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入院手術の思い出【その1】
自己紹介の記事に書いていますが、私は生まれつき『口唇口蓋裂』という病気でした。
簡単にまとめると、赤ちゃんはお母さんのお腹の中で顔ができるときに鼻と口は両側から伸びてきてくっついて形作られるそうなのですが、何かの原因でくっつかず、真ん中でパックリ割れている状態で生まれてきてしまうという状態です。
そのままではミルクも飲めないということで、私は生まれてすぐ手術をしたらしいです。
母は赤ちゃんの私と無理心中しようとしたようですが、思いとどまってくれたので今があります。
これは大人になってから聞いた話ですが、父方の祖父に「そんな化け物のような顔をした孫はいらん」と言われたのだそう。
電車が見える橋の上から一緒に飛び降りようとしたらしいですが、私が母の顔を見てニコッと笑ったそうです。
それを見て思いとどまったのだとか。
口唇口蓋裂の手術は長い時間がかかります。
成長に合わせて少しずつ手術をしていきます。
私が通っていた病院は地元の総合病院で、今では珍しいヤクルトの自販機があったのを覚えています。
入院手術以外にも月に1回ほど通っていて、その自販機でイチゴ味のジョアを買ってもらうのが毎回楽しみでした。
幼稚園までは頻繁に入院していたように思います。
入院する前に様々な検査をします。
血液検査、レントゲン、病院の中をたくさん歩き回りちょっとした冒険気分です。
あのころはどうして自分が病院にいるのかよくわかっていなかったので、言われるがままされるがままだったな〜と思います。
小学校にあがったころ、とある大学病院の歯学部の付属病院へ通うように言われて、そこで矯正をしてもらうことになりました。
月に1回、学校を休んで病院まで通いました。
病院が終わってから母と長崎の町に行き、お昼ご飯を食べたり、買い物をしたりするのが本当に楽しみでした。
入院している間、知らない子とすぐ友達になりました。
小児病棟にはいろいろな子がいて、私と同じ口唇口蓋裂の子や怪我をした子、心臓が悪い子、年齡も様々でしたが、みんな何かしら大変なんだな、と思うと自分だけじゃないんだ、とホッとした記憶があります。
小児病棟の看護師さんたちはみんな優しく元気で、先生たちも子供達を不安にさせないようにといつも明るく楽しく話をしてくれました。
同じくらいの学年の子を集めて勉強会をしていました。
入院していても勉強が遅れないようにと若い先生方が教えてくれていました。
手術の日、病棟のベッドに横になったまま運ばれていきます。
手術室に入る前に不織布でできた簡単な服に着替えさせられます。
そして、またベッドに横たわると手術室の扉が開きます。
あのドラマでよく見る眩しい電灯が見えます。
よいしょ、と手術台の上に乗せられると、鼻と口を麻酔が出てくるマスクで覆われます。
そのうち意識を失うかのように眠ってしまいます。
あの麻酔の匂い、今でも覚えています。
目が覚めると顔に違和感を感じます。
何か痛いような重いような…。
しばらくはベッドの上から動けません。
意識がだんだんハッキリしてくると猛烈な痛みが襲ってきます。
あちこち切られたり縫われたりしているから仕方ないですよね。
私は手術した場所が顔、しかもだいたい口周りなので、しばらくご飯が食べられません。
腕には常に点滴が繋がっています。
不思議なくらいお腹が空かないので栄養のある点滴だったんだな、と思います。
しばらくするとベッドから起き上がれるようになります。
抜糸をするとご飯が食べられるようになります。
普通のご飯ではありませんが…。
ドロドロのおかゆの上澄みからスタートです。
久しぶりに口に入れるものは何でも美味しく感じます。
ちょっとずつ固形物が食べられるようになってきて、体力も回復してきたら、退院の話が出てきます。
何度か退院が伸びたことがあります。
6人部屋に1人になったりすると夜怖くて眠れません。
入院中はずっとパジャマを着て、裸足でスリッパを履いています。
退院するときに久しぶりに私服に腕を通すと嬉しくなります。
靴下を履いて靴に足を入れると違和感しかありません。
病院の玄関から一歩外に踏み出すとふわっと空中に浮かんだかのような錯覚に陥ります。
病院の外は明るく、世界がまぶしく見えました。
あるとき、腰骨から骨の一部を取って、口の骨の足りない部分に移植するという手術をすることになりました。
今までにない大手術です。
今もそのときの傷が腰辺りに残っています。
考えてみれば、私の体はあちこちに何かしらの傷があります。
その一つ一つが手術を乗り越えてきた証です。
その後、さらに大きな手術が待っているとはそのときは思ってもいませんでした。
少し長くなってしまったので、続きはまた別の機会に。
今でもイチゴ味のジョアが大好きです。
診査を頑張ったご褒美として母から買ってもらっていた思い出の味です。
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