新興宗教にハマらなかった経緯1

《すいません。手相を見せてくれませんか?》


アルバイト帰りに最寄駅で声をかけられた時のことだ。
「すいません。手相を見せてくれませんか?」

このときも、迷わず自分の手を差し出した。
東京各地の駅前には、こうやって手相を勉強している人が数多くいる。

「好奇心で見てもらったけど、詐欺ではない事を確かめられたよ。
連絡先も聞かれなかったし!」
こんな友人の言葉があったのがきっかけにして、彼女たちとその場限りの立ち話をすることが私の楽しみのひとつになっていた。
深く詮索はせず手相鑑定の一大流派があるんじゃないかと想像して、積極的に自分の手相をサンプル提供しているだけのつもりだ。

今回話しかけてくれた女性は、幼い顔つきで、小動物のように可愛らしく、とても誠実な事が伝わってくる。
彼女は緊張癖があるらしく大きな目を少しずらしながら、雑談混じりで鑑定してくれた。

私は身の上を話しを少しした。

「美大を受験する浪人生だったんです。
でも今年も失敗して受験を諦めて、
今度専門学校に進学しようかと思っているんです。」

「えっ?」

「あっ、受験してたのが東京藝大なので難しかったんですよ。
すごい倍率で。
今は三月中旬だから、まだ時期的に受験を続ける選択肢もあるけれど、
四浪は・・・」

「へえ、そうなんですか・・・」

彼女はくりくりとした目を私に合わせて、ゆっくり喋り出した。

「あの、今とても大事なときですよね。
えっと、もしよかったら、
私のお師匠さんに診てもらいませんか?

「お師匠さんですか?
この手相の人たちに何度も見てもらってるんですが、
そんなこと言われたの初めてです。」

「はい、すごい大事な時期なので。
そういう方は良ければお連れするようにと言われています。
あの、偉い先生なので鑑定料は必要なんですけど。
普段何万円もかかるところを、学生さんでもお支払いできるだけに
してもらえるんです。」

とても興味がある。
人生の一大決心をしようとしている私には魅力的な提案だ。

もちろん、常識が頭をもたげ、抵抗感も沸く。
彼女は初対面の人間だ。どんな団体の活動なのかわからない。
団体名を知ったところで、遊びではない本格的な占いに無知だから、インチキにも簡単に引っかかってしまう。

しかし、緊張が戻ってきて目を泳がせながらも一生懸命に説明する、こんな不器用な女性が悪い事を考えているとは到底思えない・・・

結局、彼女の人柄と自分の直感に吸い込まれてしまい、連絡先を交換することにした。

この女性は白田と名乗った。
私より少し年上だと言う。

私は自分の生年月日とフルネームを教えて鑑定の日を予約し、
早く進路の相談に乗ってもらえるように速やかに日を取ってもらえた。

白田さんは先生に失礼のないよう、白い封筒に1万円を入れて持ってくるよう指定してきた。
東京に出てきてから絵だけ描きづつけて、三浪目も失敗した21歳の私が、新しく知った礼儀作法だった。


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