宇宙飛行士試験に落ちた話【実話】
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宇宙飛行士試験に落ちた話【実話】

2008年に宇宙飛行士試験に不合格した。。。。
そんな話を面白がってもらえたので、ちょこっと書いておこうと思います。

僕は昔からなりたかったものが2つありました。
1つは、科学者。
もう一つは、宇宙飛行士。

その原体験をちょっと紐解いてみたいと思います。

1981年(昭和56年)、私が小学校1,2年の頃の話。そのころに、科学雑誌の「ニュートン」が創刊されて、それが家にありました。

父がそういったのが好きだったのか、創刊号からあったと思います。僕は全てフルカラーでビジュアル的に分かりやすいので、訳も分からず見ていました。

そしてニュートン創刊の年だったとおもうのですが、アメリカNASAのスペースシャトルコロンビア号が初飛行しています。

リユース可能な宇宙船、ニュートンでもかなり特集が組まれていて、僕はそれに釘づけになりました。ニュートンの別冊スペースシャトル特集をねだって買って貰い、食い入るように見ていたのを思い出します。

また、果てしない宇宙を見たいから、反射式望遠鏡も買って貰いました。

月の表面を見たり、土星をみたり、写真や絵でしかみたことがないものを肉眼でみたときは本当に嬉しかった。

父は、こうした経験を色々とさせてくれました。

そのお蔭で、僕は本から好奇心と知識を学び、それを実際に試したり、使うことが好きになりました。

今思うと、科学者は知識の探求、宇宙飛行士は知識の実践、という意味合いがあったのかもしれません。まあ、完全に後付けですが…

さて、時は流れて約30年後。

2008年4月に遂に宇宙飛行士が募集されました。

当時の募集要項

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・自然科学系の大学卒業歴がること
・研究等の実務経験が3年以上あることなど、 
自分に当てはまる経歴ばかり。

僕はそのころ某製薬会社の研究所に転職したばかりでしたが、速攻で応募しました。

だって、応募しなければ宇宙飛行士にはなれませんから。。。

宇宙飛行士の選抜方法の概要は以下の通り。
応募→書類選抜(書類+英語)→第一次選抜→第二次選抜→第三次選抜

ちなみにこんな日程です。

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応募書類として、
・宇宙飛行士候補志願書
・経歴書
・卒業証明書
・学位授与証明書(博士号)
・健康診断書
を提出しています。

英語は、赤坂見附でSpeaking&Writingテストを受けています。
(Speakingしたかは定かではないですが、Writingはした記憶はあります)

そして嬉しい、書類選考合格の知らせ。

応募総数963名→第一次選抜230名に残りました!すでにここで、1/4に絞り込まれています。

次の一次試験は、医学検査と筆記試験。丸々2日間のつくば滞在となります。

実は、某製薬会社に居る前に、2年間つくばの産総研という経産省管轄の研究所にいましたから、転職してすぐまた筑波ってのがなんとも愉快でした。

さて、医学検査は健康診断に毛が生えたようなもので、翌日の筆記試験が最大の山場(僕的に)。

基本的な印象としては、物理・数学的な問題が自分にとっては難問で、解き切った~って感覚は皆無で、何とも言えない不完全燃焼感。。。。。

結果としては、、、
第二次選抜へは進めませんでした。。。。

でも選抜試験から約8年がたち、当時のことを振り替えると、科学・工学技術の粋を集めた宇宙船に搭乗し、国際宇宙ステーションに行くわけですから、そうした基礎的な知識は最低限のラインなのだと思います。そうした基盤となる知識の上に、人間性であるとかが選抜対象になるんですね。

僕の宇宙飛行士への夢はこの時点で終わったわけですが、この話が面白がられるなんて思いもせず、ついつい長文になってしまいました。

が、ここまで書いたので更なる後日談も含めて書いておきます。

この宇宙飛行士選抜での合格者推移は、
応募者 :963名
書類選抜合格者 :230名
第一次選抜合格者 :50名
第二次選抜合格者 :10名
第三次選抜合格者 :2名

この第三次選抜合格者2名こそ、JAXAが選定した宇宙飛行士候補です。

これは当時ニュースで見ました。自分の彼らと一緒に選抜試験を受けていたのだなと思うと、本当に頑張って欲しいなと思いました。

そしてさらに数か月後にNHKスペシャルで、最終選抜についての特集がありました。

閉鎖空間において、色々な課題やストレスが与えられ、そうした環境下において、チームとしてどう対処するのか?個人としては?

色々な観点からのチェックや面談を通して、決定されました。

印象的だったシーンがあって、最終選抜が終わって、2名が決まったあと。
他の候補者が本当に2名を祝福しているシーンがあったんです。

それがほんとに良かった。自分のできることを出し切った人の表情は、本当に清々しいものでした。

僕もああした境地になれるように、精進しようと思いを新たにしました。

もし、宇宙飛行士を目指す人がいるならば、知的好奇心を持って自分の頭で考えながら学び、人とのコミュニケーションを真心を込めて出来るそんな人になって欲しいなと思います。

宇宙に行っても地上にても、最後は人と人ですから。
あいつなら!って言われる人になりたいものです。

最後にご紹介したい一文があります。

応募書類の宇宙飛行士候補志願書に「応募に対する家族の意見」という欄があり、そこには父の直筆でこう書いてあります。

人生一度きり、
やりたい事を出来たらいいと思う。
息子にはトライできれば
宇宙から地球を見て欲しいと
願っています。

なんだか、最後にこうした嬉しい言葉を見つけて僕は今も昔も幸せなんだなぁ、と思っています。

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黒坂宗久(黒坂図書館 館長)

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74年神奈川生まれ。子供時代に科学雑誌「Newton」を読み、宇宙飛行士を志すが落選。日米で免疫学を研究、製薬企業5年、トムソン・ロイターで5年勤務。現在は製薬会社にデータを提供する仕事。製薬関連やSci/Tech、仕事、日々の思い、社外活動などを発信。