マガジンのカバー画像

創作『冥界ホテル』

27
自作品整理用
運営しているクリエイター

記事一覧

創作『冥界ホテル』10

「………はぁ。」

自室のテーブルに左頬をべったり突っ伏して、右手の人差し指でコロコロと長さ3センチほどの白い筒を転がす。

父の形見の円筒印章である。…といっても、おもちゃなのだが。

手前にコロコロ、奥にコロコロ。

「……………はぁ。」

「ちょっとアンタ!グータラこいて、ため息ばっかりつくんじゃないわよ、まったく!」

いつもなら、ここでそんな一喝が入るところだが…。

ナムタルは不在。

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#2-7

東の空が暁色に染まり始めた。

エインガナは一言もしゃべらず、ただ静かに大樹のそばに佇んでいる。

目が眩むほどの輝きを放って、朝陽が顔をのぞかせる。

そのまばゆい光がゆっくりと湖の水面を渡り、大樹の根から幹、その枝の先までを照らし出した。

その奥に広がる深い森が朝陽の下、一斉に目覚めてゆく。

朝露が光を浴びてキラキラと輝く。

朝を待ち侘びた虫や鳥、動物たちが駆け回り始めた。

生命に満ち

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#2-6

「エレマニ。ダレトハナシテイルノ?」

小さな可愛らしい声がする。さっきのネズミカンガルーだ。

「ルイス。コンヤハ、ゴチソウニアリツケタノカイ?」

「ウン。オナカイッパイダヨ。ネェ、ダレトハナシテイタノ?」

「イヤ、ダレトモ。ユメヲミテイタヨウダ。フルイトモノコエガ、キコエタキガシタダケ。」

その言葉にエインガナがピクリと動く。

「エレマニ。ワタシダ、エインガナダ。ココニイル。」

必死

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#2-5

「エインガナさん、お願い、待ってーーー!」

『記憶の扉』の中では、体力を使うことなく飛ぶ事ができる。

でも、お客様を見失ってはぐれたりしたら、時間内に扉から戻ることができなくなっちゃうわけで。

なんとしても追いかけなくては!!

お客様であるエインガナが、うっすら光を放ってくれていて助かる。

暗闇の中、その光を頼りに茂みに突っ込み、枝をくぐり、岩を飛び越え、必死に追いかけた。

大きなシダ

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#2-4

辺りはすっかり暗くなっていた。

空翔ける竜の頭上から見上げる星たちは、いつもよりずっと近くて、手を伸ばせば届きそうだ。

「エインガナさん。もうすぐ目的地付近です。一度地上に降りてもらえますか?」

「ショウチシタ。」

大きな翼の動きを止めてゆっくりと旋回し、少しだけ拓けた平地にずっしりと脚を下ろして着地する。

頭上のわたしが降りやすいよう、優しく首を下ろしてくれた。

こちらの世界では、わ

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#2-3

「ココハワタシノモリデハナイ。」

「えっと…。そう思われるのはなぜですか?」

「シズカスギル。コノモリノモノタチハ、ダレモクチヲキカヌ。」

改めて森を見回しながら、耳を澄ましてみる。

草木のざわめき、鳥や虫たちの鳴き声、小川のせせらぎ。

生命の奏でる音に満ち溢れたこの森が、静かすぎるって…

「森の言葉…」

あれこれと思案しながら、ふと左手首に目が留まる。

イチジクウォーーーッチ!!

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#2-2

「おはようございます。ゆっくりとお休みになれましたか?」

その問いかけに、お客様(火の玉)は僅かに炎をゆらめかせたが、言葉はなかった。

「これから『記憶の扉』にご案内致します。ですが最後にもう一度だけ。」

そこまで言うと、ナムタルがわたしに視線を投げてよこす。

しっかりと視線を受け止めて頷き、説明の続きを引き継いだ。

「制限時間は24時間です。それまでに記憶の中に留まるか否か。お客様ご自

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#2-1

「ぉ、ぉはよぅございますぅぅ。」

猛烈な2日酔いだ。

昨晩のナムタルは饒舌だった。

自慢のお料理レシピ、冥界生存術、コンシェルジュ心得などなど、情報量が膨大で消化しきれていない。

…というか、覚えてない。

ひたすらに注がれるビールを煽り続けた結果である。

そして、わたし以上に飲んでいたはずのナムタルは、今、目の前でケロッとして、ギロっとしている。

「その情けない顔をあたしに向けるんじ

もっとみる

創作『冥界ホテル』9

「今夜は初仕事お疲れディナー。腕によりをかけたわよぉ〜!」

言葉通り、はみ出さんばかりに料理の並んだ食卓はとっても豪華だ。

「さ。遠慮なく、じゃんじゃん食べなさいな。」

そう言って、ビールの満たされたグラスを手渡してくる。

「はい、お疲れ〜!」

一方的にグラスを鳴らして乾杯すると、ゴクリゴクリと一気に飲み干した。

「んあ゛あ゛あ゛!んまいっ!!」

図太い地声になっとる…。

その気持

もっとみる

創作『冥界ホテル』8

「あんた、本っ当〜に良く寝るわよねぇ。感心するわ。」

耳元の声にゆっくりと目を開けると、ぼんやりと映るナムタルの呆れ顔が…

ち、近いっ!!

いつの間にかベッドのど真ん中に大の字で眠りこんだらしい。

そんなわたしの真横にちゃっかり横たわり、肘をついて呆れ顔をこちらに向けるナムタル。

一気にベッドの対岸に跳んで着地。

「どーしてよ!!どーして、わたししか開けられないはずの部屋にいつもシレッ

もっとみる

創作『冥界ホテル』7

さすが冥界一のホテル。

お風呂も最高に素敵。

美しいモザイク装飾の施された浴室。描かれているのが、個性強めの生命体なのは冥界らしさだろう。

壁際に据え付けられた広い浴槽は、口を開けた真珠貝のような形で上品な流線を帯びている。

泡立つ水面に美しい花弁がまかれたその中で、うっとり目を閉じる。

ここへ来てから、どのくらいの時間が経ったのだろう。

砂漠から落ちて、3日3晩寝込んだと言っていた。

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#1-8

「1、2、3、4、5…」

指差し確認しながら必死に数える。

『記憶の扉』からひとり、またひとり、そして1匹、2匹と送り出し、最後にもう一度忘れ物がないか確認して自分も飛び出した。

「お帰りなさいませ。」

笑顔でお客様を出迎えているナムタルの姿が見えた。

一行の最後に出てきたわたしの背で『記憶の扉』は静かに閉じる。

ナムタルの笑顔が最後わたしに向けられた瞬間。何かが弾けて一気に溢れた。

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#1-7

「なんだ、込み入った話か?」

突然部屋にやって来たのは、一目で分かる大王様だった。

「我が君…。」「武丁王様。」

2人はもちろん、リンたちも深々と拝礼する。

既に初老を迎えた恰幅の良い姿。随分な年の差婚だったようだ。

ゆったりと歩き婦好の傍らに座る。

「我が妻をそろそろ返してもらおうかの、傅説よ。」

「お邪魔を致しました。どうぞごゆるりとお過ごしください。」

深々と拝礼をし、後退り

もっとみる

創作『冥界ホテル』お客様#1-6

いいのか?

わたしはここにいていいのかっ⁈

こんな、人さまのプライベートを覗き見するような真似っ。

「落ち着いて。わたくしたちもみな、婦好様の真の心を知りたくてここにいるのです。」

激しく動揺しあたふたするわたしに、リンがそっと手を添える。

「真の心とはどういう意味だ?」

「婦好様。あなたは様は、我が君、武丁様のご正室として、多くの民、特に女や孤児に寄り添われてきました。」

ん?想像

もっとみる