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嫌いだからじゃないんです。

今日は昨日パンクして応急処置をしてもらった自転車を修理しに出掛けました。昨日とは別のところです。

持ち込みの電話をするときもどこを直すか直さないでおくかなどの話もしどろもどろでさぞかし修理屋さんは疲れたのではないかと思います。

持ち込むと意外にもタイヤの種類も正規でなくても充分なことや昨日は指摘のなかったブレーキの箇所や補修しておいたほうがいい箇所、その理由を分かりやすく説明してくれた。当初予定していた金額より足が出たが分かりやすく話を聞けて納得できたのでまた長いこと乗れるようにと自分なりには気持ち良く支払った。

餅は餅やだなぁと思う。

私はそれらの仕組みや成り立ちも知らないで使っているものがたくさんある。自転車にしろ、スマホにしろ、何気なく使いこなしていると思っている家電の類いだって詳しく知っている人もいるがそんなにたくさんはいないだろう。

どんな原理で動き、どんなことでどこが故障したり磨耗したりするのか、説明書もろくに読まない私にはわからないことばかりだ。

がしかし、言いたいことはそこではなく餅は餅屋さんだ、と知った上で私の言いたいことは人とこんなにもうまく話せないのか私は。ということ。

何回も同じくだりを話していたり相槌に困ったり愛想笑いも下手くそで話の間合いもわからない。

聞いてもない話をして聞きたいことは結構肩すかししてるんじゃないかとも思う。話が長いし回りくどい。わかってても話の方向を修正できない。ただ焦る。終わればいいと思い変なところでぶったぎってしまう。

人と話しをするのはやっぱり苦手。対面でも電話でも。文面なら少しは考えながら書けるから気は楽。

10年くらい前にアパートに住んでいて隣に引っ越してこられた方がいた。その方はご丁寧に挨拶にきてくださった。

その時私は夕御飯の支度でしっちゃかめっちゃかだった。しかも来客など予想しないので頭のてっぺんをゴムでくくり、度のきついメガネをかけよれよれのエプロンで戦闘中だったのだ。

そこへいらした。ドアを開けるとにこやかに「こんな時間にすみません」と何かを渡そうとしてくれる。

私はテンパり、「え、あぁ、こんな時間に」と言ってしまう。本来は「あなたが忙しいであろうこんな時にわざわざすみません」と言いたかった。が、こんな時にと言われそのままオウム返ししてしまい、案の定苦笑いしながらがら「で、ですよねぇ。本当に機転がきかなくてごめんなさいねぇ」とひきつりながら帰っていかれた。

はぁ。もうあれ口聞いてくれないよね。そういうやつだよね。だってあんな言い方されたら嫌になるよね。謝りたい、誤解をときたい。けど。そんな一方的なことできない。今でもあれは申し訳なく思っている。

そんなこんなで、テンパったときのわたしは容赦なく人を不快にしてしまう。だからなるべくお話なんかしたくないのだ。嫌いだからじゃない。嫌われたくないからだ。

そろそろ夕御飯の支度をはじめます。もう六時過ぎ。がんばります。

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