見出し画像

「ショートストーリー」:空の森➁

今週のシフトは早番。私は早朝4時にアパートを出た。
(1話から読みたい方はこちらから↓)

ひばりの朝ごはんのお世話は、無数にお願いしている。きっと、今頃、ひばりは、私のベッドから移動し、無数のベッドに潜り込んでいることだろう。

私の仕事は、徒歩15分で行けるセントラルパークのグランドキーパーだ。簡単に言えば、公園の維持係。カートに乗って公園内を移動し、必要な箇所で必要な作業をする。芝刈りからガーデニング、木の伐採、ゴミトラック業者と協働で作業することもある。力仕事が多いから、このポジションは60LB(28キロ程度)程度の重さを持ち上げられないといけない。その為、女性は滅多にいない。

実は、私は日本の大学で農学部に入学したけど、1年で辞めて、植木職人に弟子入りしたり、日本庭園に興味を持ち、そっちの勉強や仕事を学んだり、はたまた、今度はイギリスに渡り、本格的な英国風ガーデニングなんてものまで勉強し、西洋庭園のデザインまで出来るようになってしまった。その方面のコンテストで入賞経験もあるので、まぁ、自分で言うのもなんだが、ガーデニングにおいてはそれなりの肩書がある。

だから、セントラルパークのグランドキーパーポジションの面接を受けた時、グランドキーパーより、それをスーパーバイズする方のポジションや公園施設のデザインなども手がける施設マネージャーをオファーされた。

でも、丁重にお断りした。お給料はもちろんそっちの方が高いけど、でも、私は誰かの上に立って、あれこれ指示したり、マネージしたりが苦手というか、それに自分の人生の時間を使いたくないのだ。

私は私の人生の時間を、出来るだけ、自分にとって意味のあるものだけに使いたい。だから、グランドキーパーがいいのだ。広大なセントラルパークという庭を、色んな時間帯、色んな季節、色んな天候の中、身体を使って作業するのが好きなのだ。そして、その時間が私の中で、人生の意味になる。

そう熱意を込めて話すと、さすが、アメリカ、私用の特別ポジションを作ってくれた。力作業は少ない代わりに、パーク内の草木の状況をチェックし、レポートし、必要な作業の手配をするという、言われたことだけやるグランドキーパーではなく、自主的に動くグランドキーパーという役目である。

私にとっても願ってもないポジションだし、実はセントラルパーク運営側にとっても、安く私レベルの人間を雇えるわけで、悪い話じゃない。きっと、日本人って欲がないねぇ、と思われているかもしれない。

でも、日本人だから欲がないわけじゃないんだよね。私はあなた達が欲しがるものと違うものが欲しいってだけ。価値観が違う、それだけ。私ほど貪欲な人間はいないと自分では自覚しているよ。

おっと、話が長くなってしまった。

朝日が昇る前に、グレートヒルに行かねば。そこから、朝日を眺め、今日はノースウッドの見回りと作業をしよう。ノースウッドは、セントラルパークの森だ。鬱蒼と生い茂る木々の中に入ると、昼間でも薄暗く、一瞬自分がニューヨーク・マンハッタンのど真ん中にいるのを忘れてしまう。どこからでも見える摩天楼が見えなくなる場所。

Central park North woods

そこで鳥達のおしゃべりを聴きながら、小道に伸びた草木を伐採し、ゴミを拾い、小川の水質をチェックしよう。作業に集中した時の、あの、”無”になる時間が好きだ。じんわりと汗を掻く自分の肉体の感覚も好きだ。

ああ、今日も私は私が好きだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?