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#117 朝日記 「友情についての書簡」「星野源が語る、馬鹿とは」 (2021/06/28)

7;41起床。2:54/7:49。

良い睡眠。2日ぶりの朝日記。土曜の朝は、カウンセリングから始まり、週末は秩父で友人たちとゆっくり過ごした。充実した2日間だった。心も体もメンテナンスされ、今週も健やかにいられそうだ。

そして、今日は、社会復帰本番初日だった。何か緊張していたか、と言われれば、全くそういうものはなかった。1ヶ月のインターン期間がいいソフトランディングになって、自分らしいスタートを切れたと思う。これを書いているのは夜の8時である。訳あってこんな時間になってしまった。

初日の感想は、特にない。いつも通りにやろうという気でいる。気を張るわけでもなく、ゆるすぎるわけでもなく、いい塩梅になっているはずだ。朝、少し人にしゃべったことで言えば、給与をもらう感覚がある故にやってやるぞという気があるというぐらい。それは当たり前のことだとも思う。そのぐらいなのだ。むしろ、周りの反応の方が新鮮だった。

先週までもずっと一緒にいたのに、今日から復帰おめでとうという感じで接してくれている。その気持ちでいてくださるのは光栄で嬉しいことだ。期待に応えるという感じでもまだないが、自分のペースで、少しずつ恩返しできたらいいなと思っている。

今日書きたいのは、友情についてだ。

週末は、本当に素敵な友人に囲まれ、いい時間を過ごせたと思っている。そんな友人たちと居れることができるのは、過去の自分のおかげかもしれないとも、ふと感じた2日間だった。

友情は、昨日強く感じたものの、今に始まったことでもないよなと、改めて感じた。ここまで会ってきた、過ごしてきた時間の歴史や集大成なんだなと、毎度毎度感じる。しかも、最近より強くそのことを思う。

そして、皆も過去の写真や思い出を会うたびに見返したり、思い出したりしてくれている。この関係性は1日して成らずだと思う。もう少し若い頃は、過去の栄光の話ばっかすんなよ、なんておじさんたちを非難していた節があるが、ついにおじさん側に回ってしまったのかもしれない。しかし、過去の栄光の話をする文脈は、大きく2つ分かれると思う。

1つは、過去の栄光ぐらいしか盛り上がる話題がないという悲しい側面。下ネタぐらい、内輪ネタは盛り上がる。若い頃は、年長者たちのそれを訳も分からず聞いていたので、うんざりしていた。昔はこんな時代でなぁ〜という武勇伝。この過去に志向している状態はあまり気持ちいいものではない。今友人たちと話している過去の栄光はこの文脈ではない。

もう1つは、今さらにつながりを強めるためのツールとして過去を引き合いに出すということ。これは未来を志向している。私は、この文脈において過去の思い出を話すのは大好きだ。

そして、私が好きなのは、そんな友人の中に、新しい私の友人を投入するときだ。

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