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エッセイ「干し柿」

 渋柿を剥くのに、鉄の包丁を使ってはいけない。水溶性のタンニンが鉄と反応することで、剥いている部分から黒く変色し、見た目が損なわれてしまうからだ。それは食味こそ同じかもしれない。しかしあの透き通るような橙の色味は、失われるにはあまりに惜しくはないだろうか。

 晩秋、枝ごと切り落とされた渋柿は剥かれ、連なり、軒へ干される。その頃、柿は明るく不透明な山吹色をしている。果実は見るからに渋く固く、子供も手を伸ばさない。

 それが、乾いた風と太陽に晒されるうちに一回りほど萎む。時期を見計らって、果実を揉む。表面は萎びているものの、中はまだ瑞々しく固い。まだ時期ではないと、そう頑なに指を拒む。

 けれど端から見れば、そのときは既に来ている。ついて来れぬはその心であろうと言い聞かせながら、だんだんと指に力を込める。汁気が外へ出ない程度に、少しずつ少しずつ揉みほぐす。すると、あるときある瞬間に、肩肘張っていた柿はふわりと柔らかくなり、はにかみ優しい顔を見せる。不透明だった色はいつのまにか透き通るような橙となり、この形は何かに似ている――そうだ、それはぽってりとした線香花火の小さな火球。僅かな風にも震えて落ちてしまいそうな、儚げに燃ゆ夏の夢。

 あの蒸し暑さと煙の匂いが鼻先を掠めて行き、しかし吹き抜けた風は乾いた落ち葉の音を奏でる。

 百を数える柿を揉み終わってみれば、太陽は空高い場所にある。濃い青を渡る、船のような白い雲。今日も快晴。柿が干し上がるのも、もうすぐである。

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