もでりんぐ!! 四話

 コチラ、現場の夏水です。今、三琴君と菜音さんのお二人が校門を出ました。
 おーっと、何やら、会話が弾んでいる。どんな会話が展開されているのか気になりますが、二人の邪魔にならない場所でこうして実況を行っています。
 これから、どうやら二人は喫茶店へと向かうようですね。さぁて、どんなデートになるのか楽しみです。
「だーかーら、デートじゃねぇって言ってるだろ」
 僕の声が聞こえたのか、三琴君が大声でツッコんできますが、その声にビックリして、周囲が三琴君のことを見てくるのでありましたー。
 茶山陣学園から徒歩五分ほどのところにある、喫茶【ミラージュ・イスト】。二人はそこの店内へと入りました。
「こんにちはー」
「おー。山吹んとこのボウズじゃねぇか。いらっしゃい」
 店内に入ると、強面のマスターがカップを布巾で磨いていました。
 マスターの名前は、佐久間源三さん。年齢は男の秘密。
 まるで、何処かの殺し屋を彷彿とさせる鋭い眼光は、防犯の役割を担っているそうです。巷の噂では、昔、裏社会でブイブイ言わしていたとかなんとか。
「ハッハッハ。それは、大した噂だなぁ。ところで、今日は何にするんだ、三琴」
「いつものやつ、二つ下さい」
「はいよ。好きな席に座って待ってろ」
 マスターに言われ、三琴君達はカウンター席へと座りました。
「三琴。そういえば、聞いたぞ。おめぇさん、この間はエライ大活躍したそうじゃないか」
 マスターが作業をしながら、三琴君に尋ねます。
「別に、活躍したってほどじゃ無いけど」
「菜音ちゃんをピンチから救ったって言うじゃねぇか。皆、そのことで、持ちきりだぞ。あと、若い内は謙遜なんてもんすんじゃねぇよ。素直に喜んどけ」
「はぁ……」
 マスターの言葉に、三琴君はタジタジの模様。
「あいよ。特製パンダパンケーキだ」
 マスターが三琴君と菜音さんに出したのは、お皿いっぱいな位大きいパンダの顔の焼印が押されている、パンケーキ。
 ここでもまたパンダですか……。
「三琴に作ってくれと頼まれたことがあってな。試しに作ってみたら、今じゃ、ココの人気の裏メニューになっちまったもんだよ。二人とも、今日は俺の奢りだ、気にせず食べな」
 なんと、マスターから奢り宣言。太っ腹ですね。
「あったぼうよ。最近は、襲来があるもんだから商売があがったりなんだ。三琴がこの勢いで、次々と宇宙人を追っ払ってくれるようにしてくれるように、精を付けてもらわないとな。ガッハッハ」
 そう、マスターが豪快に笑いました。
「それにしても、このパンケーキ大きいね。可愛い」
「だろ? ちゃんとそこもこだわったんだよ」
 さすが三琴君プロデュースのパンダパンケーキ。力の入れ方が違います。
 そのパンケーキを暫し見つめて、何やら菜音さんが思いついたらしく、パンケーキをナイフで一口大に切り、
「はい、三琴君、あーん」
 ……なんと、その一口大に切ったパンケーキを三琴君の口元へと持っていったぁああ!!
「え? しないとダメか?」
「一回やってみたかったんだー。折角だから、あーんしてくれると嬉しいな」
「……あーん」
 三琴君は、口を大きく開けて、菜音さんから差し出されたパンケーキを口へと運びます。
 三琴君、美味しいですか?
「美味しい」
 そりゃ、美味しいでしょうねぇ。なんたって、女の子からあーんさせて貰ったんですものね。何百倍も美味しいでしょうねぇ!!!
「夏水、何拗ねてるんだよ」
 別にぃ? 拗ねてませんし、二人が甘々な青春しているのだなんて、別に羨ましくもありませんし。
「……、羨ましいんだな」
「カーッ! 青春だねぇ。俺の昔の頃を思い出すじゃねぇか。でもよぉ、宇宙人にもし侵略されてでもしてみろ、こんな青春も出来なるかもしれないんだから、三琴、気ぃ引き締めて頑張るんだぞぉ」
「んー、あまりノリ気じゃないんだよなぁ……正直なところ」
 三琴君は、そう言ってカフェオレを啜ります。
「え、どういうことなの?」
「んー、入部したとはいえ、俺に宇宙人を倒せるような技術が備わっているとは思ってないし、それに……」
 それに?
「俺自身があの部で何が来るんだろうって、そう思うんだよねぇ。本心では」
 ため息をつく三琴君は何処か寂しげな顔をしていました。
「そんな事無い。三琴君の作るパンダとか可愛いもん。絶対、活躍出来るって!」
 菜音さんは、そんな三琴君を励まそうと、微笑みかけます。
「それが、最近までモデリング部の入部を断り続けていた理由か?」
「それも一部あるかなぁ。あと、面倒くさいっていうのもあったけど」
「ガッハッハ! こりゃ傑作だ」
 またもや、マスターは豪快に笑い出します。
 というか、三琴君がモデリング部から逃げ続けているの、ご存知なんですね。マスターさんは。
「コイツから何度も聞かされているからな。というか、何が出来るんだろうって? そんなの、入ってから見つけていけば良いじゃねぇか。少なくとも、部はお前の能力をかったから入部させたんだ。それくらいは誇りに思ってもいいんじゃないか?」
 確かに、マスターの言うとおりですよ、三琴君。これから、ソレを見つけていくのも大事だと思いますよ。
「そこにいる、ボウズも言ってるじゃねぇか。お前の物語は今始まったばっかりなんだ。シャッキリしろ。待ってろ、気合注入のラテアートを作ってやる」
 そう言って、マスターから三琴君へ差し出されたのは、パンダが『元気注入』と言っているラテアートでした。
 これにより、三琴君のテンションがうなぎ上りしたのは言うまでもありません。
「パンケーキ美味しかったね」
「そうだな」
 喫茶店から出て、菜音さんの自宅前に至るまで、そりゃ、甘々トークが展開された訳ですが、諸事情により割愛させて頂きます。
 説明したら、僕の胃が耐え切れないので。
 そんなこんなで、菜音さんを自宅前まで送ってあげる三琴君。
「今日はいきなりつき合わせちゃってゴメンね」
「いや、教室が違うからな。約束取りにくいもんな。また、用事があれば遠慮なく言えよ」
「うん、ありがと。あと、この間、助けてくれて本当にありがとうね。えっとね……」
 菜音さんはなにやらモジモジとしています。
「ん?どうした?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、また明日ね」
「おう。ゆっくり休めよ」
 二人は互いに手を振り、菜音さんは自宅へと帰っていきました。
 いやぁ、青春でしたねぇ。見ているこっちのほうが恥ずかしい気持ちになってしまいましたよ。
「嫌なら見なきゃいいのに」
 ダメですって、僕には全てを見て語る責務があるのですから。
「なんだそれ」
 僕とそんな他愛も無いやりとりをしつつ、三琴君も帰路へとつくのでした。
「突然だが、中間考査も近いことだし、今週末、合宿しようと思う」
 部活が始まって開口一番に亀山先生が言い放った一言に、部室中に衝撃が走ります。
 本当にいきなりのことで、部員達はぽかんと口を開いたままです。
「いや、本当にいきなり過ぎるでしょう。中間が近いなら、部活を無しにして家で勉強させてくださいよ」
 三琴君の冷静なツッコミに、部員達も頷きます。
「何を寝ぼけたことを言っているんだ、この部は政府の防衛機関でもあるんだぞ。簡単に休止にさせてたまるか。それに、テスト期間だから合宿をするんだよ」
 ニヤリと何やら企んでいる様子の先生。三琴君は“嫌な予感しかしない”と言いたげな様子です。
 一体、先生にどんな意図があるのでしょうか?
「いいかお前ら、どんなに必死こいてテスト勉強してもな……」
 先生は、息を大きく吸い込みます。
「襲来警報が鳴ったら、その日のテストは中止だからな! 一夜漬けしようと思っても無駄だからな!」
 先生の一言に、部員達にまた衝撃が走ります。落雷に打たれたかのように。
「そ、そうだった!!」
 そうなのです、いくらテスト勉強をしたとしても、襲来警報が鳴ってしまえば、避難しないとならず、その日のテストは中止になってしまいます。
 ちなみに、避難しているときに問題を持って行けば覚えられると考える方も、いらっしゃるかもしれませんが、受けていたテストの問題は作り直されるため、その日の問題用紙は覚えても無駄なのです。
「今のところ、地球へ襲来しようとしている宇宙人の存在は確認できていないが、いつ何時、攻めてくるかは分からないからな。そこで、モデリング部強化合宿兼、勉強会を開こうと思う。ちゃんと、学園の合宿場の許可も降りたしな」
 なんと!? この学園には合宿場まで併設されているのですか!!
「普段は運動部が大会前に使う、暑苦しい場所なんだけどねー」
「いいよね、筋肉と筋肉のぶつかり合い!」
 静流副部長の説明に割り込みで入ってくる、山菊先輩。なんか、先輩が言うと、全てが意味深に聞こえてしまうのは何故でしょうか。
 それにしても、そんなものまで用意されているとは、なんでもありですね、この学校。
「無駄に広い学校だからな。無いモノはATMくらいじゃないか? 小等部の時は、あまりにも広く感じて、冒険に行ったきり帰ってこない遭難者が絶えなかったな」
 三琴君は明日の方向を見ながら話します。もしかして、三琴君も迷子になったクチですか?
「違うし。俺は、捜索係っていう係活動で迷子になった奴を見つけにいく役割だったんだよ。今思えば、あの時は、平和だったなぁー。今じゃ、色々ありすぎて、目が廻るくらいだ」
 ちょっと呆れたような表情で笑う三琴君。
「目が廻るくらいちょうどいいよー、刺激的で」
「そうそう、しっげきてきぃ!」
 宮前兄妹は体をクネクネさせながら、三琴君に指差して笑います。
 宮前兄妹の場合の刺激的の意味は、劇物級というか猛毒だと思います。個人的に。触っても神経毒でやられてしまうくらいのキツイ奴。
 でも、まぁ、目が廻るくらいのハチャメチャの方が学園生活楽しいと思いますよ。そっちの方が僕の仕事が沢山ありますから!
「今すぐ夏水をこっちに引きずり込みたい気分になってきた」
 ダメですって。僕なんて、このお話には相応しくないんですから。
「毎回思ったけど、夏水ってさ……」
「はいはい、お前ら余計なお喋りはそこまでにしろー。ということで、持ってくるものは各自考えて持って来いよ。勉強会も兼ねているのだから、勉強道具も忘れんなよー。金曜日の放課後、合宿場へ集合だ。はい、ミーティング終わり!」
 先生はそう言って部室を出て行きました。
「さてと、パンダゾンビの試運転でもしようかなぁ。部長、何処かで試運転できるところありますか?」
 んーっと背伸びをする三琴君。昨日のアレ、試しちゃうんですか。
「それなら、司令室の奥に性能テスト室があるから使うといいよ。コントローラーもその部屋においてある奴を使ってねー」
「はーい」
 部長さんは、何やら山ほどの紙の束を整理しながら答えます。しかしながら、結構量が半端ないですねぇ。モデリング部関連の奴ですか?
「いや、今度個展を開くんだけど、ソレに出すモノを選んでいるんだよ」
 部長はまたもや、コチラには目を合わさず、紙の束と睨めっこしながら答えます。
 あの美少女フィギュア達の個展を開くんですか!? それは、ニッチなファンが沢山来そうですねぇ。是非、その時は実況をさせてください。
「いいけど、山吹君放っておいていいの? 彼、テスト室へもう向かっちゃったけど?」
 部長が指差す方向を見ると、三琴君が居ない!?
 もう、三琴君ったら、すぐに僕を置いていってしまうんだから。僕は寂しいと死んでしまう繊細な人なんですよ!
「聡っち、兎さんなの!?」
「ウサギウサギ!!」
 おっと、宮前兄妹が興味を示し始めましたね、厄介な絡み方される前に、僕はテスト室へと向かいます。
「コレでいいかな?」
 性能テスト室。三琴君は中央に昨日出来たゾンビパンダを5体ほど置き、コントローラーを耳付近へ装着します。すると、パンダゾンビが気だるそうにムクリと動きます。
 それと同時に、天井から何やらファンシーな宇宙人らしきクッションが降って、中央に着地します。
 どうやら、この“くんにゃり”としたクッションがターゲットみたいですね。
「夏水、Zパンダの恐ろしさを心に刻むがいい」
 そういう三琴君の目の色は完全にダークサイドに落ちたような人です。要するに、怖いということです。
 あー、また変なスイッチ入っちゃいましたねぇ。コレじゃ、三琴君が悪者っぽく見えてしまいますね。
 パンダゾンビは中央のターゲットに向かって飛び掛り、唸り声を出しながら、クッションに噛み付き、引きちぎります。
「アーハッハッハ! 喰らえ喰らえ! 残らず喰らいつくせ!」
 高笑いをする三琴君がラスボスにしか見えないのは僕の気のせいでしょうか?
 パンダゾンビに襲われたターゲットは、見事なまでにボロボロになってしまっていました。このパンダ達がもし、人間に襲い掛かるとなると、想像するだけでゾッとします。
「なかなか、複数操作をするのは脳みそを使うな」
 一段落終わって、正気に戻った三琴君がコントローラーを外します。
「正気に戻ったとはなんだ、俺は元から正気だぞ」
 三琴君のその言葉が僕にとって、一番の衝撃だったかもしれません。
 モデリング部の合宿当日の特Sクラス。意気揚々と入ってきた渉少年の目に留まったものは、机の横に、人が一人くらい入りそうな大きな鞄が置いてある三琴君の姿でした。
「おはよー、みこちゃん! って、何その大荷物!」
 ビックリする渉少年をちらりと見る三琴君。その次に大きなため息をつきます。
「渉。昨日説明したよな? 明日はモデリング部の合宿があるって」
「あれ? そうだっけ?」
 どうやら、昨日、三琴君は渉少年に合宿について説明をした模様。
 しかし、渉少年はそのことをすっかり忘れてしまっているみたいですね。
 再び、三琴君の重いため息が教室中に木霊します。
「それは置いておいて、いやぁ、正義の味方は休み無しだねー。テスト勉強もする暇がないみたいだし。知らないぞぉ、テストの点数が悪くて特Sクラスから追い出されても」
 渉少年は三琴君にニヤニヤと笑います。
 ご説明しましょう。特Sクラスはとにかく秀でた生徒が集まる特殊クラス。テストや授業態度が著しく悪い生徒は、問答無用で一般クラスに降格させられるのです。
 三琴君の場合、モデリング部に所属しているので、授業態度は免除されるとして、テストの点数が最悪だった場合、一般クラスへの降格もありえるのであります。
「俺は別に一般クラスへ降格しても大丈夫だけど、渉はいいのか? 勉強をみてくれる奴が居なくなるんだぞ」
 先ほどの反撃で、三琴君がニヤニヤし始めると、渉少年は事の重大さに気づいたらしく、段々と顔が青ざめていきます。
「あ、やっぱ、ダメ。みこちゃん居ないと、俺の宿題の危機が」
「俺に頼らずに宿題頑張れよ」
『ゴンッ!』
 三琴君のチョップを頭に直撃した渉少年は、頭を抑えて悶絶していました。
 勢い良くチョップしましたねぇ。ゴンって音が本当に聞こえるってことは結構な加速が加わっていますよ。
 先ほどの攻撃を食らった、渉少年の頭が心配です。
「大丈夫だ、これ以上悪くなることはないだろうから」
「何気に酷くないっ! あ、そんな事言っている場合じゃなかった。みこちゃん、否、三琴様。一つ、折り入ってお願いがあるのですが」
 渉少年は恭しく、三琴君にまるで悪徳商法のセールスマンかのような笑みを振りまきます。
「昨日の漢文の宿題なら見せないぞ」
 渉少年の目的は三琴君にはバレバレだったわけで、すっぱりと断ります。
「えっ。そんなぁ、お願いだよぉ、どうしても分からなかった一問だけでいいんで……」
「この間、俺を放置して先に逃げた罰だ」
 渉少年は鞄から漢文のワークドリルを取り出して、ページを開いて三琴君に見せます。
 それでも、頑なに三琴君は断ります。
 開かれたページには一問だけ、空欄で何も書かれていない、漢詩の白文が載っていました。
 これは……、漢詩の白文を書き下し文に直す問題ですかね?
「おぉ! 夏水君分かるの!」
 渉少年はそう言って、僕に問題のワークを見せてくれました。
 んー、上から三番目にレ点を打って、五と八番目に一二点、下から二番目にレ点で、恐らく意味が通じるんじゃないかと思いますが。
「どれどれ……、あ、ホントだ! 夏水君凄いや!」
 いやぁ、それほどでも無いんですけども。褒められると、なんだかくすぐったいですねぇ。たまたま得意科目だけだっただけですから。
「夏水、お前、勉強出来たのか」
 三琴君が驚いた顔で僕を見ます。
 僕は、語り部の中の語り部なので、そこらへんの勤勉は怠らないのですよ。
「語り部の中の語り部ってなんだよ。つまり、勉強は好きなんだな」
 はい、勉強と読書は大好きですよー。そのせいか……、
「そのせいか、どうしたんだ?」
 突如会話を止めた僕を三琴君が不思議そうに見ます。
 いや、ちょっと嫌なことを思い出しちゃったので、この話は止めましょう。
「まさか、イジメられていたとか!?」
 渉少年は心配そうに僕を見てきます。
 いいえ、そんなんじゃないんですよ。ちょっとしたトラウマが……。なので、気にしないで下さい、大丈夫です。
 さて、時間はびゅーんと飛び、放課後。三琴君は学園の南側に位置する合宿場へ着きました。
 合宿場の外観はまるで、海や山にある自然の家みたいな感じですねぇ。運動部の合宿で使う、トレーニング室も完備されているそうです。三琴君、鍛えていきますか!
「鍛えない。俺はこのままの体でいいんだよ。ジャイアントパンダと格闘するっていう場面に出くわしたら鍛えるかもしれないが」
 その状況が訪れることは恐らく無いでしょう。断言します、来ません。
「さてと、とりあえずは、部屋に鞄を置いてくるか。場所は……」
 モデリング部男子は、二階にある大広間で雑魚寝らしいですよー。女子は二人部屋みたいですけど。
「男女の格差大きすぎやしないか?」
 三琴君が不満に思うのは最もですが、モデリング部は女子より男子の方が圧倒的に多いですからねぇ。致し方ありません。三琴君が女子に囲まれて寝たいっていうのでしたら、僕は止めませんけど?
「ばっ、そんな事、するわけないだろ! 雑魚寝で我慢するとするか」
 三琴君はやれやれと言いつつ、合宿場へと入っていきました。
 合宿場の中にある、研修室。
 ここで今から勉強会が行われているのですが、宮前兄妹と三年生トリオは、仲良く茶菓子を摘みながら談笑をしている様子。
 あのー、テスト勉強は一体どうしたんですかぁ?
「そんなの一夜漬けで何とかなるし」
「なるなる!」
 とクッキーを頬張る宮前兄妹。
「三年になると美術科は提出点で評価だからねぇ、三人とも、前期分の課題は既に提出済みさ」
「イエーイ」
 部長が律儀に説明してくれると、横で山菊先輩はチョコレートを食べながらピースサイン。
 この五人は、ハイスペックの持ち主か何かですかねぇ?
 元々、モデリング部はハイスペック集団で結成されてはいるのですが。一部を除いて。
「うぅ、桔梗に負けないようにしないといけないのに、分からぬ……」
 あ、その一部である塩原君は何やら唸りながらテスト勉強をしている様子ですね。ほうほう、見る限り、物理の問題ですね。
「重力も考えろとかなんだよ、重力なくなれよ」
「うるさいなぁ、勉強に集中できないんですけど?」
 塩原君が泣きながら計算式を解いている横で、三琴君は英語の問題集を解いているみたいですね。
「先輩、ココとココの奴を利用して、この公式に当てはめると、解けますよ」
 なんと、三琴君が上級生の勉強も教えている! 立場が逆転だぁ!
「あ! 解けた、ありがとう後輩。俺、後輩に一生ついていく」
「いえ、そういうのは迷惑なんで、嫌です」
 おーっと、塩原君の“ついていく”発言をばっさり断ったー! これが、三琴君のドライさなのかー!
「ドライドライ」
「こわいこわい」
 クッキーをボリボリとさらに貪る宮前兄妹。食べながら喋ると、口の中のものが飛び散って汚いですよー。
「夏水、ここの問題、分かるか?」
 三琴君は僕に英語のワークを突き出します。そこには、びっしり英文が書かれており、眺めているだけで目がチカチカしそうですね。
 ん? 三つ目の文節の始め、表記ミスというか誤字じゃないですかね? コレの文章だけじゃ、意味が通じませんよ。
「やっぱりか。ありがとう、夏水」
 いえいえ、どういたしまして。というか、ナチュラルに三琴君も僕に勉強を訊ねてきたことが驚きなんですが。
 そんな僕を余所に、三琴君は僕の指摘した箇所に赤ペンで線を引いて、何やら書き加えているようです。
「うっし、これで勉強おーわり」
 三琴君はいそいそと勉強道具を鞄にしまいます。
「それでは、先輩。頑張ってくださいねー」
 まだ勉強が終わらない塩原君に向かって、ヒラヒラと手を振ります。
「そんなっ! 教えてくれないのか」
「あとは自力で頑張ってくださいね」
 そう言って三琴君はハイスペック5人組の輪の中に入って、一緒に談笑を始めました。
 一人残された塩原君は……、途方にくれているようですね。そっとしておきましょう。
 その部屋には、疲れきって倒れていた兵どもが居た。
 先ほどまであんなにはしゃいでいた彼らがどうしてこんなに疲れきっているのか、
 まさか、襲来者がやって来たのだろうか……。
「いやいや、十中八九、夏水の変な思いつきのせいだろ!」
 兵の一人、三琴君が肩で息をしながら僕に言いますが、そうでしたっけ?
 果たして、真実とは。さぁ、時計を三十分ほど巻き戻してみましょうか?
 さぁ! 全国、一億……そんぐらい人のモデリング部ファンの皆さん、大変お待たせいたしましたぁー!
 モデリング部、一番戦術に優れている男子は一体誰だっ! 茶山陣学園杯、第一回まくら投げ大会を開催したいと思います! わー、パチパチー。
「なんだこの茶番」
 おっと、茶山陣学園指定ジャージ姿の三琴君が何か言いたげですが、放っておきましょう。大会進行兼実況はもちろん、もでりんぐ!!語り部担当の夏水聡がお送りしますー!
 解説は、モデリング部女性陣である、山菊先輩と宮前妹のお二方です。
「どうもー」
「よっろしくー!」
 さてさて、ルール説明ですが、この大会は個人戦で行われる、単純に唯の枕投げです。
 しかぁしぃ! 単に枕を投げても面白くありません。ここは、侵略してこようとする宇宙人を食い止めるというモデリング部の役割に則って、枕投げの戦術が一番上手い人を優勝とするという画期的な企画なのです。
 皆さん、精々、己の考えうる戦術を編み出してくださいねぇー。
「夏水のやつ、急に上から目線になってきたなぁ……」
 こういう機会は滅多に無いですからね! バシバシ注文つけちゃいますよ。
「語り部君の心に焚き付けちゃったみたいだねぇ、でも、これも部活の一環だと思えばやらなくちゃねぇ。海斗、負けないからね」
「学問ではカズ君に敵わないけど、それ以外なら競ってもいいかな?」
 さぁさぁ、部長、副部長がお互いに見つめあっている! 山菊先輩、いかがですか?
「いい……、非常にいいですね。男の熱い友情。レベル高いですよー」
 山菊先輩の太鼓判をもらったことですし、早速試合と参りましょうか。
 時間は今から三十分間。かっこよく戦術を繰り出した人の勝ちとなります。
「その審査は誰がするんだよ」
 三琴君、良くぞ聞いてくれました! 審査は、僕と解説二人の独断と偏見で決めようと思っています。
「偏見と言っている時点で出来レースじゃねぇか!」
 三琴君の言うとおり。そうですね、少なくとも、塩原君の勝ちはまずないでしょうねぇ。なんたって、味方が居ませんから!
「俺、始めから不戦敗かよ、ふざけんな!」
 塩原君は他の人が勝たないように、お邪魔虫的な役割をしてくださって構いませんよ。それか、宇宙人の役とか。
 後者は思いっきりフルボッコにされかねないので、お気をつけ下さい。
 さぁて、それでは、張り切って参りましょう! 己の技術をかけた、枕投げの開・幕です!
「こういう時は先制攻撃が有利なんだよー」
「へぶしっ!」
 宮前兄のまるで打ち込むような枕が塩原君の顔面に直撃! あまりの枕の勢いに、塩原君はそのまま倒れこんでしまったー!
「おのれ、桔梗めっ! 許すまじ!」
 復讐心に燃えた塩原君は、枕を手に取り、宮前兄に向かって枕を投げ返しますが、おおっと!? コントロールが狂ったかぁ! 投げられた枕は三琴君の方向へと向かっていく。
 三琴君は、一体どういった技を見せてくれるのか!
「フッ、そんなヘロヘロな攻撃じゃ、俺には勝てないへぶっ」
 塩原君から投げられた枕を一回転しながらキャッチしたと思いきや、なんと、宮前兄からの第二派が待っていたー!
 その攻撃をまぁ見事にくらった三琴君は、先ほどの塩原君と同じ様に倒れこんでしまったぞぉ。
「フフフ、敵の攻撃は一度限りではないんだぞー。覚えておいてくれたまえー」
 ムカつくくらい、天狗になっている宮前兄の攻撃を食い止める人間は居ないのかー!
「止められるかどうか分からないけど、そろそろ先輩の威厳をみせないとダメかなぁ?」
 楓原部長はポンポンと枕を叩きながら、宮前兄と対峙します。
「先輩と言っても容赦はしませんよぉ。パシリ部長」
「んー、その称号は亀山先生の前だけにしたいんだけどなぁー」
 宮前兄の精神攻撃に、部長はタジタジだぁー!
「精神攻撃は基本でしょ!」
「そんな事言ってもいいのかなぁ?」
 楓原部長の不敵な笑みに何かを察知した宮前兄。いきなり背後を振り返った!
「遅いよ」
 いつの間にか、宮前兄の背後には静流副部長が枕を持って立っていたー。
「えいっ!」
 静流副部長は、枕を宮前兄にぐいっと押し付けます。宮前兄は『ふぐっ』と息苦しそうな声を発します。
「海斗、あまり強くしちゃうと、桔梗君が息出来なくなっちゃう」
「お兄ちゃん、まだまだだなぁー」
 ジタバタする宮前兄を見てオロオロしてる部長。その様子を見て、やれやれと呆れている宮前妹。一方の山菊先輩は……、
 あれ? 山菊先輩が先ほどから静かなんですけど……、ん?
 なんと、鼻血を出して先輩が気絶している! もしかして、先輩の脳内のキャパをオーバーしてしまったのか!
「朕は幸せナリ」
 一人称までおかしくなったぞー! 大変だ、衛生兵! 衛生兵!
「衛生兵なんて居るわけないだろ! これでも、食らえ!」
 三琴君はツッコミの意味で、僕に枕を投げつけてきます。
 しかし、僕に枕の攻撃が届くわけありませーん。
 お忘れですか? 僕には攻撃が効かないんですよー。通称、語り部ガードです。
「ドヤ顔でいう事か!」
 ドヤ顔でいう事ですよ。もちろん。ニヤニヤ。
 僕に呆れ果てた三琴君は、塩原君へ枕を使って往復ビンタを始めた。もしかして、これは……、八つ当たりだぁああ!
「なんで、俺で八つ当たりするんだよ!」
「ムカついているに決まってんだろ!」
 三琴君は一応先輩にあたる塩原君に向かって容赦ないタメ口。あー、これは、よっぽどムカついていますね。
 いやぁ、枕投げ白熱してきましたね。只今、開始してから15分経過していますが、各々が戦術を駆使して戦っていて面白いですねぇー。
 でも、少しばかり暴れすぎですかねぇ? このまま暴れ続けてたら……、
 そんな事を僕が考えていると、いきなり大広間の襖が開けられました。
 現れたのは、亀山先生。しかし、何やら目がいつに無く怖いですねぇ。
「お前ら……」
 襖を今にも破壊しそうなくらい強く握り締めて、先生は息を大きく吸います。
「ちょっとは大人しくしろーーーーー!」
 先生の怒鳴り声はまるで学園中に響き渡るかの様な通りの良い声でした。
 全員、亀山先生に十分ほど説教をくらって今に至るのであります。
 いやぁ、でも、枕投げ楽しかったですねぇ。僕、久々に大興奮しましたよ。
「無駄に汗をかいただけだ、あー、汗を洗い流してこよ」
 気だるそうに起きた三琴君は、合宿場の浴場へと歩いていきました。
 僕は、三琴君が浴場へ行っている間、他の皆さんのことでも実況しようかと思いましたが、特に何も起こらない様子でしたので、星空でも眺めようかと、外へ出ました。
 時刻は夜の九時。さすがに学園内に残っている生徒の影は僕ら以外には無く、静寂の中に僕の声と遠くで響く自動車のエンジン音だけが学園に木霊します。
 上を見上げると、目を奪われるほどの満天の星空が映ります。学園内はそんなに過度な証明をしていないからでしょうか。小さい星も良く見えますね。
「何、空なんて眺めているんだ?」
 僕がビクッとして、隣を見ると、そこには風呂上りで体から少々湯気が立っている三琴君の姿が。
 いきなり出てきてビックリしたじゃないですか。いつから居たんですか?
「満天の星空がどーのこーのっていう辺りから。浴場帰りに夏水の姿をみかけたから来てみた訳なのだが。何してんだ」
 ちょっとした暇つぶしに星座でもみようかなぁと思いまして。三琴君が部屋に戻るのであれば、今すぐ戻って、語り部を再開しますけど?
「いや、今戻っても特に変わったことは起こらないと思うぞ。それに、夏水もたまには俺達の語り部なんてせずに、自分の時間を持ってもいいんじゃないか? その方が、煩く無くていいし」
 三琴君、それは褒めているのか貶しているのか分からない言い方ですね。
「良い方に捉えた方がいいと思うぞ」
 では、良い方に捉えておきますが、僕は語り部が使命ですからねぇ。そう簡単に仕事を投げるっていうことは出来ないのですよ。皆さんの邪魔にならないように、そっと寄り添う、それが僕の役割だと自負しています。
「寄り添うというよりは、結構前に出ているような気がするけどな」
 ……ガーン。
「あ、自分ではそういう意識なかったんだな」
 すいません。僕自身はそんな意識全くなかった訳で、あー! どうしましょうか。皆さんに迷惑をかけているようでしたら、ここで、切腹するしかないです!
「切腹しないでいいから。迷惑なんてしてないぞ」
 僕が正座して切腹の準備を始めると、三琴君は急いで引き止めます。
 迷惑してないという話、本当ですか?
「夏水が居なかったら、学園生活そのものが淡々としていただろうし、感謝してるよ」
 三琴君の突然の言葉に、僕は不意に涙が溢れてきました。ポロポロと流れ出す涙を僕は止めることが出来ません。
「うわっ、夏水、何でいきなり泣いているんだよ」
 ううっ、三琴君は……卑怯です……、ぼぐがそういう言葉によわいってしっでいるですよ。ぐすっ。
「いいから、泣くな」
 ぐすっ……。ズズーッ。
「あ、見ろ、夏水、流れ星だ」
 突然、三琴君が空を指差し、叫びます。
 僕もつられて夜空を眺めると、丁度、春の大三角形の付近に星が流れました。
 本当だ、流れ星ですね。あれは、彗星の塵のタイプですかね、もしくは、スペースデブリが燃え尽きたのかもしれません。
「夢の無いことを言うなよ。願い事とか言えなくなるじゃないか」
 三琴君は困り顔で僕を見ます。両手は組んであって、どうやら願い事をしていたようですね。ファンシーですね、流れ星に願いを託すだなんて。
「うるせぇ。夏水も神頼みすることぐらいあるだろ」
 三琴君はそういって赤面。
 神頼みですか、そりゃ、叶えたい願い事の一つや二つありますよ。でもそれは、神頼みじゃ叶えられないシロモノだって気づいちゃったんです。だから、願う事も諦めました。
「結構、そこらへんはサバサバしているんだな、お前」
 あ、でも、三琴君のお願いはきっと叶うって、僕、信じていますよ。きっと、パンダ関連でしょうし。
「いつか、俺、パンダ幼稚園へ入園したいんだ」
 ……前言撤回です。その願い事はたとえ神様でも難しいかもしれません。
 それにしても、今はとても平和ですね。
「そんなにポンポン攻めてこられても困るだろ」
 アハ、確かに。バンバン攻めてこられたら大変ですし、三琴君も倒れてしまいますね。
「クラップス星人も攻めてくるっていうし、これからは気を引き締めていかないといけないんだろうなぁ」
 三琴君は体操着のポケットに手を突っ込み、空を見上げます。
「……宇宙にはどれだけ生命体がいて、どのくらいがこの地球を狙っているんだろうなぁ」
 なんだか哲学的な質問ですね。僕らが知らないだけで、もう数えるのも億劫な位の生命体がいると思いますよ。その中で高度な文明を持っている生命体が、地球を狙っちゃうことも大いにありえると思いますよ。
「きっと、戦いは終わらないんだろうなぁ……」
 そうですねぇ。何か打開策を打ち出さない限りは終わらないのでしょうねぇ……。
「打開策見つかるといいな」
 ですね。でも、三琴君。
「なんだ?」
 そんなことより、学生である三琴君は、目の前のテストを片付けないといけませんね。
「……急に、話題が身近なものになったな」

#創作大賞2023

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