もでりんぐ!! 五話

 さぁさぁ、学生の重大イベントである、テスト期間が始まりましたよー!
 皆さん、各々の頭脳を再結集させて頑張ってください!
 いえーい! テスト万歳!
「朝からテンション高いな」
 お、三琴君、おはようございます。今日から衣替え期間ですか? ブレザーから学園指定のニットカーディガンに変わっているみたいですが。水色と紺色のコントラストが綺麗ですねー。
 テンションが高いと仰っていましたが、そりゃ、テストですよ。皆さんがうんうんと唸っている姿を実況するのが楽しみで楽しみで。
「言っておくが、テスト中に喋ると、みんなの反感を買うぞ」
 三琴君の言葉に僕の全身に電気が走ります。
 そ、そうだったー!
「いや、普通に考えれば分かることだろ」
 確かに。嗚呼、僕は語り部の使命を全うしようとする余り、世間の常識まで疎かになってしまったというのか!
 三琴君、僕は、僕は、一体どうすればいいのでしょうか!
「普通に黙っていればいいんじゃないか?」
 つまり、僕に死ねというわけですか。
「どうしてそうなる」
 僕が喋らなくなる、それは語り部が必要ないって言うことじゃないですか。つまり、僕は、仕事を干されてしまい、最終的に、あの輝かしかった思い出に包まれて餓死してしまうということですよ!
「だーかーら、話が飛躍し過ぎだ。何処か別室でモニタリング実況すればいいんじゃないか?」
 三琴君……。君っていう人は、
「あ、ゴメン。変なことを言ったなら謝る」
 グッドアイディアじゃないですか! なんですか、三琴君は天才なんですか。別室でモニタリング実況だなんて、誰にも反感を買われないから素敵じゃないですか!
 もう、アイディアの師匠と呼ばせてください! 三琴師匠!
「それはなんか嫌だ」
 えー、ノリが悪いですねぇ。こういう時は、素直にノッておけば幸せになりますよ。
「そんな幸せの掴み方はやりたくない」
 ちぇっ。
『テストなんてダルイよなぁ』
『そうだよなぁ。こういう日こそ、襲来警報鳴って欲しいよな』
『だよな。そしたら、今日のテスト潰れるし』
『それな。しかも、俺達はシェルターでぬくぬくとしておけばいいんだし』
『俺、今から、警報が鳴るように祈っておこうかなぁ? 宇宙人様~ってね』
『あ、俺も』
 おやぁ? 僕達の近くを歩いている男子高校生が、何やら穏便じゃない話をしているみたいですねぇ。
 そこの方。もし、警報が鳴ったら、夏休みが下手すると少なくなるのかもしれないのですよー。そこに気づいてください。
「放っておけ。あんなことを言う奴に何を言っても無駄だよ」
 でも、三琴君。彼らが言っていることは、ちょっと僕でもカチンをきますよ。
「注意しても後々面倒だから、放置だ放置。それに、あーいう奴らこそ、襲撃されたときに泣きを見るって相場が決まっているのだよ」
 三琴君は、自信たっぷりのドヤ顔で弁説します。
 あー、なるほど。三琴君はそこら辺の事情にも詳しいのですね。勉強になります。だから、師匠と……、
「呼ぶなよ、絶対に」
 まだ引っかかりませんか、ぐぬぬ。どうしたら、三琴君をその気にさせることが出来るのでしょうか?
 パンダグッズをあげたら簡単に釣られそうな気もしますが。
「……それは否定しない」
 あはは、そこは否定して欲しかったですねぇー。
 そんなことより、今日からテストですけど、手ごたえのほどは如何ですか?
「こういうものって、日頃の成果を発揮すればいいんじゃないか?」
 三琴君、気づいてないかもしれませんが、その発言は秀才しか言ってはいけない台詞なのですよ。普通の人は決して口にはしません。
「あー、だから、渉のやつも、テスト毎に泣きながら俺のことをポカポカ殴っていたのか。馬鹿馬鹿言いながら……」
 こんなハイスペック人間に言われたら、そりゃ渉少年も泣いてしまうでしょうねぇ。僕も多分聞かされたら泣いてしまうでしょう、絶対。
「いやいや、夏水は普通じゃないだろ?」
 え? 僕は何処からどうみても普通じゃないですか。何処が普通じゃないというんですか。
「その、あれだ。普通を装う必死さが普通じゃない」
 ガーン。僕が必死に普通だということを説明しているというのに、ソレが逆に仇となっていただなんて! 不覚です。
 でも、普通な人なんですよ。
「怪しいなぁ……」
 ううっ、三琴君から刺さる疑惑の視線が痛いです。
 まぁまぁ、僕のことなんてお気になさらず、宇宙人に襲来されない内に、テストを乗り切ってくださいね。
「そうだなぁー……ん?」
 そろそろ校門にたどり着きそうなその時、三琴君は校門の方をじっと見ます。
 まさか、また、亀山先生が仁王立ちしていますか?
「いや、アレを見ろ」
 ん? どれのことを言っていますか?
 僕がキョロキョロを見回しますが、三琴君がどのことを言っているのか、わかりません。
「アレだ、アレ」
 三琴君は校門の入り口辺りを指差します。
 その箇所だけ、何故か背景が虫眼鏡で見たかのように、ぼやけているではありませんか! まるで、何かが擬態や光学迷彩で隠れているかのようですね。
 三琴君、アレは……、
「あぁ、今日のテストは中止かもしれないな。とりあえず、見知らぬフリをして校門に入るぞ」
 はい、そうしましょう。
 僕達は空間が歪んで揺れる物体を見て見ぬフリをして、校舎へと入り、急いで、亀山先生のもとへと報告しに行くのでありました。
「山吹、それは本当か?」
 職員室。亀山先生に校門にいた謎の生物について三琴君が説明します。
「はい、この眼でちゃんと見ました。なぁ、夏水」
 はい。僕もその場所だけ背景が歪んでいるような物体を見ました。結構、範囲広かったですよ?
「襲来予測は出ていないんだが、警戒用の人工衛星も気づかないような特殊な何かで来たのだろうか……。しかし、そうなると、テストを中止して、学生を避難させないといけなくなる」
 ええっ。テスト中止ですか! それは困ります。僕が折角別室でモニタリング実況しようと思っていたのに。
「いや、テストは続行させましょう」
 ここで、三琴君が先生に意見を言いました。
「続行させる? どういうことだ?」
「校門にいた奴らは、わざわざ姿を見えなくしていた。つまり、自分達が完全に姿を隠していると思っている。それなのに、テストを中止にして、生徒を避難なんてさせたら、相手に姿が気づかれたということを察知され、攻撃を開始される可能性があるんじゃないかと思うんです」
 さらに、三琴君は話を続けます。
「そこで、テストはいつも通り行って、相手方に俺達が全く気づいてないように装うんです。相手の出方を伺いましょう。もし、奇襲目的なら、警報を鳴らせばいいんですよ。夏水が」
 あー、はいはい、なるほど……って、僕がサイレン鳴らす役なんですか!?
「当たり前だろ。別室でモニタリングするということは、どうせモデリング部の司令室から行うつもりだったんだろ? あそこには、全教室に設置してある監視カメラの映像が見れるし、実況しながら、奴らの動向を見張れば、語り部の仕事、増えるぞ」
 え、三琴君。今、なんと仰いましたか!
「語り部の仕事、増えるぞ」
 そう仰っていただけるのなら、やりますとも、サイレンの一つや二つ、押すのなんて、お安い御用ですよ!
「いや、サイレンを鳴らすのは何かあった時の最終手段だからな。いいか、それ以外は絶対に押すなよ?」
 何やら、三琴君が芸人みたいなことを言っていますね。押すなって言われたら押せって先生に習ったんですが、
「どんな授業でだよ。とにかく、最終手段だからな」
 はい、分かりました。
「ということで、先生。このままテストは続行ということで、お願いします」
「あぁ、いいだろう。周りの先生たちにも極秘で伝えておく。あと、モデリング部のメンバーにも、一応準備だけはしておくように伝えておくよ」
「先生、ありがとうございます。これで、俺の夏休みの日数は守られたも同然です」
 三琴君。実は夏休みの日数、結構気にしていたんですね。
「当たり前だろ。夏休みが減らされたら、泣くぞ」
 さてさて、謎の物体の動向を伺いつつ、テストが始まりました。
 僕は現在、モデリング部の司令室から、テスト風景をモニタリングしております。
 そんな僕の手元には、三琴君のテストの日程表と、一日目のテスト問題が勢ぞろいしております。
 え? どうやって入手したかって?
 フフフ、大人の事情って奴ですよ。実況する為にも必要ですし、
 一限目は世界史みたいですねぇー。テスト範囲はルネサンス期の西洋史ですか、ここら辺はテストに出てくる人物が山ほどいるので、なかなか覚えるのが大変じゃないのでしょうかねぇ? 問題用紙を見ていますが、人物当ての問題結構ありますねぇ。この人、一体誰だ?っていう人もちらほら……。
 あぁ、謎の物体の動向も伺わないといけないのに、テストの実況なんてしていたら、僕の二つの目じゃ、とてもじゃないけど、追えません。
 こんな時に、眼が四つぐらいに増殖しないかなぁと考えますけど、なんだか想像したら気持ち悪い生き物になってしまいますね。
「おやおや、お困りのようだね?」
 おっ、その声は、
 司令室の入り口に立っていたのは、静流副部長でした。
 副部長さん、こんな僕に助け舟を出していただけるのですか! なんと、お優しい。
「やっほー、語り部君が困っているって聞いて」
 副部長の背後から、山菊先輩も出てきました。
 おー、二人で手伝ってくれるとはなんとも心強いです。
 ところで、お二人さん。テストはどうしたんですか?
「前にも言ったけど、三年生の美術科学生は課題だけだから、テストは参加自由なんだよ。本当は三年全員で手伝おうかと思ったんだけど、カズ君はいろいろと忙しいから、僕達二人だけだけど」
 二人でも大変嬉しいです。ありがとうございます。
 とりあえず、僕はテスト実況をしつつ、真ん中のモニター群の監視をするので、お二人さんは左右のモニター群の監視をお願いします。
「それでも、結構見る箇所あるねぇ」
 そうなんですよねぇ……。全部で四十八台もモニターありますから、目もどんどん疲れてきちゃいます。
「そうだよねぇー。あ、ウミくん、ウミくん。例のヤツを使えばいいんじゃない?」
 山菊先輩は副部長さんに耳打ちをします。
「あー、アレを使えば楽だね。ちょっと頭は疲れちゃうけど。ちょっと待ってて」
 そう言って、副部長さんはモデリング部の作業室へと入っていきました。
 数分後、副部長が持ってきたものは、とんでもないものでした。
「おまたせー」
 数分後、副部長が作業室から出てきました。
 副部長の周りには、何やらフヨフヨと浮遊している十センチほどの物体達が。目測する限り、五十匹近くいますね。
 蝶のようなキレイな羽を携えているようですが、虫ですか?
「僕の作ったクレポンの妖精さんだよ。可愛いでしょ?」
 副部長はそう言ってニッコリと笑いました。
 そういえば、部長さんは美少女の造形が得意で、副部長さんはファンタジーに出てくるような幻想生物の造形が得意でしたね。
 本当に、ファンタジーの世界から飛び出てきたような妖精さんばかりで、目を奪われそうな感覚にとらわれてしまいますね。
「物理的に目玉奪われちゃうかもよぉ? この子達、敵の前じゃ容赦しないから」
 山菊先輩はそう言って、ニシシと笑いました。さらりと怖いことを言わないで下さいよ。怖くなってきたじゃないですか。
「ウフフ」
 その妖精さんは一体どう使うんですか? クレポンはいくら万能とはいえ、クレポン自体の視覚機能は備わっていないはずでは?
「ソレについては、この子達の背中を見てみてよ」
 ん? 背中ですか?
 副部長に言われて、妖精さん達の背中を見ます。すると、背中には、虹色に輝く爬虫類が妖精さんの背中にすっぽり隠れるように潜んでいて、ギロリと僕の顔を見ます。
 怖っ。なんですか、この生き物。
「宇宙トカゲモドキという地球外襲来種だよ。地球でいうカメレオンみたいなやつで、皮膚の色が変わるんだよ。この間、戦闘中に卵を見つけて、試しに孵してみたら、結構増えちゃって」
「一説には、宇宙トカゲモドキを一匹でも見つけたら、その周囲に三十匹ほどいると思えとかいうらしいねぇ」
 よりにもよって、何故家庭内害虫扱いなんですか、その爬虫類。というか、卵がある時点で、地球は既に宇宙トカゲモドキに征服されているのと同じなんじゃ……。
「そこらへんは大丈夫。こいつらの食料はちょっと特殊で、地球上にはないものだから、もし、野生で孵っても、餓死しちゃうから増えないんだー。僕は、特殊ルートから頼んで食料を調達して貰っているけどね。見る? 馬の顔をした芋虫」
 そう言って、真っ白の保存容器を開けようとする副部長さん。
 なんですか、想像しただけでも悪寒しかしない生き物は、いや、いいです。遠慮します。実況するまえに失神しそうなので。
 コホン。話は戻しますが、そのトカゲを背中に背負った妖精さんで、一体どのように監視をするんですか?
 副部長は僕の話を聞くと、妖精さんたちを各種モニターの前に配備させました。
「この宇宙トカゲモドキは特殊能力があって、光学迷彩などで隠れている宇宙人を見つけることが出来るんだ。見つけると、皮膚の色が虹色から赤色の警告色に変わるんだよ。見てごらん」
 副部長は、校庭の南側が映し出されたモニターを指差します。そのモニターのまわりを飛んでいる妖精さんの背中が恐ろしいくらい真っ赤になっているではありませんか!
 なるほど、妖精さんの背中を見て判断することで、僕達の監視の負担を減らそうとする作戦ですね。
「そういうこと。でも、結構沢山のクレポンを操作しているから、結構頭使うのが難点なんだけどね。僕と紗蓮ちゃんで分担したとしても二十匹以上も操作しなきゃだし」
 あ、確かに、大量のクレポンを操縦させるのは脳みそ使うみたいですね。三琴君が前にゾンビパンダを大量に動かしていたときに発覚しましたが。
 僕もお手伝いしたいのは山々なんですが、物語への過度な干渉は制約されていまして、お力になれないです。
「結構干渉してる気がするけどぉ?」
 うっ。それを言われると痛いので、ツッコまないでください。
「なんとか、僕達二人で操縦は大丈夫だよ。だから、語り部君は、時折、監視カメラの切り替えをして、妖精の背中をみてくれると嬉しいな。それなら、山吹君のテスト実況にも集中出来るでしょ?」
 おぉ、なんという有難いお言葉。僕がテスト実況に勤しめるように配慮して頂けるなんて、感謝感激ですよ。
 そういえば、三琴君のテストのことをすっかり忘れていましたね。今の三琴君はどんな様子なんでしょうか。
 現在、テスト終了まで残り十分。三琴君はすでに筆記用具を置いて、うつ伏せになっているご様子。余裕の構えですね。流石です。
 一方、前方の渉少年は、あ、コチラも動きが止まっていますが、コレは余裕という意味ではなく、どうやら、魂が抜けていますね。
「ふぅ、一時限目は何事も起きなかったか」
 どうも、三琴君。テストの状況は如何ですか?
「うわっ。夏水。お前、モニタリングで監視していたんじゃないのか?」
 おや? 僕がモニタリングで忙しくて来ないと思ってました? 残念でしたー。ちゃんと、三琴君が暇そうなときはやってくるのが僕なのですよ。
「暇じゃないし、来なくていいし」
 まあまあそんなこと言わないで下さい、三琴君。テスト、応援していますよ。
「応援なら、渉にしてやれよ」
 そう言って渉少年の旋毛を人差し指でぎゅむと押さえる三琴君。渉少年は、ぐえっと声をだします。
 モニタリングしていましたが、渉少年はきっと一夜漬けを折角やったのに当日でキレイさっぱり記憶から飛ぶタイプだと思いますね。
「え、なんで分かったの!?」
 あの放心具合からみてすぐに分かりましたよ。一夜漬けもいいですが、忘れないように、日々の暗記も大事だと思いますよ。
 おっと、そろそろ次のテストが始まる時間になりますね。僕は再びモニタリング作業に戻りますよ。
 三琴君、例の監視は僕と副部長、山菊先輩の三人体制で行っているので安心してください。今のところ、目立った行動はしないないですよ。
「わかった。もし、万が一のときはちゃんと押すんだぞ」
 分かっていますって。では、お互いに健闘を祈ります。
 さぁ、始まりましたー! テスト第二ラウンド!
 三琴君のクラスの教科は英語ですねぇ。さぁ、どんなドラマが待ち受けているのか。
「テストだから、ドラマがあっても静かだと思うよ」
「テストもいいけど、こっちも大事だと思うよー」
 おっと、先輩方のツッコミが出てきましたねぇ。ありがとうございます。
 そうですね、謎の物体の追跡もしていたのでした。僕ってばうっかりさんですねー。
「どうやら、夏水君が三琴君の様子をみている間に、相手方が校舎に侵入しちゃったみたいだよ。ほら」
 副部長さんがとあるモニターを指さします。そのモニターの周りを飛んでいる妖精さんの背中が真っ赤になっています。
 このモニターに映っているのは、理科室あたりですかね? それにしても、校舎に侵入されても大騒ぎしていないところがある意味奇跡的ですよねぇ。
「それだけ、皆、テストに必死ってことじゃないかなぁ? 茶山陣学園って結構成績重視っていうところがあるし。特Sクラスが典型的な例だけど」
 副部長は監視カメラの切り替えボタンをカチカチと押しながら答えます。なるほど、そういう考え方もあるかもしれません。
 それにしても、この謎の物体、一体目的はなんなんでしょうねぇ? 今のところ、何も攻撃するわけでもないですし。
「敵地視察とかじゃないかなぁ? 前例もあったりするし」
「もしかして、聖地巡礼だったりして」
 副部長がいたって真面目な回答をしている中、山菊先輩はとんだ変化球を投げ込んできました。
 聖地巡礼って、あの、アニメ・ゲームの舞台や背景等になったっていう場所を探して巡るっていう、オタクにはたまらないやつですか?
「そうそう、それだよ」
 え、茶山陣学園って何かの舞台になったことあるんですか?
「私も知らないよー。でも、相手は宇宙人でしょ? 宇宙にはココを舞台にしている漫画とかあるんじゃないかなぁーって思って」
 まぁ確かに、宇宙は広いですから、ココを舞台にした話は一つや二つくらいは出てきそうですねぇ。
 ……ハッ。もしかして、その話に語り部の僕も出ている可能性も。どうしよう、サインの練習をしなきゃいけないような気になってきました。
「私も、モデル並みに可愛いポーズをする練習をしなきゃ」
「お二人さーん。謎の物体が放送室に入ろうとしているよー、現実へ戻ってきてー」
 副部長さんが僕と山菊先輩の二人を現実へと引き戻します。
 現実へとかえった僕は、放送室付近が映ったモニターを注視します。あ、本当ですね。放送室の扉が勝手に開かれました。ど、どうしましょう。
「乗り込んじゃう?」
 山菊先輩がノリノリで僕に言ってきます。
 の、乗り込むのは流石に危険じゃないですかね? 三琴君にも相手を刺激させるような行動は慎めといわれていますし、それに、僕は最終手段のサイレンのスイッチ担当ですし。
「そうだね、行動は慎重にしないといけないよねぇ。でも……」
 副部長さんは、首傾げます。
「放送室で何をするつもりなんだろう?」
「放送室で侵入者がすることって言えば、一つしかないじゃない!」
 山菊先輩が得意げに言います。
「この学校は我々が乗っ取ったー、的なやつだよ」
 ハイジャックならぬ、スクールジャックですか!? そんな事が起きてしまったら、一大事ですよ。
 そんな事が起こってしまっては僕のモニタリング実況が破綻してしまいます。急いで、放送室の様子を……。あれ? 放送室を映す監視カメラって無いんですか? どのボタンを切り替えても映らないんですけども。
「あー、放送室の監視カメラは確か故障していたんじゃないかなぁ? 特に緊急性が無いからって一年くらい放置されていたはず」
 緊急性があるじゃないですかー! 今、とっても緊急性がありますよー。
 これは、もしかすると、もしかするんじゃないですかー!
「放送室に……」
「殴りこみだね。嗚呼、殴りこむのが何処かの組の事務所で、ソコに乗り込む、若頭とその手下とかいうシチュがいいんだけどなぁ」
 山菊先輩が悦に浸っていますね。そんなことより、放送室見に行ってみますか?
「そうだね。あ、そういえば、山吹君は今、英語のテスト中だったよね」
 はい、そうですよ? それがどうしましたか?
「もしかしてさ、テスト問題にリスニング問題ってある?」
 リスニング問題ですか? ちょっと待って下さい。探しますので……。
 あ、ありました、リスニング問題。八問ほど出題されてますね。
「なら、ちょっと急いで放送室へ行ったほうがいいかもしれないね。茶山陣学園のテストでリスニング問題は、テスト開始からちょうど三十分後に出題される。これは、各学年共通なんだけど、今、謎の物体が放送室を入ったということは、マイクとかの放送機材をいじられたらちょっとヤバイ状況になっちゃうかもね」
 謎の声とか入ったらそれこそ学園が大騒ぎじゃないですか。現在、テストが始まって20分経過してますね。あと十分でリスニング問題の放送が始まってしまいます。
 急ぎましょう。僕のモニタリング実況の未来のために。
 でも、謎の物体に見つかった場合はどうしましょう?
「万が一のために、私のクレポンを持っていくよ。プラモデルサイズの可愛いロボちゃんを」
 山菊先輩はそういって、作業部屋へと取りに行ってしまわれました。頼もしいですよ、お二人とも。
 それでは、いざ行かん。放送室へ。
 おはようございます。僕は只今放送室の前にいます。今、中に謎の物体が侵入したとの情報が入り、監視をするところでございます。
「なんだか、寝起きドッキリみたいな感じの喋り方だね」
 いやぁ、憧れだったんですよね。こういう感じの話の入り方。
 さて、放送室の中はどうなっているのか、覗いてみましょうか?
「ゆっくりね。見つかったら大変だよー」
 山菊先輩の言葉に副部長さんが頷き、ゆっくり扉を開けると、
 ソコには、茶色いモコモコした壁が。
「放送室にあんなモコモコした壁あったっけ?」
「無かったハズなんだけどなぁ」
 すると、壁がモゾモゾと動き始めました。
「わっ、何かうごい、フガッ」
 いきなり動き出した壁に驚いた山菊先輩は大きな声を出しそうになりましたが、副部長がすかさず先輩の口を塞いで、物陰に隠れます。僕も、見つかったらヤバイので、隠れて様子を伺うとしましょう。
 モフモフとした壁は声に気づいたらしく、ぐるんと放送室の入り口の方向を見ます。10秒ほど周囲の様子を確かめ、また先ほどまでのように壁になりました。振り返った時に見えた瞳の数を見る限り、相手の数は五体のようですね。それにしても、本当にモフモフですねぇ。彼らの体。抱きついたら気持ち良さそう。
 そんな事を僕が考えている中、副部長さんはスマホで何やら探している模様。何か、お探しですか?
「光学迷彩を解いて、姿を現しているようだし、どんな宇宙人か検索できないかなぁと思って探しているんだ。宇宙人Wikiで」
 最近はWikiで宇宙人を検索できるんですか? いやぁ、スマホで宇宙人を検索する。便利な世の中になったものですねぇ。
「夏水君もこの時代の人間だよねぇ。オッサン臭い台詞だよソレ」
 僕はどうも流行に乗り遅れてしまうのですよ、精神年齢はもう初老なのかもしれません。
「初老って。あ、あった。彼らの名前はモケリス星人だ」
 モケリス星人? なんともラブリーな名前ですねぇ。
「確かにリスっぽさあるね。茶色い部分とか」
「紗ちゃん、リスって名前がついているからって、リスの仲間じゃないからね。結構友好的な人種みたいなんだけど、なんで地球なんかに来たんだろうか」
 モケリス星人は何やら放送機材の前でゴソゴソとしているみたいですね。そろそろ、三琴君の学年のリスニングが始まってしまいますが。
「ここは彼らに退室をお願いするしか無いかなぁ」
 そう言って、副部長が立ち上がり、モケリス星人のもとへと向かおうとしました。
 その時です。
『ピンポンパンポーン』
 モケリス星人の誰かがボタンを押した瞬間、校内放送のチャイムが鳴り響きました。
 すっごく、嫌な予感が放送室に漂います。
 嫌な予感を抱いているのは、僕達三人だけなんですけどね。
『ケモ。ケモケモー!』
 モケリス星人は器用にマイクのスイッチを押して、話し始めます。
 そんなの何処で教わったんだ。校内放送で声を届けるには、マイクのスイッチを押しながらじゃないといけないということを。というツッコミをしたいのですが、今はそんな余裕はありません。
 副部長、サイレンのスイッチ押しちゃっていいですか?
「こうなったら仕方ないよ。押さないと校内が色んな意味で混乱する」
 副部長の許可を得て、僕はサイレンのスイッチを押します。
〈ウオォォオオオオオーーーーーン〉
 久々のけたたましい音が校内に響き渡ります。
『ケモ!?』
 モケリス星人も突然の音に慌てふためいて、ドシンドシンと地響きを鳴らしながら大暴れします。
「大丈夫だよ。君たちに危害を加えるつもりは無い」
『ケモモ?』
 暴れているモケリス星人に副部長が優しく話しかけます。
 言葉が通じているようですが、あ、通訳装置を耳にはめていますね。僕も装着するとしましょうか。
『本当に危害を加えない?』
 モケリス星人は若干震えながら、副部長に訊ねます。
「大丈夫だよ。ここにいる僕らは少なくとも、君たちの味方だよ」
「そうだよ。取って食おうとはしてないから大丈夫」
 三年生の二人に説得されて安心したモケリス星人は、ホッとした様子で落ち着きを取り戻したようです。
 と、その瞬間、いきなり茶色いモコモコした物体が剥がれ落ち、ソコには。
 白と黒のコントラストがキレイな物体が。そう、まるで、パンダみたいな……。
『いやぁ、安心したら脱皮したくなりまして』
 いやいやいや。安心したから脱皮って前代未聞ですよ。やはり、地球外の方はこちらと感覚が違うんでしょうか。
 しかし、この状況はまずいですよ。非常に。
「パンダの鬼が」
「やってくる……」
『パンダの鬼ですか?』
 そうです。パンダの鬼こと、三琴君です。
 でも、司令室に置いてある、僕らの書置きをみるまではまだ時間があるので、今の内にその剥がれ落ちた茶色い毛皮を再び着ていただけたら、セーフかなと思いますが。
 さぁ、モケリス星人さん、今の内に毛皮を纏うのです!
 今の姿を見られたら、恐怖体験が始まってしまいますよ!!
 僕の言葉を真摯に受け止めた、モケリス星人は急いで落ちていた茶色の毛皮を身に纏おうと大慌てになります。
「夏水君って、山吹君のことをパンダハンターみたいな扱いをしていることがあるよね」
 当たり前じゃないですか。あんな重いパンダ愛は類を見ませんよ。
 さぁ、早く。
 モケリス星人はドタバタと地響きを鳴らしながら、毛皮を身に着けようとしています。
 その時。
「大丈夫か!」
 ……あ。
 いきなり、放送室の扉が勢い良く開け放たれ、ポニーテールの貴公子、三琴君がやってきました。
 クッ。遅かったか。
 パンダの鬼、三琴君の降臨に放送室の空気が張り詰めます。
「なんだ……コレは」
 三琴君はうつむき加減でプルプルと震えだします。これはやばい気がします。
 おおっと、ここで三琴君がクラウチングスタートの構えを取り出したぞ。モケリス星人は今すぐ避難する体勢を取ってください。さもないと……、
「パンダァァァアアアアアアア!」
 三琴君が陸上選手顔負けのスタートダッシュで、モケリス星人を捕らえたーーーー! 早い、早すぎるぞ。スピードカメラで使わないと三琴君の姿が認識できないほどのスピードでしたよ。
 それでは、ここで、スピードカメラの映像をご覧下さい。
「え、そんなものがあるの?」
 副部長さんナイスツッコミです。カメラは無いのですが、ちょっとそんな雰囲気を味わってみたかったのですよ。はい。
「あぁ、モフモフ」
 僕がそんなボケをしている間に、三琴君は存分にモケリス星人をモフり始めました。モフられている本人達はカタカタを小刻みに震え、恐怖の感情に支配されています。
 三琴君。一応彼らも宇宙人なので、何をされるか分からないですよ。
「パンダが悪さをするわけ無いだろ」
 いや、だから、パンダじゃなくて宇宙人なんですって。
「え、どこからどう見てもパンダだろ」
 あーもう、パンダっぽい生き物を見つけたら、何でもかんでもパンダ呼ばわりする面倒くさい人だ! 全く。
 三琴君。彼らはモケリス星人といって、宇宙人なんですよ。パンダじゃないです。
「ぱ、パンダじゃないだと!!!」
 そう、パンダじゃないんですよ。だから、解放してあげてください。怯えてしまっているので。
 三琴君は僕の説得に、大人しく解放してあげるのかと思いきや、
「でも、抱き心地サイコー。パンダのぬいぐるみのようだ」
 さらに、抱きつき、仕舞いには頬ずりまでしてる始末。
 さらに、モケリス星人が恐れおののいているのは言うまでもありません。
 三琴君、モケリス星人にトラウマが植えつけられる前に早く解放してください。
「ちぇー。せっかく大きなパンダをハントできると思ったのに」
 数分後、やっとモケリス星人を解放した三琴君は、放送室の椅子へムスッとした様子で座り込みました。
『こ、怖かった。地球人ってこんなに恐ろしいものだったんですか』
 モケリス星人は怯えて、三琴君と一メートルの間隔をあけて座ります。
 もう、完全に埋められない溝が出来ちゃってますよね。コレは。
 大丈夫ですよ。今の貴方たちの模様がそもそもの原因なわけでして、普通はそんなに恐ろしいものじゃないので。安心してください。
「そもそも、どうして君たちは、この茶山陣学園に侵入しようとしたの?」
 副部長さんの問いに、モケリス星人さんはいそいそと何かを探している様子。
『僕達、こういうものなんです』
 モケリス星人は副部長さんにカードサイズの紙を差し出します。
 そこには、【モケリス学園修学旅行隊】とわざわざ日本語で書かれていました。
「修学旅行隊?」
『はい。モケリス学園では、修学旅行の時期になると各グループで行く星を自由に決められるのです。それで、僕達の班は地球を旅行先に決めたんですよ』
 モケリス星人の一人が鼻息荒く答えます。
「で、どうして、ここに? 観光地なら他にもあるでしょう」
 そうです。地球は広いですし、海外へいけば世界遺産もぼんぼんありますのに。
 どうして、茶山陣学園に来たのですか?
『それはですね……コレです』
 モケリス星人は一冊の本をバーン!と見せます。
 その本には、茶山陣学園の校舎などの写真が載っているようですが、どのような紹介がなされているかは、文字が読めなくて分からないですね。
『これはですね。地球防衛隊、秘密結社茶山陣学園って書いてあるんです』
 あ、ご丁寧にどうもです。
 って、ちょっと待って下さい。
「秘密」
「結社」
「だってー!?」
 見事にモデリング部の三人の声がハモリました。
『はい。日夜、悪者をバッサバサと倒しているんですよね? 記事にもそう書いてありますし。憧れだったんですよね。秘密結社のアジトを探検するのが』
 そういって、モケリス星人は本を抱きしめます。
『でも秘密結社にしては、普通の地球様式の学校なんですね。あ、秘密結社ですもんね。内緒にしなきゃ意味がないですよねぇ』
「いや、秘密結社っていうわけじゃなくて、普通の学校なんだよ」
『え……?』
 副部長の説明に、モケリス星人の動きが固まります。
「うん、茶山陣学園は普通の学校だよ?」
『そんなぁ、モケリス星人の心のバイブル、【ケケぶ】情報なのになぁ』
 日本にも売ってそうな、旅行誌のタイトルっぽいですね。
 どっちかというと、学園が秘密結社じゃなくて、学園内の部活が秘密結社の仮の姿っていう感じはしますけどね。
「あ、コラ。夏水」
『え、部活の中に秘密結社があるんですか!』
 モケリス星人さんは、目を輝かせて僕を見ます。
 あ、いらないことを言ってしまったでしょうか?
『是非、そのアジト教えてください!』
「ほら、言わんこっちゃ無い」
 三琴君がギロっと僕をみるので、僕は同時に目線を逸らします。
「一先ずは、避難警報を解除してからだね。モデリング部を案内するのは」
 副部長は苦笑まじりに答えました。
「結局、今日のテストは中止になっちゃったね」
 避難警報が解除されて二時間ほどで、生徒には一斉下校が命じられました。
 当然、本日の残りのテストは明日に順延するという運びに。
 三琴君も部活は今日無しになったので、こうして菜音さんと一緒に下校しているので。ヒューヒュー、お二人さんともお熱いですねー。
「茶化すな、夏水。お前のせいで大変な目にあったぞ」
 あの後、モケリス星人にモデリング部の部室を案内してあげたのです。もちろん、国家機密に入りそうなものは見せなかったのですが、亀山先生に事情を説明するのには骨が折れましたね。
「パンダみたいな宇宙人かぁ。見てみたかったなぁ」
 菜音さんが少し悔しそうに、言います。
 あの後、彼らは部室案内に満足して、学園を去っていきましたからねぇ。今は何処にいらっしゃるのやら。
「大丈夫だ。抱き心地は覚えてるから、今度似たようなぬいぐるみ持って行く」
「ホント!? 嬉しい」
 全く、この二人は熱すぎて、僕が溶けてしまいそうになりますよ。全く。
「そういえば、夏水君だっけ? 夏水君はテスト受けなかったの?」
 え、僕ですか? 僕はこの学校の生徒じゃないので、テストを受けないですよ。
「いつも、三琴君の横にいる気がするから、勉強は大丈夫なのかなぁ。って思ったの」
 勉強のほうなら大丈夫ですよ。恐らく。
「曖昧な答えだなぁ」
 三琴君。僕のプライベートなことは全くこの話には関係ないので、しないだけなんですよ。
「あ、ゴメンね。余計なことを聞いちゃったみたいで」
 そう菜音さんは、僕に謝ります。いやいや、誰だって気になることだと思うので、大丈夫ですよ。
「なんか、俺と態度が違わなくないか?」
 気のせいですよ、三琴君。

#創作大賞2023

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