小説「4453」🐆

創作大賞2024　応募作品
オールカテゴリ部門

「4453」

「ねえ見てこれ！　このティクティク！」
「見た見た！　それマジエモいよね～」
　口を開けば動画投稿サイトやSNSの話題だらけの世の中。流行っているから仕方のないことなのだろうけど、私はこの動画投稿サイト「ティクティク」を見たいという気にはなれなかった。知らない人が皆同じ振り付けで踊る動画や同じ歌を歌うのを見て何が楽しいのだろう。
　写真の投稿サイト「フォトッター」もそうだ。好きなアイドルや推しを身近に感じたい気持ちならまだわかるけど、まったく知らない赤の他人の写真を見たいとは思わないし、ましてや自分の写真や動画を投稿するなんて、私の中ではあり得ないことだった。
　話題についていけないとクラスで浮いてしまうからと、一応どちらのサイトもアカウントだけは作ってみたものの、皆のように毎日何時間も見る気なんてさらさらなかった。
「五月さつき、今日カラオケ行くけどどうする？」
「ああ……ごめん、今日はパス」
「またパスぅ？」
「仕方ないよ。五月は弟くんの面倒みなきゃだからね」
「うん、本当にごめん。また誘って」
　私は帰り支度をしながら楽しそうに教室を出て行く友達たちに「じゃあね」と言って手を振った。
「ふう……」
　静かになった瞬間、私はため息をついていた。
　高校生になれば何かが変わると思っていた。
　中学校三年生で部活も終わり、いっぱい遊ぶぞと思っていた私は衝撃を受けた。学校帰りにカラオケに行ったりファーストフード店で楽しくおしゃべりしたり、たまには恋でもしたり、なんて考えていた私が間違っていたのかもしれない。カラオケに行ってもオシャレなカフェに行っても、皆はひたすら写真を撮ってはずっとスマホを触っているだけだった。話しかけても上の空。盛り上がるのは写真がいかにかわいく撮れたかどうか。それとティクティクやフォトッターの投稿についてだった。最初は私も話を合わせるためにそれらのサイトを覗いていたけど、やっぱり何が楽しいのか理解できなかった。
　それから私は、まだ小学生の弟を言い訳に使っては友達と一緒に帰ることをやめた。話を合わせるのは学校の中だけで充分だった。
　そして高校生になって新しい環境と新しい友達に期待していたが、結局は何も変わらなかった。
　しかもティクティクやフォトッターに加え、さまざまなアプリも使いこなさなければならなかった。流行りに敏感な女子高生だ。当然といえば当然なのだろう。
　ただ、私だけは何もやる気になれなかった。なんだか全てがどうでもよくなっていた。
　皆が教室を出てから少し時間をあけて、私はゆっくりと立ち上がった。
　スマホを見ながら歩いている皆も、もうずいぶん先に行っているだろう。
「はあ……」
　私は何をやっているのだろうか。そう思うとまたため息が出た。毎回友達の誘いを断わるわけにもいかないだろうし、かといってついていけない話題を聞いて笑っているのもつらい。どうしたものかと重い足で地面を蹴るのがやっとの思いだった。
　これが五月病というものなのかもしれない。私は自分の名前の漢字が入った病を怨めしく思いながら、五月の爽やかな空を見上げた。学校から自宅までは電車で二駅の距離。私は心地好い風に何かを誘われているような気がして、今日は歩いて帰ることにした。
　なんとなくこの道を行けば家までたどり着けるだろうという、行き当たりばったりで歩くのはちょっとドキドキして楽しかった。スマホばかり見て知らない人を眺めるより、知らない道を歩いていろいろな景色を見る方がどんなに楽しいか。いや、別に皆を否定しているとかそういうことではない。私だってたまにゲームもやるし、それこそ大好きな可愛い弟の写真を撮りまくっている。それはただの自己満足であって、それをネットに流出して、いいねっていう共感を欲しいとは思っていないだけだ。楽しみ方は人それぞれだとわかっている。私はただ、リアルに人と話したいだけかもしれない。どこの誰かもわからない人を見るよりは、目と目を合わせて笑いあいたい。
　そんなことを考えながらふと顔を上げると、私はどうやら線路沿いの道から少しそれた住宅地に入っているようだった。何度か通ったことはあるから迷子にはなっていない。確かあの角を曲がれば坂があって、坂を越えればまた線路沿いに出るはず。
　そう思った時だった。
「桜……？」
　目指していた曲がり角の手前に、車が一台やっと通れるかくらいの細い坂道があった。まだ通ったことのない道だ。その坂の途中にある桜の木が私の目に飛び込んできたのだ。遅咲きの桜なのだろうか。濃いピンク色の花が何とも可愛らしかった。私は引き寄せられるように、その細い坂道をのぼった。
　桜の木が植えられていたのは坂道の途中の普通の家の庭だった。木造の古い家で庭は広々としていた。
　塀と塀の間が開いていて、門のような物はなかった。そこから桜の木をちょっとだけ覗こうとした時だった。
「ニャア……」
　桜の木の下に猫が三匹もいた。気持ちよさそうに寝転んでいたり、座って日向ぼっこをしているようだった。
「猫ちゃん……おいで」
　私は思わずその場に座りこんで猫を呼んだ。庭の中に入るわけにもいかず、ただ手だけを伸ばした。猫たちは人間になれているようで、すぐに三匹ともが私の方へ駆け寄って来てくれたのだ。
「あは、可愛い……よしよし」　
　嬉しくなった私は三匹の猫を順番に繰り返し撫で続けた。私の足にすり寄ってきたりゴロゴロと喉を鳴らす猫たち。
「おっ」
　庭の奥にある家の方から、さらに二匹の猫が近付いてきていた。私は時間も忘れその家の前に座り込んでずっと猫たちとたわむれていた。
　どれくらいそうしていただろうか。坂道を上ってきた人に不思議そうな顔で見られた私は我に返り、慌てて立ち上がった。足の感覚がなくなっていて膝が伸びきらなかったけど、恥ずかしさのあまり無理矢理足踏みをして猫たちにお別れをした。

　家に着くと玄関のドアの鍵が掛かっていないことに気付き、慌ててドアを開けた。
「ただいま」
　遅くなってしまったから小学生の弟が先に帰ってきているのだろう。
「姉ちゃんお帰り」
「ごめん、遅くなった」
　案の定、弟はリビングのソファーに座っておやつを食べながら流行りのゲーム機でゲームをしていた。
「姉ちゃんスマホ貸して」
「えー、三十分ね」
「やった！」
　弟は私の手からスマホを取ると、嬉しそうに画面を触っていた。なんでも、深夜にやっているアニメをネットで見ておかないとクラスで会話についていけないらしい。
　小学生も大変だな、なんて思いながら私は自分の部屋に行き着替えをすませた。家に二台もあるパソコンは共働きの両親がそれぞれ仕事で使っていて弟は触らせてもらえない。小学校でもスマホを持たされている子が多いらしく、弟も口を開けばスマホが欲しいスマホが欲しいと言っている。私はそんな弟のことが少し心配だった。スマホを持つようになったら皆と同じように、スマホばかり眺めるようになるのだろうか。自撮りした動画や写真なんかをアップしたりしないだろうか。どこの誰かもわからない、顔も知らない人と仲良くなって実際に会うなどと言い出さないだろうか。何か騙されたりしないだろうか。たとえ文字だけの繋がりだろうとも、言葉一つで傷付いたり苦しんだりする友達をたくさん見てきた。それはもちろん逆もあって、喜んだり励まされたりすることもあるだろうけれど。
　今からそんなことを心配したところで無駄なのはわかっている。もう今の世の中はネットさえあれば何でも出来るくらい、必要不可欠なこともわかっている。
　現に私だって受験の時は動画サイトで勉強したし、見たい映画やドラマなんかはVODで倍速でしか見れない身体になっている。それをすごく便利だと思っているしありがたいとも思っている。ただ周りの友達たちがあまりにもティクティクとフォトッターばかりでそれについていけていないというだけなのだけど。
　私は二階の自分の部屋からリビングへと下りていき弟の隣に腰をおろした。真剣な表情でスマホを見つめる弟。四年生になったばかりの可愛い弟の頭に寄り掛かるようにして、私もスマホの画面を一緒に覗いた。

　日に日に暑さが増し、制服は半袖の夏服に変わっていた。私は日課のようにあの坂道の途中の家の前に座り込んでいた。あれから毎日学校帰りにここを通るようになった。家では飼ってもらえない、可愛い猫たちと触れ合うのが私の毎日の楽しみだった。さすがに雨の日は猫たちも家の中にいるのか、姿は見られなかったけれど。
　いつも三匹の猫を触っていると、家の方からさらに二匹が近付いてくる。今日も来るかと思い、顔を上げると二匹の猫は家の方を見上げて鳴いていた。
「ニャア」
　何だろうと思い、猫の視線の先を追った私は思わず立ち上がっていた。家の中からお婆さんが顔を出していて、こちらを見ていたのだ。
「あっ」
　今までこの家に住む人を見かけたことがなかった私は、驚いて咄嗟に頭を下げていた。不審者だと思われていないだろうか。怒られないだろうか。ドキドキしながらその場を離れようとした時だった。
「いらっしゃいな」
「え？」
　見るとお婆さんはニコニコしながら手招きをしていた。私は周りを見た。私以外誰もいない。お婆さんはまだ手招きをしている。
「はい」
　私は「お邪魔します」と呟きながら広い庭にゆっくりと足を踏み入れた。
　初めて近くで見る家は、木造の二階建てで結構な年季が入っている。近付いてみると、お婆さんが座っているのはその家の縁側だった。
「こんにちは」
「こんにちは。ほれ、座って」
「あ、はい、お邪魔します」
　私は頭を下げながら床を叩いているお婆さんの隣に座った。
「ちょっと待っててな」
「はい」
　とても優しそうで小さくて、かわいらしいお婆ちゃんだった。
　お婆ちゃんは立ち上がると、私を残して家の奥に行ってしまった。私はなんだか落ち着かなくて、深く息を吐きながら正面を向いて目の前に広がる庭に目を向けた。
　庭は綺麗に手入れされていて、この縁側に座った位置からは色とりどりの花がよく見えた。中でも一番目を引いたのは真っ赤に咲く美しいバラの花たちだった。
「綺麗だろう？」
「あ、はい。めちゃくちゃ綺麗です」
　お婆ちゃんはお茶とお菓子を持って戻ってきた。
「食べな」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
　少し困惑しながらも出されたからにはと思い、鮮やかな緑色をしたお茶の入った湯呑みを手に取って喉の奥へと流し込んだ。
「おいしい……」
「おお、よかったよかった。お菓子も食べな」
　嬉しそうに笑いながら私を見ているお婆ちゃん。
「いつもよく来てたね」
「えっ！？　お婆ちゃん、気付いてたのですか？」
「ほれ、あそこ」
「えっ」
　お婆ちゃんが指す指の先には、もう花も散ってしまって茶色の枝だけになった桜の木があった。その横に鮮やかなオレンジ色の大きなカーブミラーが見えた。
「あれに映ってたよ」
　確かにここから見ると家の入り口と細い道路がミラーにはっきりと映っていた。最初にここに来た時は桜の花に目を奪われていて気付かなかったのだ。
「マジか……すみません」
「謝らなくていいんだよ。毎日よく来てくれて、嬉しかったよ」
「はは……ヤバい、恥ずいわ」
　なんだか急に喉がカラカラになった私はお茶を一気に飲みほした。
「あの、私、平岡五月といいます。五月って書いて五月さつきです」
「五月ちゃんか。いい名前だね」
「お婆ちゃんはえっと金沢さん？」
　私は表札に書いてあった名前を思い出していた。
「よし子でいいよ」
「よし子さん……よし子さんは一人でここに？」
「もう長いこと一人だね」
「そうですか」
　気付くと私の足もとに猫たちが集まってきていた。
「ふふ、よし子さん、あの、私、また来てもいいですか？」
　私は猫を撫でながら言った。
「ああ、かまわないよ」
「やった！　ありがとうございます！」
　私はまた遊びに来る許可を得られて満足し「ごちそうさまでした」とお礼を言ってその日は帰った。

　それから私はほぼ毎日、よし子さんの家にお邪魔するようになった。
　よし子さんはとても優しかった。私が行くと毎回必ずお茶とお菓子を持ってきてくれた。そして私たちは二人で縁側に座ってお茶しながら、庭を眺めたりおしゃべりしたりしていた。私はよし子さんの若い頃の話を聴くのが大好きだった。兄妹が八人いること、お見合いで結婚したこと、ひ孫が四人いることなど、よし子さんは何でも話して聴かせてくれた。歳は八十二歳、ご主人は亡くなられていて、息子さん家族も娘さん家族も仕事の都合で遠くに住んでいるらしい。すっかりよし子さんに気をゆるしてしまった私も、学校の話や家族の話などと自分の話をするようになっていた。
　それはとても不思議な感覚だった。知り合って間もないのに、自分の本当のお祖母ちゃんみたいだと感じる時もあった。ずっと前から知っていたかのように一緒にいるとほっとする。きっとよし子さんが優しくてあたたかいからだ。何も話さなくても安心感がある。よし子さんといるだけで、私の心は癒されていた。
　そんなある日、私はついよし子さんに愚痴をこぼしてしまっていた。
「友達はみんなSNSにハマってるんです。皆楽しそうなのはいいんだけど、私は何が楽しいのかわからなくて。知らない人が撮った自撮りの写真なんて見たくないし、映えるとかどうでもいいし」
　よし子さんはそんな私を見ていつもと同じようにただニコニコ笑っていた。
「アタシもやってるよ。写真を撮ってね、なんかに載せてるよ」
「はあ！？」
　よし子さんの口から出たその言葉に私は衝撃を受けた。
「えっ、えっ、よし子さんって、もしかしてスマホ持ってるんですか？」
「もちろんだよ」
　そう言うとよし子さんは家の中に入り、スマホを持って戻ってきた。
「ほら、これ、ここに写真をのせてるんだよ」
　慣れた手つきでスマホをタップしたかと思うと、私にその画面を見せてくれた。
　そこにはみんながはまっている投稿サイト、フォトッターにアップされている、この家や猫や庭の草花の写真がたくさん写っていた。
「マジか……スゴい」
「ははは、孫やひ孫たちがアタシの写真を楽しみにしてくれてるからね」
「スゴい……」
　私はあっ気にとられながらたくさん載せられている写真をスクロールして眺めてみた。どれも知っている景色ばかりだ。まぎれもなくこの家と庭の写真だった。しかも写真がとても綺麗に撮れているのにも驚いた。そして何より、よし子さんがSNSをやっているということ自体に感動すら覚えていた。
「フォローしていいですか」
「いいよ」
　私はすぐに自分のスマホを出してフォトッターのよし子さんのアカウント名『4453』をフォローした。
　改めてよく見ると、よし子さんは毎日何枚も写真をアップしていた。圧倒的に猫の写真が多かったが、庭の草花に加えてお料理の写真なんかもあった。
　極めてる。
　フォロワー数も多いことに納得した。
「アタシの毎日の楽しみなんだよ。これを見て喜んでくれる人がいることに感謝しているけど、ほとんどは自分のためさ」
「自分のため？」
「アタシはもういつ死んでもおかしくないからね。アタシがいなくなってもこの写真が残ってくれたら嬉しいしありがたい」
「そんな……」
「本当のことだよ。アタシの遺書みたいなもんさ」
「よし子さん……」
　そんなことをニコニコしながら言うよし子さんを見て私は悲しくなった。
　死ぬとか遺書とか、その言葉が妙にリアルに耳に焼き付いて、私の胸がチクリと痛んだ気がした。
「そんな顔しないで五月ちゃん。まだ今のところアタシは元気なんだから」
「はい……」
「そうだ。五月ちゃんもここに何か写真送ってよ。アタシが見たいからさ」
「私が？」
「ああ、そうだよ。友達との写真でも弟くんの写真でもさ」
「写真……」
　その時私は、よし子さんを見て思いついたことがあった。
「私、よし子さんの写真を撮ってもいいですか？」
「えっ？　アタシ？」
「はい！　私よし子さんを撮ってアップしたい」
「はっはっ、こんなバアさん載せたって誰も興味ないさ」
「私が興味あるんです。私が撮りたいんです。自分のために、よし子さんを」
「うーん……いいけど……」
「やった！　ありがとうございます！　じゃあ早速！」
　私はすぐにスマホでよし子さんのかわいらしい姿を何枚も写真におさめた。

　それからというもの、私はここに来た時は必ずよし子さんの写真を撮ってフォトッターにアップするようになった。猫とたわむれているよし子さん。空を見上げてくつろいでいるよし子さん。座ったままうたた寝しているよし子さん。楽しそうに笑うよし子さん。何よりもよし子さんは小さくて可愛らしくて優しそうで……。
　そうやってよし子さんを撮るようになってからは、私と私の周りが少しずつ変わっていった。
　まず、あんなに毛嫌いしていたフォトッターを見るのが私の楽しみになっていた。投稿した写真にいいねやコメントをもらうと嬉しくてたまらなかった。私のフォロワーもいつの間にかどんどん増えてきて、よし子さんのファンというか、写真を楽しみにしてくれる人がたくさんいることに驚いていた。　
　友達たちも私が突然お婆さんをアップしたことに驚いていた。と同時に、皆よし子さんを気に入ってくれて私の投稿を楽しみにしてくれていた。それは本当に意外だった。自分がSNSにハマったのも意外だったし、友達が喜んでくれたのも意外だった。
「マジでよし子さんに会いたいわ」
「癒されるぅ」
「私の待ち受けよし子さんだよ、ほら」
「それヤバッ」
　私のクラスではよし子さんがプチバズっていた。私はすぐによし子さんにこのことを伝えた。
「よし子さん大人気ですよ」
「こんなバアさんが？」
「よし子さんカワイイってみんな言ってます」
「あっはっは。バアさんの写真がが珍しいだけさ」
「そんなことないですって。それで、友達もよし子さんをフォローしたいって言ってました。よし子さんのアカウント教えちゃってもいいですか？」
「アタシはかまわないよ」
「ありがとうございます」
　私はさっそくよし子さんのアカウント名を友達にメールで送った。
「そういえば、よし子さんのアカウント名の『4453』って、これは何の数字なのですか？」
「ああこれ？　これは4453よしこさんって読むんだよ」
「ああそうか！　よし子さんか！　素敵です！」
「ふふ、そうかい。ありがとうよ」
　そう言って笑ったよし子さんの写真を撮る私。私はとても不思議な気持ちになっていた。つい最近まで友達と話すのがつらかったことが嘘みたいだった。今では皆がよし子さんの話を聞いてくれるし、あんなに盛り上がっていたティクティクの話題が減り、皆がよし子さんに会いたいと言ってくれる。
「夏休みになったら、友達も連れてきていいですか？」
「ああ、いいよ。皆でおいで」
「やった！　ありがとうございます」
「お礼を言うのはアタシの方さ。五月ちゃんのおかげで毎日楽しいよ」
「私もです。よし子さんのおかげで毎日楽しいです」
「ふふ。そうかい？　嬉しいねえ」
「あ、今度弟も連れてきます」
「ああ、待ってるよ」
「はい！」
　私は弟が喜んで猫たちと遊ぶ姿を想像して嬉しくなった。庭の紫陽花の花たちが一緒に喜んでくれているかのように、風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。
「……あとどれくらいもつかね。この家もアタシも」
「そんな、よし子さん？」
「アタシが病気でもしたら、この家とこの庭と猫たちが心配でね」
「その時は……その時は私がちゃんとここに来て猫たちを見てますから。写真も撮って載せますから」
「おお、それは頼もしいね」
「でも、まだまだ元気でいてください」
「そうだねえ。まだまだは無理かもしれないけど、もうちょっとこうやって写真を撮っていたいねえ」
「よし子さんの写真を待ってる人がたくさんいますから」
「そうかい？　それは嬉しいねえ」
　よし子さんはお茶を飲みながらいつものようにニコニコと笑っていた。
　私はそんなよし子さんを見ながら考えていた。
　私が抱いていた投稿サイトへの嫌悪感は、ただ使い方を考えていなかったからだ。何にでも人それぞれの使い方や楽しみ方があって、よし子さんみたいに遠く離れた家族との連絡手段を兼ねている人もたくさんいることだろう。もしかしたら、一人で暮らす高齢者にとってはSNSというモノがものすごく役に立っているのかもしれない。高齢者だけではない。人それぞれのさまざまな環境の中で、こういった繋がりがどれだけ人の心を救っているのか。今までSNSを悪いようにしか考えていなかった自分が恥ずかしいと思っていた。よし子さんと出会った今では、私はこのフォトッターに心から感謝していた。
　今私の目の前でよし子さんが楽しんでいる。よし子さんが喜んでいる。よし子さんが嬉しそうに笑っている。それだけで私も嬉しくなる。
　私はよし子さんとの時間を一分一秒でも長く過ごしていたいと思っていた。
　最初に、五月に見たあの遅咲きの桜が満開になるのを、あと何回よし子さんと一緒に見ることができるのだろうか。
　例えば私に彼氏ができたり結婚したり。そんな姿をよし子さんに見せることはできるのだろうか。そうしたら、きっとよし子さんは喜んでくれるに違いない。もっとよし子さんを喜ばせてあげたい。
　そんなことを考えながら、私はよし子さんとのゆるやかな時間を過ごしていた。
　だんだんと日が落ちてきていた。オレンジ色に照らされるよし子さんの隣で、猫たちもそれぞれに気持ち良さそうにくつろいでいた。
　私は今のこのよし子さんと過ごしている時を忘れないよう、頭の中のカメラのシャッターを何度も押しては、胸にしっかりと焼きつけた。

　　　　　　　　　　完