釣宿だ。なるほど、釣れなくて2度とワカサギ釣りなんてするもんかとならないよう、見回っているのだ。

それにしても、達人はすごい。確かにあのペースなら100匹も余裕だろう。

コツを教わり、気持ちを新たに再び穴に向き合う記者だったが……。


(次回に続く)

Supported by くるくるカンカン

クレジット

文・編集:いからしひろき(きいてかく合同会社
撮影:高野宏治
校正:月鈴子
取材協力:釣り宿 佐久屋
制作協力:富士珈機

ライター・いからしひろき https://twitter.com/igamania
新潟県出身。20年以上にわたってフリーライターとして活動。旅、食、人物インタビューを得意とし、『日刊ゲンダイ』『おとなの週末』『サステナブルブランド・ジャパン』などで執筆。2023年6月にライターズオフィス「きいてかく合同会社」を設立。


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