もでりんぐ!! 六話

 んー、ちょっと早すぎましたかね?
 時期はすっ飛んで、夏真っ盛り。蝉がけたたましく鳴いている朝六時の茶山陣学園校門前。僕は、ぼけーっと突っ立っています。三琴君の入り待ちなのです。
 早朝なので、学校へ向かう人もまばらですねー。朝練へ向かう人がチラホラと。
 青春ですねぇ。部活動で汗を流す。素晴らしいじゃないですか。僕、そういうの嫌いじゃないですよ。
 ただ、僕は運動がからっきしなので、運動部所属にはなれそうにないですけど。
「お、夏水じゃないか。こんな朝早くに何をしているんだ?」
 聴き慣れた声だと思えば、亀山先生じゃないですか。おはようございます!
 僕は見ての通り、三琴君の登校待機なのですよ!
 早く実況したくて、こんなに早くスタンバイしてますが、お気になさらず。
「……夏水、一つ確かめたいことがあるのだが」
 先生、そんなに深刻そうな顔をしてどうしたんですか?
「落ち着いてよく聞けよ?」
 はい。え、一体なんですか。そんなに大切なことなんですか?
「今日から茶山陣学園は、夏休み期間中だぞ。モデリング部の活動も、緊急時を除いて三日に一回のペースに変わっているから、山吹は今日来ないぞ」
 ……な、
 な、
 なんだってーーー!!!!
 ハッ。そうだ、昨日終業式が終わった後の三琴君に、そういえば会いましたね。
 なんて僕は愚かなんだ! 主人公のスケジュールも完璧に把握できないだなんて。
「完璧に把握できたら、それはそれで、ストーカーになるぞ」
 嗚呼、折角の朝の楽しみがー! 台無しだぁ!
 僕はその場へ崩れ落ちます。
「そんなに大事なのか」
 先生が哀れな目で見ていますが、そうなのですよ。語り部という役割が僕の、お仕事、やりがい、生きがいなのです。今の時間に三琴君の家へ押しかけても迷惑でしょうし、どうしましょうねぇ。
「そんなに暇を持て余しているのなら、アタシに付いて来るか?」
 へ? 先生、これから何処かへ行かれるのですか?
「ちょっと腹ごしらえしてこようと思ってな。ずっと、司令室に篭もっていたらお腹は空いてしまってるし」
 今の時間まで篭もっていたということは、泊り込みですか。お疲れ様です。
「いやぁ。なかなか科学者の消息が掴めなくて……なー」
 なんと、先生自ら探されているのですね。
「そんなところだな。どうだ、付いて来るか? 飲み物ぐらいは奢るぞ?」
 え、本当ですか! 行きます!
「じゃあ、付いて来い」
 先生は男らしい台詞を言いながら歩き出しました。
 数分歩いて着いたところは、喫茶【ミラージュ・イスト】。
 先生もここを利用されているんですねー。
「お、来たことあるのか?」
 はい。三琴君と菜音さんのラブラブデートの時に来たことあるんですよ。
「アイツら、もうそんな仲なのか」
 本人達は否定していますけど、アレは誰が見てもラブラブですよ。
 僕のその言葉に、先生がニヤリと笑います。
「よーし、今度それで強請ってやろう」
 先生の目が輝いておりますねー。まるでイタズラをする悪ガキの如く。
 先生に弱味を握られた三琴君、見てみたいものですねー。僕の気分が清々しくなるかもしれません。
 先生、お主も悪ですよのぅ。
「夏水ほどではないぞ。ウッヘッヘ。さて、入るか」
 そうですねー。って、まだ入り口が“CLOSE”って書いてありますけど、もしかして、開店してないんじゃ……。
「いいんだよ。通常オープンは八時からだけど、今は特別枠だから」
 ……特別枠? それは一体。
「それは入ったら分かる」
 そう言って、先生は喫茶店の扉を開けました。
「いらっしゃい」
 店内に入ると、前見たときと同じ格好でマスターがカウンターで何やら作業をしていました。
「源三、朝ご飯食べにきたー」
 なんと先生はマスターを呼び捨て!? その声にマスターの眼光がギラリと光ります。
 ヒィ!! 僕が睨まれたわけでもないのに、体が萎縮してしまいます。
「ケンちゃん、ちゃんと用意してるぞ」
 マスターはカウンターに鮭定食を出しました。うわぁ、純和風で美味しそうです。
「ひゃっほー。さすが源三。電話してから直ぐに準備が出来ているだなんて、気が利いているな。いっただきまーす!」
「何年お前のパートナーをしていると思っているんだ」
 先生はカウンターに座って、モリモリと定食を食べていきます。
 なるほど、パートナーだから特別枠で……って、ん? んん?????
 今さらっとパートナーって言いましたか?
「あぁ、言ったな」
「そうだ、言ったな」
 マスターと先生ってパートナーだったんですか。
「そうだぞ」
「パートナーと言っても、結婚しているという意味ではないぞ。仕事上でのパートナーだ」
 え、ちょっと、話を整理させてください。頭が混乱してきました。
 仕事上のパートナー、つまり、マスターも政府から雇われたエージェントということになりますよね?
「形式上はそうなるな」
 どうして、喫茶店のマスターをやっているんですか?
「源三は副業がエージェントなんだよ。喫茶店が本業」
 ……普通逆じゃないですか?
「細かいことはいいんだよ。それで、アタシのサポート役として暗躍してもらっているってわけよ。ごちそうさま。美味しかったよ」
 手を合わせる先生の前には、きれいに完食された定食の空容器がありました。
「そりゃ、どうも」
 そういうマスターの顔は、どことなく嬉しそう。
「さぁて、ご飯も食べたし、本題といこうか?」
 本題ですか、先生。
「そう、本題だ。あ、源三。夏水に飲み物を出してやってくれ。夏水、カフェオレでいいか?」
 あ、はい。大丈夫ですよ。ありがとうございます。
 数分後、マスターは僕に暖かいカフェオレを出してくれました。
「源三、例のものを」
「あいよ」
 先生が手を差し出すと、マスターが一枚の紙切れを手渡しました。
 どれどれ……、何かの番号です……かね?
「科学者に繋がるかもしれない携帯電話の番号だ」
 先生はピラピラとメモを揺らしながら得意げに話します。
 え! そんな凄いものを入手したんですか! どんなルートで手に入れたんですか。
「匿名で教えてくれた人がいてな。何でも、科学者と一番親しかった間柄だそうだ」
 マスターを先生の食べ終わった後の容器を洗いながら話します。
 一番……親しかった……間柄、ですか。その人の匿名の通告。一体、どんな意図があるのでしょうねぇ?
「なんでも、アイツを助けてほしいと言っていたそうだ。具体的な内容は言ってなかったらしく、詳しくは不明だがな」
 助けて欲しいですが、なかなか意味深な言葉ですねぇ。ふむ。
 で、先生が、その電話番号に今から電話を掛けるというわけですね。
「そういうわけだ」
 でも、今から大丈夫なんですかねぇ? 朝の六時半ですけど。
「良い子は起きている時間だから大丈夫だろ」
 先生、良い子だって、休みの日はゆっくり寝ていたいと思いますよ。
「休日のお父さんみたいな言い方だな、夏水、お前まだ若いだろうに」
 はい、ピチピチの十六歳ですよ。
 おっと、話が脱線してしまいようになっていました。ささ、先生、思い切って電話を掛けちゃってくださいな。
 先生は、自分の携帯を取り出し、メモを見ながらダイヤルをしていきます。
 そして、二度ほどの照会をおこなった後、発信ボタンを押しました。
 すると、
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。恐れ入りますが、もう一度確認しておかけ直しください』
「だめか」
 どうやら、紙に書かれていた電話番号は使われていないらしく、機械的なアナウンスが流れるだけでした。
「これで、科学者が電話に出たら、世話ねぇけどな」
「確かにそうだな」
 そうですねぇ、これで科学者さんがひょっこり出てきたら話になりませんよねぇ。あ、これはですね、“値打ちがない”と“問題にならない”っていうダブルミーニングから考え付いた洒落ということを付け加えておきましょう、一応。
 あ、余りにも場の空気が深刻すぎて、洒落が通じなかったようです。お口直しに頂いたカフェオレを飲むとしましょうか……、あー、ホッとする。夏だけど、クーラーの効いたところでの暖かい飲み物最高です。
「科学者を早くとっ捕まえて、クラップス星人の侵攻を防がなくっちゃならないって言うのに、肝心な尋ね人が出てこねぇ、これはもしかしたら、どっかでアタシ達の様子を観察してるんじゃねぇか」
 ……!! ゴホッゴホゴホ。
「おい、大丈夫か?」
 うっ。だ、大丈夫です。余りにも突然の先生の発言にビックリして、気管に入っちゃっただけですから。
 それにしても、何処かで僕達の様子を観察しているですか……、何のためにですか?
「そりゃ、こっちが慌てふためいているのを見て、指さして笑うために決まっているだろ」
 えー、なんかそれはムカつくし、嫌ですねぇ。
「だろ? そんなんだったら、見つけ次第、すぐに引きずり出してやる」
 ヒィ、先生の顔が本気と書いてマジな感じですねぇ。科学者さん逃げてー! 下手したら死ぬからって言わないと駄目ですね。
「ソレくらいアタシは気が立っているんだ」
 そう言って先生はカウンターでうつ伏せになります。
「ここ最近、休み無しだからな。いい加減、エージェントや教師の職なんて放り投げて、遊び呆けてみたいぜ」
 先生でも、投げ出したいことがあるんですねぇ。意外です。
「とても、教職者の言うような台詞じゃねぇけどな」
 マスターの意見もごもっともですね。
 でも、科学者さんもきっと、何かに愛想をつかして逃げてしまったのかもしれませんね。そうじゃなければ、いくら探しても出てこないってこと無いと思いますし。
「愛想をつかすかぁ……。ソイツは何に対して逃げ出したかったんだろうな」
 ……さぁ、僕には分かりかねますねぇ。
「逃げ出したくなるほど、世界ってそんなに酷くないと思うがな」
「そうだな、まだまだこの世界は捨てたもんじゃねぇ」
「さすが源三。分かってるぅー。さて、そろそろ源三はモーニングの準備があるだろうし、アタシたちはここでお暇させてもらうとしますかね? 代金、ここにおいて置くから」
 先生は、カウンターに千円札をおきます。
「ケンちゃん、いつもいいって言っているだろ」
「いいんだよ、アタシが払いたいんだから、有難く受け取れ」
 なんだか、先生がとても男前に見えてきますねぇ。ときめいてしまいそうです。
「夏水はこれからどうするんだ?」
 んー、今日は大きな動きは無さそうですし、大人しく帰りますよ。
「そうか。じゃあ、源三、ごちそうさまー」
 そう言って、先生と僕は、喫茶【ミラージュ・イスト】を後にしました。
「あの人は私を売ったのか?」
「どうして私なんだ。私なんか、私なんか」
「もう、誰も関わらないでくれ」
「誰の助けなんて要らないんだ」
「私はもう……消えt……」
「三琴君、いっくよー」
 菜音さんが三琴君に向かってボールを投げます。
 ゴム製の大きなボールがふわりと三琴君へむけて飛んでいきました。
「オーライオーライ」
 投げられたボールを目で追いながら、三琴君は後ろ歩きで進んで行きます。
 三琴君はそのボールを両手でよいしょと掴み、菜音さんへ向けて投げ返します。
「楽しいね、三琴君」
「あぁ、そうだな」
 三琴君は菜音さんに笑いかけます。
 そんな三琴君から滲み出ているものは、幸せとリア充オーラ。
 僕は一体、なんというものを見せ付けられているのでしょうか。
 くっ、これが主人公という勝ち組なのでしょうか!!
 どうして二人がキャハハウフフしているのか、それは遡ること一日前のことです。
「まさか、お前が夏休みの存在を忘れているとはな」
 モデリング部活動日。僕は、三日ぶりに学園へ登校した三琴君に抱きつきたい感情をグッと堪えて、夏休み初日にあった出来事を説明してあげました。
 夏休みなんてすっかり忘れていましたよ。それも、モデリング部の活動も三日間隔に空いていたなんて、完全に盲点です。
「最近は襲来ないからな。それに、毎日登校なんかしてたら宿題をする暇がないだろ。茶山陣学園の課題はただでさえ多すぎて、泣き出す奴が続出するっていうのに」
 泣き出す奴が続出? それって、どれ位なんですか?
「過去最高の総重量が確か二十キロ」
 にっ、二十キロ!?
 既に何冊っていう問題じゃなくて重さなんですね。
「第二美術科の夏季課題だから、立方体の石とかも含まれていたらしい」
 さすが、造形分野。石まで渡されるんですねぇ。ビックリです。
「まぁ、俺は夏休み初日と二日目徹夜して、課題が残り半分になったけど」
 三琴君、勉強というものはコツコツをするもんじゃなかったんですか?
「夏季課題だけは別物だよ。あんなもの、コツコツと終わらせたら絶対に終わらない」
 なんとなく、夏季課題の恐ろしさを察しました。
「それにしても、マスターと亀山先生がパートナーだったとわなぁ……。まぁ、どこか似ている雰囲気の二人とは思った……あ!」
 ……! 三琴君、いきなり大声出すからビックリしたじゃないですか。
 何か、思い出したことでもあるんですか?
「そういえばマスターに、モデリング部勧誘されていたときに愚痴っていたことを思い出したんだが、あれはつまり、先生にも報告されていると思っていいんだよな?」
 まぁ、パートナーが顧問の部活ですからね。その部活に対する愚痴を言っていたら報告するかもしれませんが……、でも……。
「でも?」
 マスターは三琴君を貶めるようなことは言わないと思いますよ? 根拠はないですけど、そんな感じはします。
「確かに、マスターは口が堅いからな。だから、愚痴を聞いてもらってたわけなんだが」
 なら、きっと愚痴の内容は言っていないと思いますよ。恐らく、“勧誘で参っている”っていう程度のことしか言ってないと思います。
「それを聞いてても、勧誘を止めなかった先生の根性は凄いと思うけどな」
 そうですねぇ。僕もそれには苦笑しか出ません。
「何が苦笑しか出ないの?」
 僕と三琴君が歩きながら話している間に、菜音さんが割り込んできました。
 菜音さん、おはようございます。
「夏水君、おはよー。三琴君もおはよ」
「菜音、おはよう。お前も登校か? 部活は入ってないハズだよな、確か」
 菜音さんは帰宅部だったんですねぇ。
「図書室で借りた本を読みきっちゃったから、新しいのを借りようと思って」
 菜音さんの持っていたトートバックの中には、百科事典レベルの分厚い本が3冊ほど入っていました。タイトルも難しいものばかり。
 菜音さん、そんな難しい本を読んでいるんですねぇ。
「ちょっと興味本位で借りてみたら、ついつい読み更けちゃって。おかげで寝不足なんだ」
 ダメですよ。女の子はキチンと睡眠をとらなきゃ。お肌のノリが悪くなっちゃいますよ。
「お前は、美容に煩いオネェか」
「フフッ。夏水君ありがとう。今度から気をつけるね」
 菜音さんに微笑まれると、なんだか幸せな気分になりますねぇ。
 それにしても、菜音さんが読み更けるほどの面白い本ですか。興味ありますねぇ。
「今日これを返すから、今度は夏水君借りてみたらどう?」
 え、僕は、この学校の貸し出しカード持ってないので借りれないんですよ。
「あー、そっか……。そうだよね」
 菜音さんが僕の言葉にしゅんとなりました。
 あ、借りれなくても、図書室には入れるので、その時に読ませていただきますよ。
「ホント!? 面白いからオススメだよ」
 はい、ありがとうございます。
「あ、そうだ」
 菜音さんは本の入っている鞄とは別の鞄を漁ります。
「この前お父さんから遊園地のチケットをもらったんだけど、この三人で遊びに行こうよ」
 そう言って菜音さんはチケットを三枚取り出して見せます。
「おー、パンダーランドか、懐かしいな」
 おー、遊園地をこの三人で……、んん? 三人?
「うん、三人だよー」
 その三人ってもしかして、僕も含まれてます?
「当然だよー。他に誰がいるの?」
 えっ、えっ、でも……、僕は。
「遊園地、嫌い?」
 いや、嫌いってわけじゃ。僕はこの話の登場人物じゃないですし、
「まだそんな事拘っていたのか」
 こだわりますよ。だって、大事じゃないですか。
「言っておくが、チケットがなかったら恐らく園内に入れないし、俺達の様子も実況出来ないぞ」
 うっ、痛いところを突いてきますね。
「実況が出来ないのはツライだろ?」
 はい、ツライです。
「ということで、夏水も遊園地行き決定な」
「わーい。三琴君ありがとー。じゃあ、二日後に行こうね」
「その日は部活もないから大丈夫だぞ」
 うー、まんまと三琴君に乗せられてしまったような気がします。
 こうして、僕は二人に混じって遊園地へ行くことが決定したのでありました。

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