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【随筆/まくらのそうし】 桜桃

 猫の子ならば理解もできるが、この樹をもらってくれまいかと、そう頼まれたのである。

 それも、鉢植えならばまだいいが、地面にしっかり根付いたサクランボの木、大きさは軽トラの荷台にギリギリ載るかというくらい。

 そもそもどうして動かすというのか、これほどの根を切っても平気なのかと、疑問に思いはするのだが、持ち主としては、これはよく実を付けるもので、切ってしまうのはもったいない、と。

 仕方がないので、地面はユンボで深く掘る。現れた太い根はチェーンソーでぶった切る。しかも季節はもうじき春。

 そんな事情で、結局、敷地に植えたものの、まったくこんな雑なことで、根付きはすまいと哀れに思いながら、春を迎える。

 すると、まあどうだろう。

 あれだけ酷く扱われながら、その樹はぐんぐん新芽を伸ばし、花を咲かせ、その年こそ実はなかったものの、その後はしっかり果実を実らせ、幹は太く、背は高く、あっという間に立派な大木と相成った。

 心配無用、人の知恵などこの程度。

 そう言われているようで、こちらとしては申し訳ないと頭を深く垂れるまで。

 しかし、これほどの大木になるのなら、先に伝えて欲しかった。これも人の浅知恵で、どうせ根付きはしないだろうと、狭い場所に植えたのだから。

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