養成所時代の一年間。#3
前回のお話☟
鯉沼が失踪し、SMLまであと2、3日しか時間がない俺とアシィスは、当然2人でライブに出ることとなった。
アシィスの家に泊まり込みでネタを作るしかない。
アシィスの家でノートを開くもネタが中々思い浮かばず、愚痴ばかりが頭を巡っていた。
別にコイツと組みたくてお銀と解散したわけじゃないのになあ。なんでアシィスと漫才やることになったんや。ていうか鯉沼はどんだけ身勝手な奴なんや。アイツだけは絶対許さん。
そんなことを考えているとアシィスの家のチャイムが鳴り、当然のように鯉沼が遊びにきた。
サイコパスである。
「お前マジでふざけんなよ!ボケ!」「なんで急に辞めんねん!俺らのこと考えろや!」と2人でブチギレるが、鯉沼は悪びれる様子もなかった。
その後、3人でほっともっとの唐揚げ弁当を食べた。
おいしかった。
鯉沼が満足して帰った後、またネタ作りに取りかかる。
アシィスがトリオの時、鯉沼に却下されたネタをやろうと提案してきた。
アシィスは意外と大喜利も強くて発想力があるし、もしかしてネタ書けるんか?と思い、アシィスのノートに書いてあると言うネタを見せてもらった。
そこには『コンビニしたい奴と、ドライブしたい奴で漫才する。』とだけ書いてあった。
ネタというかネタ案だ。
台本は書けないタイプだった。
アシィス自身はものすごい発明だと言っていたが、二つの事柄を掛け合わせる的なことは昔からやり尽くされている設定ではある。
でも養成所生が考える漫才のネタ案としては充分だろう。
この設定で、ネタを書くことにした。
夜更かしでネタを書いて練習してすぐライブだ。
コンビ名はトリオの時から引き継ぎで
『チナリ』
俺が当時付き合っていた彼女の名前である。
そしてライブ当日。
めちゃくちゃウケた。
正直、直近のライブが終わったら解散するつもりだったが予想外にウケたため、ひとまずそんな考えも無くなった。
これで2回のライブを終えたが、次のSMLからは外部のお客さんが入り、投票も始まる。
A、B、Cライブの振り分けも始まるのだ。
お銀も別の相方と組んだりしていたし、なりゆきでそのままアシィスとコンビを組むこととなったのである。
1ヶ月後、3度目のSMLを迎えた。
最初のA、B、Cライブの振り分けは完全に講師の独断と偏見により決められた。
俺たちはまさかのCライブであった。
あんなにウケたのに。
まさか鯉沼のせいで?とも思ったが、新コンビはみんなCライブにされているのを見るとおそらく新コンビ扱いになっただろう。
一番下から勝ち上がるのもかっこいい。
そう思い舞台に上がった。
今度はしっかりと『明転飛び出し』を決めた。
自分の出番を終えた瞬間、優勝を確信した。
俺が見る限りCライブは俺たち以外全員スベっていたからだ。
客席の後ろにいき、余裕綽々で他の人のネタを見ていた。
すると、最後に出てきた3人組が会場を揺らすほどウケていた。
その3人組は、後におもしろ荘で準優勝する
『ニュートンズ』だった。
ライブの結果発表ではやはりニュートンズが1位、俺たちは2位だった。
無事次回はBライブに昇格できる。
結果発表の際、MCをしていた豆鉄砲さんから感想を聞かれた。
だがそこで俺は「一位取りたかったんでめちゃくちゃ悔しいです。」と、尖りを見せてしまった。
鯉沼から尖りを受け継いでしまったのだろうか。
ライブ後、一番偉い講師に
「折角2位になったのにお前があんな不貞腐れたような態度を取ってたらダメだろ。多少悔しがるのはいいけど入賞したらちゃんと喜ばないと投票してくれたお客さんに失礼だろうが。単純に。」
と怒られた。
単純に。と語尾につけるのはこの人の口癖である。
言われたことはごもっともだ。
お客さんに失礼という視点を持っていなかったのは俺が幼稚であったからだ。
養成所の1年間で教わったことはほとんど役に立っていないが、この教えだけは今も胸に刻み込んでいる。
ひとまずAライブまで上がろう。
この時はそれしか考えていなかった。
続く。
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