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#88 指示待ち人間。

生まれた時からだろうか
成長する途中でだろうか

いつしか自分は量産型指示待ち人間になった。

生まれた時代は生きる事に困らない時代。
平成。
当たり前に、ご飯が食べれて、当たり前のように大学にまで進学できた。

当たり前を支える親や様々な職業の人に感謝をする事なく。

なぜそうなったのか。
答えは簡単、見てみぬ振りをしてた。

当たり前の事を当たり前にできてしまっていた。

結果、ほとんどの事に躓くこともなく、躓きそうだと助言をもらえば助言通りに行動し何も得るものはない。

そんな生活。波もたたない平穏な毎日。

出来上がった。
指示待ち人間。
自分の行動権利を他人に委ね、家から出ない人間。
何かを言いたくても、言った後のことを考える勢いに任せて失敗ができない人間。

いつの間にか、周りの人たちが体験している事が羨ましくなった。何で自分にはそのような発想が出てこないのかと、そればかりが頭の中を這う。

そんな事を考えてたらまた休みが終わる。

何をして良いのか、教えてほしい。
どこまでの事まで自分は足を踏み出して良いのか。
もしくは、叶いもしない事を僕に授けてほしい。
自分の中の感情はほぼ枯れてしまい
素直に喜べなく、素直に話せず、人としてでなく
ロボットとして作られた人間には指示がなければ何かをしようという気持ちにもならない。

同時に何もない空な自分を知った自分は
ただただ才能がなく、見つけられないと絶望してる。

今まで楽しかった記憶は自分が楽しかったのではなく、周りが楽しかった。

自分が楽しい事って深掘りすると全くない。
相手の笑顔を見て楽しいと思う。
それ以外は何もない。

結果1人では楽しめない体質をいただいた。
神様からのプレゼントは悲しくも1人では機能しないボタン。

自分の周りの人たち、自分自身。
何をしたいかと考えた事がなかった。
進学の時も、特にやりたいことはないので、勉強にも身が入らずただ周りの意見に従って受けていた。
結果受かってしまい。
何も得たものはない。

僕は指示待ち人間。

人を殺してと言われれば、水を得た魚のように動き出すような気もする。依頼主の笑顔があれば。


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