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3行日記(路面電車、朽木、髑髏から生い育った一本の芒)

十一月七日(火)、晴れ。

近頃、仕事の都合で叡電に乗る機会が増えた。京阪もそうだが路面電車に乗ると、いつもの電車よりも視線が低く、沿線に並ぶ家々の壁が近く迫ってくる。時折、ベランダに干された洗濯物が見えたり、草が伸びた更地があると一瞬ぱっと視界が開けたりして、なじみのない町の日常が見える。また先頭車両に乗れば、家の壁が両側にそびえる鉄の道がのび、塹壕のなかを這って進んでいるかのような気分になる。

叡電に乗る前に、自宅の最寄りのコンビニで必要な書類を印刷しようと思っていたのだが、昼飯のコッペパンを買うことで頭がいっぱいになり、忘れたまま田舎の集落を走る路面電車に乗り込んでしまった。目的の駅はかなりのどかな場所で、近くに目当てのコンビニがない。調べると一つ前の駅の近くにあることがわかり、そこで用事をすませてのんびり歩くことにした。

歩いていると、小町寺と書かれた看板があった。晩年の小野小町が、かつて父が住んでいた家を訪れ、ひっそりと亡くなったとある。「朽木の倒れるように、あえなくなるが、葬う人とてもなく、風雨に晒らされ小町の髑髏から生い育った一本の芒が風にふるえていた」。そんな言い伝えが残っているらしい。寺は大通りから石段を登った高台にあった。すすきを探してみたが見当たらず、奥に入ろうとしたら蜘蛛の巣に絡まったため断念した。風が気持ちよかったので、本堂の前の石段に座らせてもらい焼きそばパンを食べた。紅葉が色づきはじめていた。

夜、白菜とひき肉を炒めたもの、柿。チャックの散歩、ポケットに何か硬いものが入っていたので、手を突っ込んでみると、先日しのばせたチャックのおやつだった。一粒だけ残っていたみたいだ。家に戻る前にあげると嬉しそうにこちらを見上げた。数は関係ないようだ。

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