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傘のない男

もういい

もう全てが終わった。

会社は倒産し、
妻は男の元へ

私は何もかもを失った男。

気がつけば今年に44歳になる
見た目もずいぶんと老けこんでしまった。

毎日が生きている実感もなく
ただ死んでいないだけの人生。

妻と私の間には3人の子供がいるのだが、
子供たちも妻が男の元へ連れて行ってしまったので
今は簡単に会うこともできなくなった。

なけなしの金で近所の居酒屋。
ここの店は妻ともよく行った。

妻が男の元へ行ったことも、
子供達を連れて行ったことも
私は全くと言っていいほど恨んではいなかった。

それどころか、
相手の男がそれなりに経済力のある人間なので
これでよかったとさえ思っている。

私はこういう運命なんだな。

何度もこのように思ったけど
それでも運命自体を恨むこともしなかった。

居酒屋ではカウンターの端でウトウトしながら
呑んでいる見た目小柄な60代の男と私の2人。

「社長、今日はよく呑むね」
カウンターの向こうから居酒屋の女将。

女将は私が全てを失ったことを
知っているはずだが
それでも未だに私を「社長」と呼ぶ。

恐らく呼び方を変えるにも
どのように呼べばいいのか困るからだろう。

「ごっさん」

「はいよ」

すでに伝票の計算はしてあったようだ。


「社長、元気出しなよ。
あっし、あんたのそんな顔見てられないよ」

私は苦笑いを浮かべて店を出た。

そんな情けない顔をしてるのか。

自分では気づかないが、
以前の私を知っている人間からすれば
今の私は腑抜けた男に見えるのだろうな。

さて、これからどうするかな。
いつもこう思うが具体的に何かは考えない。

私は最近借りたばかりのアパートの鍵を
確認しながら家路を歩いた。

つい4ヶ月ほど前は家族5人で暮らす一軒家。
夜に帰れば電気がついていたし
子供たちのうるさい声。

今は真っ暗なアパートに
私のほかに誰もいない部屋
朝食べたパンの袋が机に置いたままだった。

ふと自ら死を選ぶことがよぎることもあるが
それでも本気でそうしようとは思わなかった。

今はただ流れのまま身を委ねてみている。
そう、生きているというよりも
死んでいないだけの時間。

このまま寝て朝になれば
また勤めたての工場へ行って時間になれば
帰って寝るだけ。

ピーンポンピンポン♪

そんな時、古びたインターフォンが鳴った。

玄関ドアを開けた先に妻がいた。

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