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警備員のいとうさん

もう5年以上前のことだけど
高校3年生の時のとある出来事を振り返りたい。

高3は大学受験のため勉強漬けの日々を送っていた。
僕の高校は放課後に課外学習が義務付けられていたが、僕はそんなものお金と時間の無駄だと思っていたので、”自分で勉強します”と先生に伝えて、放課後は一人で勉強することにしていた。家では集中できずサボってしまうから、”国際交流会館”という、主に留学生や外国人の支援のための施設だけど、勉強も無料でできたので、そこに学校終わりに毎日通って22時まで勉強していた。

冷房もついていたし、静かだったし、かなり快適に勉強できた。自分の他にも勉強している他校の人達も多くいた。それでも閉館の22時まで勉強する人は僕だけだったと思う。流石にお腹が空くので、コンビニでおにぎりとか、菓子パンを買って、勉強していた。

当時の勉強のお供。よくこれだけで22時まで耐えてたよ。

もうどんな勉強をしていたかはわからない。備え付けのテレビから流れているBBCニュースを見たり、英単語はターゲット1900、英文法はスクランブルという参考書をやっていた記憶がある。でも正直、毎日どれだけ勉強しても合格に近づいているという手応えはなかったし、こんなに頑張っても意味なんてあるのかな、なんて思うくらい、自分一人で計画を立ててやることは不安だったし、一緒に勉強する友達も、同じ志望校を目指す友達もいなかったから、本当に孤独で辛かった。それでも取り組まないことには合格できないという事実はわかっていたから、自分を信じて、続けることにした。

するとある日、いつものように勉強していると施設に常駐している警備員の方に声をかけられた。何と話しかけられたかは覚えていないが、「いつも遅くまで勉強して偉いね」的なことを言われたと思う。僕がよく遅くまで勉強しているのをよく見ていて、話しかけてくれたらしい。この警備員さんの名前はいとうさん。漢字が伊藤か伊東なのかはもう覚えていない。

僕はずっと誰にも話しかけられず一人で黙々と勉強していたから、声をかけてもらえたことが嬉しかった。自分の頑張りを見てくれている人もいるんだなと元気も出た。それからは、いとうさんとたまに世間話をするようになった。いとうさんには娘さんがいること、同じ北区に住んでいること。僕は、大学に向けて勉強していること、好きなバンドの話とか、ライブに行ったこと、当時リュックにつけていたラバーバンドのことを話していた気がする。いとうさんは僕の話を興味津々に聞いてくれた。いとうさんとの話は束の間の気分転換になって本当に楽しかった。別の日には飲み物を頂いた事もあった。ダイドーの微糖の缶コーヒー。甘くてとても美味しかった。

しかし、いとうさんとの時間は突然終わりを告げた。いつものように勉強していてもいとうさんに声をかけられない。1週間が過ぎてもいとうさんの姿は見えない。こんなに見ない日は初めてだった。警備員は見慣れない顔の人に変わっていたので、もしかして、いとうさんは辞めたのか、異動されたのかな?と思って、施設の受付の女性に「警備員のいとうさんは異動されたのですか?」と聞いてみた。すると、女性は「守衛のいとうさんは急患で亡くなりました」とだけ答えた。頭が真っ白になった。あんなに元気だったいとうさんが、亡くなったなんて信じられなかった。その日の勉強は全く集中できず、ただ机に突っ伏したまま泣くことしかできなかった。家に帰ってからも何も手につかず、寝る前にベッドでまた泣いた。

それからは少しずつ立ち直って、以前のように受験勉強を再開した。しかし、いつもの場所でどれだけ勉強してもいとうさんには会えないし、声もかけられない。代わりにいとうさんと交代で入ったと思われる警備員さんがいるだけだった。僕はいとうさんの死から、学んだことがある。一つは、無常にも人が一人死んで、その周りがどれだけ悲しみに暮れても、社会は絶えず回り続け、代わりはすぐに代替されるのだということ。二つ目は人の命は儚くて、とても脆いのだということ。いくら元気そうに見える人でも、何の前触れもなく、ころりと死んでしまうのだな。当たり前だけど、人は死んだら終わりである。故人には二度と会うことも話すことができない。言葉では理解できていたつもりだけど、実際に知り合いの死に直面して、その言葉の意味を本当に理解した。

今でもいとうさんに頂いた缶コーヒーを自販機で見た時や国際交流会館を利用した時にいとうさんとの日々を思い出すことがある。確か僕はいとうさんとの最後の会話でライブに行く話をしていて、「次会った時ライブの感想いいますね!」と言って、いとうさんはいつもの優しい顔で頷いてくれた。その感想は結局言えず仕舞いになってしまった。それどころか、大学に合格したことを伝える事もできなかった。直接伝えたかったな。

だから、これからはできるだけ後悔しなくていいように、両親や70歳を超えた祖父母、高校や大学の恩師や友達などとはこまめに会うようにして、伝えたいことや感謝の気持ちなどは会うたびに伝えたいと思う。今日で会えるのが最後かもしれないという気持ちで、毎回接していきたいと思う。

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