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小説「アイムシリウス。」(17)

 瀬名月見(セナツキミ)は、人気のない寂れた通りの一角に座り込んでいた。念願だった1人の時間を、ようやく手に入れたのだ。オーディション会場で出会った燈孝之助(アカシコウノスケ)にこの場所を教えてもらって、行ったら今度はチンピラに絡まれて、そこを見ず知らずの金髪に助けてもらって、そしてようやく今にたどり着いた。ただ一人になるだけでこんなにも人の手を借りなければならないのかと思うと、月見の気分は落ち込むところまで落ち込んでいった。そこで月見の心を埋めたものは、やはり覚えたてのセリフであった。
 月見は同じセリフを何度も何度も唱えているうちに、始めのうちはただの文字の羅列として発していた言葉の一つひとつが、きちんと意味を持っているということを再認識した。「何をやっても上手くできない」「虚しい」「みんなどんどん先に進んでる」「才能がある」「俺には結局、何にも無い」。それらを頭に浮かべては体内に吸収するイメージを持ってみて、文章として再び繋げてみると、それはまるで自分のことを言った文章であるかのように思えた。いつしか月見は立ち上がって両手を広げ、自分で発した言葉を全て自分に突き刺せるようにしてみた。

月見「もうやめてくれよ! みんなして俺を子供扱いする・・・虚しくなるんだよ! 何やっても上手くできなくて・・・みんなどんどん先に進んでんのにさ。「よく頑張っててえらいねー!」とか、「才能あるよ!」とか、そんなんばっかり・・・俺には、何にも無い! 何も。何もできない!!」

 月見は今日一日の懺悔を全て涙にして流し尽くし、力の限りの声を出して、その場に崩れ落ちた。寂れた通りから少しだけ見える隙間の空にちょうど月が覗いており、月見の身体に向けて明かりを注いでいた。
 孝之助は、月見の渾身の演技を間近で観て、身震いをさせていた。そして次の瞬間には、とてつもない悔しさと怒りが波となって押し寄せて来た。孝之助はオーディション会場で、今観たものと同じ役を全力で演じ、そして、この役がどうしても自分にはハマらないという感覚を得ていた。自分の理想としていたイメージは頭の中に完成されていたのに、いざ表に出すとなると、あまりに自分由来の内面と噛み合わない、と感じた。それを今、何の技術も知識も、覚悟もやる気も無いような男が目の前で行った。月光に照らされた瀬名月見の演技は、まさに孝之助が目指していた理想そのものだったのだ。これが悔しさの源であり、一方で怒りとは当然、その演技を披露するチャンスをみすみす捨て去った瀬名月見に向けられていた。
「なんなんだよお前。芝居する場所からは逃げ出して、逃げた先では芝居して。何がしてぇんだよ。イライラすんだよ! まだまだやれること山ほどあんのにわざわざ自分から可能性捨てて現実から目背けるやつ! 半端にやんなら最初からやんなよ! お前が受かったせいで受からなかったやついるし。お前が期待持たせたせいでみすみす自分の仕事捨てたやつもいるし。何よりそんなもんが飛び火してチャンス失った俺がいるし! 最悪なんだよお前! 」
孝之助は勢いに任せて月見の胸ぐらを掴む。
「俺は! お前みたいなヤツが1番嫌いだ!」
そのまま月見を突き飛ばすと、月見は無抵抗に倒れた。
「俺だって嫌いだ」
「あ!?」
「俺だって! 大嫌いだ!!」

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