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医薬品の品質管理で利用されるカブトガニ、引退する日は近いのか?

太古の姿のままのカブトガニ、その独特なフォルムを見ればすぐに分かるカブトガニと言えば、天然記念物の生物という印象でした。

でもちょっと調べると、カブトガニ自体が天然記念物ではなく、繁殖地全体が天然記念物に指定されているらしいです。

さて、今回カブトガニを取り上げた理由は、カブトガニが絶滅危惧種であることが根底にあります。

とは言え、絶滅危惧種は多く存在するのに、何故にカブトガニを選んだかのか?

普段の生活に全く関係なさそうなカブトガニが、実は人間社会において、重要な役割を果たしている記事を紹介します。

この記事の出だしはこうです。

毎年春になると、満月に導かれて何十万匹というカブトガニが産卵のため米大西洋沿いの砂浜に上陸する。お腹を空かせた鳥たちにとっては、ご馳走。製薬会社にとっては、医薬品の安全を確保するために必須の資源だ。


生物系の研究者であれば知っている、エンドトキシン(内毒素ともいう)。

<エンドトキシンってなに?>
富士フイルム和光純薬株式会社のWeb siteの説明が分かりやすいので利用刺させて貰いました。以下のリンクに飛ぶとさらに詳しい説明があります。
http://www.wako-chem.co.jp/lal/lal_knowledge/about_lal.html

エンドトキシンはグラム陰性菌の細胞壁を構成するリポ多糖です。Lipopolysaccharide とも呼ばれ、通称LPSと呼ばれています。

エンドトキシンは代表的な発熱物質であり、pg (10-12g)やng (10-9g)という微量でも血中に入ることで、発熱などの種々の生体反応を引き起こします。

以下の図も上記のリンク先のサイトに記載があったものを転載

このエンドトキシンは、極めて微量(1兆分の1グラム)あるだけで、以下のような反応を引き起こします。

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そのため医薬品にエンドトキシンが入っているなんてことは絶対に認められないのです。人が死ぬことすらあるからです。

このエンドトキシンを測定するためには、カブトガニの青い血液が必須なのです、今のところ。

カブトガニの青白い血液から得られるライセート試薬(リムルス変形細胞溶解物)は、内毒素(ないどくそ、細菌内の細胞壁に含まれる毒素)を検出できる唯一の天然資源だ。微量の内毒素が、ワクチンや注射薬、人工膝や人工股関節等の滅菌医療機器に入り込んだだけで、人を死に至らしめることがある。

カブトガニの青い血液を採取することが今も行われていて、個体数の減少が危惧されている。

製薬会社は毎年およそ50万匹のアメリカカブトガニ(Limulus polyphemus)を捕獲し、血液を採取したのち海に返す。だが、多くの個体はその後死亡する。こうした慣例と、釣り餌に使われるせいで、米大西洋岸中部の州では過去数十年の間に減ってしまった。

1990年には、アメリカカブトガニの主な産卵場所であり、製薬会社が捕獲するデラウェア湾で、124万匹が産卵していると推定された。2002年にはそれが33万3500匹まで減少。近年では個体数は安定しており、2019年の調査では推定33万5211匹とされた(新型コロナウイルス感染拡大のため、2020年の調査は中止された)。

採血が続けられている理由は、ビジネスになるという側面があるものの、エンドトキシン測定は医薬品開発においても医薬品の製造販売においても現在必須の品質管理項目となっているからです。

カブトガニを捕獲し血液を採取する作業は時間がかかるが、得られるライセートは血液1ガロン(約3.8リットル)あたり6万ドル(約640万円)になる。


生態系への影響もあるため、カブトガニの血液成分を使わなくてもエンドトキシンが測定できる代替品が登場しています。

2016年にはライセートに代わる合成物質「リコンビナントC因子(rFC)」が開発され、代替品としてヨーロッパで認可されたのち、米国でもいくつかの製薬会社が利用し始めた。
しかし、2020年6月1日、米国内の医薬品等の科学的基準を定める米薬局方では、未だ安全性が証明されていないとしてrFCをライセートと同等には扱わないとされた。

* 2012年6月の FDA 文書「企業向けガイダンス-パイロジェンおよびエンドトキシン試験:質疑応答集」によると、代替法試験は USP General Chapter<1225>「Validation of Compendial Procedure」に記載されているとおりにバリデーションを実施しなくてはなりません。

上記の文章にあるアメリカ薬局方(やっきょくほうと読みます)の
通知を読むと、「未だ安全性が証明されていないとしてrFCをライセートと同等には扱わない」といったトーンではなくて、従来の方法と一緒の結果ならいいよ!と言ったトーンです。

上記アメリカ薬局方の通知の該当部分の翻訳

代替手順は、同等の結果が得られるように検証され、実証されなければなりません。第1225章「 Chapter <1225> Validation of Compendial Procedures」には、代替手順の妥当性確認のため方法が記載されています。バリデーションに加えて、利用者は、代替方法で同等の結果が得られることを実証することが期待されています。

* 2012年6月の FDA 文書「企業向けガイダンス-パイロジェンおよびエンドトキシン試験:質疑応答集」によると、代替法試験は USP General Chapter<1225>「Validation of Compendial Procedure」に記載されているとおりにバリデーションを実施しなくてはなりません。

従来の方法と一緒の結果を出すことを「バリデーション」と言います。これが結構大変なので、トーンは柔らかいものの、確かに同等と扱わないと言っても差し支えはないとは思います。。。

<薬局方(やっきょくほう)ってなに?>
厚生労働省「日本薬局方」ホームページより
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000066530.html

日本薬局方は、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第41条により、医薬品の性状及び品質の適正を図るため、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定めた医薬品の規格基準書です。日本薬局方の構成は通則、生薬総則、製剤総則、一般試験法及び医薬品各条からなり、収載医薬品については我が国で繁用されている医薬品が中心となっています。

日本薬局方は100年有余の歴史があり、初版は明治19年6月に公布され、今日に至るまで医薬品の開発、試験技術の向上に伴って改訂が重ねられ、現在では、第十七改正日本薬局方が公示されています。

今回の流れでいうと、薬局方は医薬品の試験法についての実施方法や基準を規定している公定書です。

さて、この代替法に関しては、世界を代表する医薬品受託製造開発機関(CDMO)として、非常に有名なLonza社が開発しています。

Lonza社は医薬品の製造代行ですが、製造するものは抗体や細胞などのバイオテクノロジー製品が主製品で、その蓄積したノウハウが物凄いというのが私の印象です。

また、この代替法に対するアメリカ薬局方の態度としては以下のプレスリリースにこのように書かれています。

カブトガニから供給される試薬の代替品として組換え試薬の採用を促進するためのガイダンスが必要だと認識しています。 このアプローチは、動物由来の材料を使用した方法から合成および組換え材料への移行への薬局方としてのコミットメントを促進するものである。

これは世界的な流れではありますが、動物由来のものからの脱却は生物多様性の観点からも各国で重要視れています。

このように、医薬品開発で絶滅の危機に瀕しているカブトガニ。

カブトガニを保護するためにカブトガニを必要としないエンドトキシン測定法が開発されたものの、未だに現行法と同等とされていません。

アメリカ薬局方は現在、組換え由来の試薬でのエンドトキシン検査の使用、検証、比較に関する新しい章の開発に着手しています。

新章案は、Pharmacopeial Forum 46(5)[2020年9月~10月]にパブリックコメントを掲載する予定だそうなので、これがカブトガニにとって良い知らせとなるといいなと思います。


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