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月子とケイタ・親という存在

月子さんのアパート近くの商店街の一本裏に入った小道にあるカジュアルなイタリアンのお店。混んでもなく、ガラガラでもなく、いつも1、2テーブルが空いているお店は居心地が良い。

「もっとちゃんとしたお店にお連れしたかったんですけど、すみません、ソラと暮らしてから、食べ歩きとかめっきりしなくなって・・・。」

「分かります、分かります。犬を飼うと、生活がガラッと変わりますよね。」

そう、価値観も。
月子さんは、この15年で、自分の価値観がまるっきり変わったことを実感する。時間とお金があれば、彼氏や友達との食べ歩きや旅行、ふらっと一人旅も好きだったのに、ソラと過ごすようになり、近所の散歩がその全てを代用するかのようだった。それで、充足していた。
ソラがいなくなり、それこそ自由にどこにでも行ける。
だけど、毎週末行っていたのは、レスキューハウス。おかしなものだ。

「東野さんは、お酒飲めますか?今日は、車じゃないですよね?」
「はい、大丈夫です。ここからなら、電車で一本で帰れますから。」

月子さんは、久しぶりに赤ワインをボトルでオーダーした。

少しぎこちない会話が、ワインの芳醇な香りに導かれ、スムーズに流れ始める。気づけば、月子さんは、自分がソラを飼おうと決めた経緯を語っていた。鈴木君のこと、そして、病気のことも自然に話せた。それだけ、自分にとって、過去になったということであり、そこにこだわりがなくなったということでもあった。

今の私でしかあれないし、今の私を私は認めている。

月子さんは、そうなれた自分をちょっと誇らしく思うと同時に、それはソラのお陰だとも思う。感謝しても感謝しきれない存在ってあるんだなぁ。
しみじみ思う。

「柏木さんは、素敵な女性ですね。辛い経験があっても、ちゃんと前に進んでいる。それに比べ、僕なんて、まだまだ自分にちゃんと向き合えてないな。。。」

そう言って、ケイタ君は自分の生い立ちを話し始めた。

「僕、施設で育ったんですよ。赤ん坊の時、東町の保護施設の前に捨てられていたそうです。段ボール箱に入って。僕の東野って苗字は、東町から取ったって園長さんから聞きました。ケイタって名前は、どうだったかな、その頃、コウタって子もいて、その子と一緒に育ったから、呼びやすいように、似た名前にしたんだったかな。まぁ、どちらにせよ、両親が愛情を持って、つけてくれた名前ではないのは確かです。」

月子さんは、思いもよらないケイタ君の生い立ちに、内心、衝撃を受けつつ、黙って耳を傾けた。

施設には、色んな身の上の子供達がいた事。親の虐待で一時避難している子、ネグレクトで保護された子、そして、自分のような捨て子。

「子供って悲しい生き物なんですよ。どんな酷い親にでも、愛情を持つんです。よく、親の愛こそ無償の愛って言うじゃないですか。僕は違うと思うんです。逆で、子供が親に対して持つのが、無償の愛だって。僕ね、そんな子たちを見ていて、バカだなって思うと同時に、羨ましいとも思っていんですよ。僕には最初からいなかったから。」

ケイタ君は、懐かしそうに、でも、他人事のように、その頃の自分を話す。
それが、月子さんにはなんとも言えなかった。

「周りを見ていて、酷い親でもいないよりマシかって言うとそうでもないよな、って思って生きていました。そんな親って、子供の人生の足を引っ張るんですよ。いない方がマシってことだっていっぱいあるんです。
高校生ぐらいになって、そう思えるようになってからは、自分は自由に生きられると思って、大好きな動物関係の仕事に就きました。施設では、ペットは飼えないんです。でも、訪ねてきてくれる親も親戚もいない僕にとって、近所の犬と遊ぶ時間って、本当に楽しかったんです。そのうち、自分と同じように捨てられた犬猫を保護するシェルターという存在も知るようになり、運命を感じたんですよね。これが僕の天職だって。それは、今でも変わっていません。でも・・・。」

少し躊躇するそぶりを見せ、思い切るように、ワインを一口飲み、一気に話し始めた。

「でも、24歳の頃、2つ下の女性と出会い、交際が始まり、3年ぐらい経った頃、お互い、結婚を意識し始め、その時に彼女に言われた言葉で、僕は、、、、彼女から逃げたんです。彼女は、「将来、結婚したら子供が欲しい。」って言っただけなんです。30歳になる前には子供が一人は欲しいって。彼女は、僕の生い立ちも知っていました。彼女のご両親に、全部を話していたかは分かりません。でも、理解のある親だって言っていました。
でも、僕は、結婚までは普通に受け入れていましたが、自分が子供を作るって想像したら、ゾッとしたんです。怖くなったと言った方が良いかもしれません。その時に、気づいたんです。僕の両親って、どんな人間なのか、全く分からないですよ。もしかしたら、殺人犯とか、あの施設にいた子供達の親以上の最悪な人間かもしれないんです。もちろん、そこまで酷い親じゃないかもしれません。でも、少なくとも、生まれて数ヶ月の子供を捨てる親です。マトモな人間じゃないのは確かでしょう。そんな親のDNAが自分にも入っているわけで、なんていうか、それを撒き散らすなんて、、、僕には出来ない、、、と思ってしまったんです。」





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