もでりんぐ!! 七話

 遊園地へ行く当日。茶山陣町から電車を乗り継いで揺られる事一時間半。そこから路線バスに乗って三十分で、目的地、【パンダーランド】へと辿り着きました。
 道中、三琴君たちは学校のことや部活動のことを話していたが、あまりにも二人が眩しすぎて全然話が頭に残りませんでしたよ。今度から二人の会話を聞くときは、サングラス装備でメモ書きするとしましょう。
「サングラス着けたままじゃ、書きにくいんじゃないかなぁ」
 た、確かに。言われてみればそうですねぇ。ぬわー、僕は一体、どうすればいいんでしょうか。
「何回も言ってるが、そのまま大人しくしておけばいいんじゃないか」
 三琴君は口を開くたびにそれですね。悪いですけれども、それに関しては仕事がなくなってしまうので、お断りします。
「ダメだよ三琴君、夏水君の仕事を取っちゃ」
 そうですよ。仕事を奪うだなんて鬼畜の所業ですよ。
「夏水にムカつく言葉言われたけど、菜音の手前じゃ怒るに怒れないな」
 なんと!? 菜音さんには、三琴君のツッコミストッパーになる効果があるのですねぇ。実に有難いです。
「有難いと言ってもらえて嬉しいよ」
 これから二人協力して、三琴君のツッコミストッパー頑張りましょうねぇ。
「ねー」
「あぁもう! 園内はいるぞ」
「あ、待ってよー!」
 ツッコミが出来なくてイライラしているらしく、三琴君はそそくさと園内の入り口へと入っています。フフフ、たまには三琴君で遊ぶのもいいかもですね。
「そんなこと言うと、置いていくぞ」
 あ、嘘ですって。置いていかないで下さい。待って下さいよー。
 チケットで無事園内に入り、僕の目に飛び込んできた光景は……、
 まぁ、皆さんお分かりのように、パンダパンダパンダ……。
 パンダのゲシュタルト崩壊が既に起こっている、そんな光景です。
 パンダ、パンダって一体なんだっけ? と脳内が警告を発しているような気がします。
「やっぱり此処は最高だなぁ」
「三琴君が喜んでくれたようでよかった」
 パンダ好きの三琴君は案の定テンションが高くて、まるで子どものように飛び跳ねています。
 その様子を優しく見守る菜音さんが、なんだか母親に見紛うばかりです。
「あー、久々に童心に返ってみようかなぁ。ひゃっふー!」
 今さっき飛び跳ねていたのは、童心に返っていなかったんですか。
「三琴君のいつも通りの行動だよ。パンダの密度が高くなったら飛び跳ねちゃうんだ」
 菜音さんの説明に、何故か妙に納得してしまいますね。
 さすが幼馴染というわけですね。
「引っ越してきて早々、学園内で迷子になっちゃって、泣いていた所を助けてくれたのが三琴君なんだ。それからの仲良しなんだよ」
 あぁ、確か三琴君は迷子の子を捜す、捜索係を担当していたとか言っていましたねぇ。
 それほどの長い期間だと、好きになっちゃいますよね!
「もう、ヤダっ。夏水君ったら」
 そう言って菜音さんは、僕の肩をバシッっと叩きます。
 ……っ、……え?
 僕は肩に残る微かな痛みに疑問府を浮かべます。
「ゴメン、強く叩きすぎちゃった?」
 ……いえ、大丈夫ですよ。 あれ、あれ?
「本当に大丈夫?」
 大丈夫ですよ、この通り元気ですから。そんな事より三琴君が消えてしまったのですが、
「あ、本当だ。三琴君、何処に……あ、居た!」
 菜音さんが指を指します、その先で、パンダの噴水に見とれている三琴君が確認できました。
 それからなんやかんやあって、今のボール遊びに至るわけなのですが、本当に二人が楽しそうで、僕嫉妬しそうですねぇ。
 混ざりたいですけど、混ざれない、これこそジレンマというやつですかね。
「はー、運動したらお腹空いてきたネ。フードコートでご飯にしようか」
「そうだな。ここにパンダお好み焼き好きだったんだよなぁ」
 フードメニューまでパンダとか、どれだけ拘っているんですか。
「たしかパンダドッグとかあったよねぇ」
「あったな。白いパンに黒い不規則な水玉模様が入っていた奴」
 それはパンダじゃなくて、牛柄じゃないですかねぇ。
 そんな話を三人でしながら、僕達はフードコートへと向かうのでした。
「美味しかった」
 フードコートでパンダお好み焼きとパンダドッグを食べて、満足そうな二人。
 ちなみに僕は普通に焼きそばを頼みました。レジャーでは焼きそばがやはりテッパンでしょう。鉄板焼きだけに。
「誰が上手いことを言えと」
 おっと、ついつい上手いこと言ってしまいましたね
「本当に二人を見てたら楽しそうで羨ましいな」
「どこが」
 三琴君と同意見ですよ。僕から見たら、お二人さんの様子の方が仲がよくて微笑ましいくらいですよ。
「でも、私はモデリング部には入ってないからさ、部活中の三琴君を知っているのはモデリング部の人たちと夏水君くらいだもん。ねぇねぇ、三琴君って部活ではどんな感じなの?」
 どんな感じですかって、いつも通りパンダを量産しているような感じですよね。
「パンダを量産って、アレはだな、例のヤツに向けてのストックとして」
「ん? 例のヤツってなぁに?」
 菜音さんは三琴君の話で引っかかった点を聞いてきます。
「んー、機密事項に引っかかりそうだから言えない。ゴメン」
「ううん、大事なことなら聞かないよ。あそこは国の機関にも属しているもんね。でも、三琴君はやっぱり凄いよなぁ。なんでも出来るから」
「ほ、褒めたって何も出ないからな」
 菜音さんの言葉に三琴君の顔が真っ赤になります。ウブですねぇ。僕はニヤニヤが止まりません。
「そうだ、三人で観覧車乗らない? 夏水君とももっとお話したいし」
 三人で観覧車ですか。いいですけど……、
 キャストさんから、歪な三角関係とか疑われないですかね?
「んなことあるわけないだろ」
「フフッ、夏水君ってやっぱり面白い」
 うー、僕は思ったことは言ったまでなのですが。
 パンダ柄の観覧車に乗り込んだ僕達三人、中もやはりパンダ仕様で、三琴君がテンションの余り荒ぶります。
 三琴君、大人しくしておかないと、観覧車が揺れてしまいます。
「あ、ごめん」
 三琴君はしゅんとした様子で静かになりました。
「本当に三琴君が子どもみたい。そうだ、夏水くんのことをもっと聞かせてよ」
 僕の話ですか。特にないですよ。だって僕は……、
「ん?」
 いえ、この話は止めておきましょう。折角の楽しい雰囲気が台無しになっちゃいますからね。
 僕のテンションとは逆に上昇していく観覧車。窓からは街中の景色が一望できるようになりました。
「茶山陣にも観覧車があればいいのに、そしたら町が一望できるのになぁ。あ、話を戻さないとね。自分で語るのに気が引けるのなら、私の質問に答えてくれると嬉しいな。夏水君はどうして、語り部なんてしているの?」
 何故語り部をしているのかですか? んー、話せば長くなりそうなんですが、簡潔に。僕が作者にそういう役割を任命されたからですよ。
「でも、作者やらなんちゃらが気に食わないとか言ってたよな」
 そんな事も話しましたねぇ。忘れてくださいって言ったのに。でも、役割が与えられなかったら、僕はただの……ですから。
 僕の言葉は途中、観覧車のゴトンという音に遮られました。ナイスタイミングです、観覧車のゴンドラ。
「上手く聞き取れなかったらもう一回言ってもらえる?」
 フフフ、秘密ですよ。これ以上話したら三琴君に弱味を握られそうですし。
「三琴君ダメだよー、夏水君の弱み握っちゃ」
「……わかりましたよ」
 菜音さんに注意されてギロリとコチラを睨む三琴君。これで反省してくれそうにはないでしょうねぇ。
「楽しかったね。私は凄く満足だよー。夏水君のことも知れたし。また三人で来ようね」
 また三人で、ですと!? なんとも嬉しいお言葉ですねぇ。
 しかし、三琴君とラブラブのところを一緒に居るのはなんだか気が引けちゃいますねぇ。
「そんな事ないよ。楽しいからいいの!」
 そんな事を言う菜音さんの目はキラキラと輝いていました。
『いい知らせがあります』
「なんだ」
『ついに彼を発見できました』
「それは本当か」
『はい。彼はバッチリ此方側の罠に引っかかっていました』
「そうか、ついに、我々の悲願の日だな」
『そうですね』
「さぁ、そろそろ決行の狼煙をあげようではないか!」
『かしこまりました』
 突然ですが、只今緊急事態です。
 学園から一キロほど離れた茶山陣町の町役場で、宇宙人が襲来しているとの情報をキャッチしたモデリング部は、副部長作の妖精さん、宮前妹作の埴輪が遠隔操作で宇宙人との交戦をしているのですが、なんだか此方側が押されているような気がします。
 相手は、どんな宇宙人なんですか?
「んー、緑色の肌で得体の知れない腰つきから見れば、グットヨワイー星人のハズなんだけど」
 グットヨワイー星人ですか、なんだか名前から察するに、すっごく弱そうな気がするんですけど。
「名前の通り、弱いハズなんだけどなぁ。前に戦ったことあるんだけど、一発KOを勝ち取りましたともー」
 宮前妹そう言いながら、ゲームのコントローラーを乱暴に扱っています。
 一回勝った相手なんですよね? 何故、こんなにも手こずっているのでしょうか?
「なんかねー、クレポンたちの動きが少し遅いような気がするんだー」
「確かに、少し動きが鈍いような気がする」
 副部長さんと宮前妹がモニターを指差しながら同じ様な意見を述べます。
 動きが遅いですか? 確か、クレポンは脳波でコントロールするんでしたっけ?
 距離があって、命令の伝達に遅延が見られるんじゃないですか?
「いや、伝達にラグが出ないように、増幅器が校舎にある……あ!」
 先生が何か思い出したようで、司令室にあるモニター機器のあるボタンを押します。
 大型モニターに大きなアンテナらしきものが映し出され、そこには、
 町役場で交戦している宇宙人と同型の宇宙人が、5人ほどアンテナの周囲で遊んでいるではありませんか。
 もしかして、あれが、クレポンが苦戦している理由ですかねぇ。
「あの野郎……。引き摺り下ろしてやる。山吹!」
「へぇーい」
 先生にいきなり指名され、やる気の無い返事をする三琴君。
「今すぐ出撃できるな」
「一応。発射いつでも出来まーす」
 やる気の無いまま、三琴君が手元にある赤いスイッチを押します。
 すると、何処かからボンッという音が鳴り響き、やがて、映し出されているモニターにカプセルが現れました。
 そのカプセルが開かれると、中から三琴君の大好きなパンダ……じゃない!?
 なんと、中から現れたのは、なんともゆるくて可愛らしい熊さんではありませんか。
 三琴君、今回はパンダじゃないんですか?
「毎回パンダを戦闘に出したら可哀想だろ!」
 そんなに力説されましても、確かに、可哀想ですけども。
「だから、今日はくまさんだ。さぁ、始めようか」
 三琴君は一呼吸置いて、目つきの色が変わりました。
「フルボッコタイムだ」
 不穏な響きです。誠に不穏です。
 その言葉通りに、クレポンで作られたくまさんは、グットヨワイー星人をフック・アッパー・ストレートの三拍子でフルボッコにしていきます。
 この宇宙人は特殊な訓練を受けているので、よい子は真似しないでね。と注意書きを書きたいくらいの惨さです。さすが、哺乳類でも強者に分類されるくまさん。やることがえげつないです。
 くまさんのおかげで、アンテナで悪さをする宇宙人が居なくなりました。攻撃するなら今です!
「あいよー! いっくぞー。ハニワパーンチ」
 宮前妹が嬉々として、必殺技を繰り出すと、グットヨワイー星人が一人、彼方へと飛んで行きましたねぇー。たまやー。
「それは、花火のやつじゃないのか?」
 あれ、違いましたっけ。
 ともあれ、これで此方側が有利になったわけですね、先生。
「……」
 先生? 考え事ですか?
「あ、あぁ、有利になったからには、たっぷり可愛がってやろうじゃないか」
 先生ははっと我に帰って、ニヤリと笑います。
「さぁ、処刑タイムだ」
「あいあいさー!」
「物騒なネーミングですね」
 宮前妹はノリノリで埴輪を動かし、副部長はやや苦笑まじりでした。
「俺のクレポンはそろそろ回収しておこ……ん?」
 三琴君はあるモニターをじっと見ます。どうかしました?
「いや、モニターに一瞬、菜音の姿が見えたような気がしたのだが」
 菜音さんですか? 流石に今回はきちんと避難していると思いますよ。そんな毎回毎回宇宙人の襲撃の被害に遭うわけ無いじゃないですか。それに、今は夏休み中ですよ? 帰宅部の彼女が今学校に居るわけ無いですって。
「だよな、俺の気のせいだろう、きっと」
 そうですよ。気のせいですって。
 あ、そうだ三琴君。僕の顔を殴ってください。
「……夏水、お前、ついに頭がおかしくなったのか?」
 三琴君、そんな冷ややかな目で見ないでください。ちょっと確かめたいことがあるんですよ。
「確かめたいこと? まぁ、いくぞ」
 三琴君の右ストレートが僕の顔を目掛けて飛んできます。
 僕は反射で目を瞑りますが、三琴君の拳は僕の顔の前でピタリと止まります。
「……殴れないぞ?」
 ホッ。殴れないのは当たり前なんですよ。普通は、この赤線から三琴君たちは侵犯することが出来ないんですから。
 あー、良かった。そのままだった。
「さっぱり意図が掴めないんだが」
 いいんですよ。僕が納得すればそれで。
「変なヤツ」
「おい、ちょっと話を聞いてくれないか」
 僕と三琴君の会話は先生によって中断させられました。
「大事な話がある」
「え! モデリング部の内部情報を漏らしている人がいるの?」
「しっ、声が大きい」
 モデリング部活動日。また、事典サイズの分厚い本をトートバックに入れている菜音さんと遭遇。学校までの通学がてらに、先日、先生から言われたことを菜音さんに話す三琴君。
「あくまで仮定の話らしいが」
「うーん、女の勘ってやつかなぁ」
 深刻そうな三琴君とは正反対に、菜音さんはのほほんとした様子で聞いています。
 二人に温度差がありますねぇー。
 ちなみに、先生はこう仰ってました。
 “あのアンテナがクレポンのコントロールを補助するものだということは、襲来者は本来知らないはずで、知っているのは茶山陣学園にいるヤツだけだ。あのアンテナで宇宙人たちが唯遊んでいたという訳ではないだろう。恐らく、どこかに内通者が居て、モデリング部の秘密を漏らしている可能性が高い”と
「モデリング部の中に居るっていう可能性は無いの?」
「一応、入部したときに、誓約書を書かされるからな。喋ったらコロスって書いてあるし」
「それは……、すごくストレートだねぇ……」
 三琴君の説明に菜音さんは苦笑します。
 それに、あの異質な集団であるモデリング部に、敵に情報を横流しして利益を得ようとする人がいるとは思えません。
「異質な集団って、俺も含まれているか? もしかして」
 もしかせずとも、含まれているに決まっているじゃないですか。
「俺の何処が異質なんだ」
 ……異様なパンダ愛に決まってるじゃないですか。
「プフッ」
 僕の言葉に、菜音さんが吹き出します。僕、何かおかしいこと言いました?
「あぁ、ごめんね。夏水君の説明が余りにも的確すぎて笑っちゃっただけ」
「菜音も何気に酷くないか」
 噴き出す菜音さんをふくれっ面で見る三琴君。
 そう言えば菜音さん、今日も本を返しに行くのですか?
「うん、図書室の開館日って夏休み中って限られちゃうからさ、読んだら直ぐに返そうと思って」
 確かに、夏休み中って図書室が開いてない時もありますもんね。
 それにしても前に本を返しに行くって言って、まだ五日しか経っていませんけども、それだけの厚さの本を読むだなんて。もしかして、また夜更かしでもしたんじゃないですか?
「ちゃんと、夏水君の言いつけは守っているよ。……最近、早く読む方法を編み出したんだ」
 ほう、そうなんですか。時間を有効的に使っているのは良い事ですね。
「夏休みの目標で、本を三十冊読むっていうのを目標にしてるから頑張るんだー」
「読書もいいが、課題もちゃんとしろよ? 俺と違って普通科所属とは言え、課題の量多いだろ?」
「ふみゃ!」
 三琴君に痛いところを突かれて、ビックリする菜音さん。ちょっと、叫び声が可愛らしかったです。
「そうなんだよねぇ。現国の課題がなかなか消化できなくて」
 はぁ、とため息をつく菜音さんに、三琴君が意外そうな顔をします。
「高校になって現国が苦手になったのか? 中学の頃は、世界史のテストのたびに落ち込んでいたのに」
「世界史は、中学でやったところを反芻するだけだし、本を見たら覚えられるもん。現国はちょっとレベルが上がった感じでちょっと苦戦中なんだ」
「まぁ、言われてみればそうだな」
 確かに世界史は、中学校でやったところがそのまま出題されることもありますからねぇ。重大な出来事とか特に。
 もしかして、現国は“作者の気持ちになって述べよ”みたいな問題が苦手ですか?
「そうなんだよ。作者の気持ちだなんて分からないよーという感じかな」
「まぁ、分からなかったら、俺か夏水に聞けば教えてやるよ」
「え、本当に? ありがとう!」
 三琴君、さらっと僕の名前も加えないで下さい。名誉毀損で訴えますよ。
「別に、名誉を毀損してるわけじゃないだろ?」
 うー……、そうなんですけど、安易に僕を出そうとしないで下さい。僕はあくまで、この物語の語り部なんですから。
「夏水君って、出たがりさんじゃないんだね。意外」
 えっとその、僕が出たがりっていう認識は何処から来たか、ご教授願いたいのですが。
「だって、結構目立っているし」
「だろ? やっぱり、一般人から見ても目立ってるんだよ」
 そ、そんな馬鹿な。僕、こう見えてもお淑やかに振る舞っているつもりなんですけど。
「お前は女子か」
「フフッ。あ、楽しくお話してたら、あっという間に着いちゃったね」
 そうですねぇー。あっという間の通学風景でしたねぇ。
 ふと思ったんですけど、菜音さん。今日は始終嬉しそうにしていましたよねぇ。何かいい事でもあったんですか?
「え、やっぱり夏水君分かる?」
「え、嬉しそうだったのか? 全然気づかなかった」
「えー、三琴君酷いー」
 そうですよ三琴君。女の子の表情の変化に敏感になっておかないと、モテませんよ。
「余計なお世話だ」
「えっとね、すっごく嬉しい報告があったんだー。これから毎日が楽しくなりそうなの。今はまだ言えないんだけど、三琴君たちにもいつか報告するね」
 ほー、嬉しい報告ですか。それはおめでとうございます。是非、聞かせてくださいね。
「嬉しい報告か、良かったな菜音」
「うん。二人ともありがとう。じゃあね」
 菜音さんは元気良く僕達に手を振って、図書室のほうへと掛けていきました。
「さぁて、俺達は部室へと向かうか」
 そうですねぇー。
『――――……』
 ん?
 僕は、誰かに呼ばれたような気がして、後ろを振り返ります。
「夏水、どうしたんだ。いきなり後ろなんか振り返ったりして」
 誰か僕の名前を呼んだような気がしたんで。恐らく気のせいでしょうねぇ。
 あの名前なんて、誰も知らないはずですし。
「あの名前?」
 いえ、こっちの話ですよ。
「なんじゃこりゃ」
 モデリング部室。三琴君と僕が入ると、そこでは、異様な睨み合いが始まっていたのでありました。
 互いが互いの様子を伺う……、そんな緊張感が続いています。
 も、もしや、先生の発言から、誰かが犯人じゃないかと疑っていらっしゃるんですか!
 そんな事はやめてください! 誰かを疑うだなんて、そんなの士気が乱れるに決まってるじゃないですか。
「ん? 語り部君どうしたの?」
 僕の語りを聞いて、山菊先輩がいつも通りの表情に戻り、こっちを見ます。
 いや、皆さんが睨みあっているから、例の情報を漏らした犯人が部内に居るかもしれないって疑っているんじゃないかと思ったのですよ。
「まっさかー。モデリング部にそんなことする奴なんているわけ無いじゃん。もう、何を言ってるのかなぁ、この子は」
 山菊先輩は井戸端会議をする主婦の如く、手の動きを付けながら笑いました。
 では、どうしてにらみ合っている最中なんですか?
「机の上を見たら分かるよー」
 机の上ですか……、山菊先輩にそう言われて僕が机の上を見ると、中央にはトランプの山、各部員の手元には、裏向きにされたトランプが数枚ほど置いてありました。
 これ、ババ抜きの真っ最中ですか?
「ババ抜きだよ。語り部君も参加する? ちょっと、やり方は特殊なんだけどね」
 副部長が部長の手元からカードを一枚拝借し、自分の手元にあるカードを確認。その後、じっと周囲に睨みをきかせます。普通ババ抜きって、手で持ちながらやるもんじゃないでしたっけ?
「それだけ、瞳にカードの柄が反射して見えちゃうことがあるんだよ。だから、机の上に伏せて、取ったときだけカードを確認しているようにしているんだ」
 部長がスッと、手札を確認して再び戻しました。
「ハイレベルなババ抜きすぎるだろ」
 ハイレベル過ぎますねぇ。手に持っていたら目にカードが映るだなんて、気にしたこともありませんでしたよ。
「この方がドキドキ感あっていいだろ? あ、今、部長の目が泳いだ。部長がジョーカーを持ってるね」
「ギクッ」
 宮前兄が部長をいきなり指差すと、部長は目線を逸らして冷や汗を垂らします。
 なるほど。皆さんが睨んでいらっしゃるのは、ジョーカーを誰が持っているのかというのを発見する為なんですね。確かに、ジョーカーがずっと手元にあるとヒヤヒヤしますもんね。
「これも一応、訓練の一環なんだよ。敵の表情を伺って、戦術を変える訓練」
 山菊先輩をそう言いながら、宮前妹の手札のラスト一枚を貰い、手札を確認。どうやらペアが出来たらしく、山札に投げ込み、無事上がることが出来たもよう。
 なるほど、相手の表情で相手の出方を推測して、戦術を変えるのって重要ですもんねぇ。唯のババ抜きだと思って侮ってはいけないわけですね。
「それにしても、カズ君は表情作るの下手だなぁ。カズ君と塩原君は表情分かりやすい部員ナンバーワンだよね。直ぐに顔に出るから楽でいいけど」
「なんっ……、俺は顔に出ないぞ」
 山菊先輩の言葉に、塩原君が否定をします。
「確か、好きな子が居るんだよね」
「にゃ、にゃんでそれを」
 そう言われた塩原君は見る見るうちに顔が赤くなっていくじゃないですか。あ、本当だ。直ぐに顔に出ますね。
「言ってもいいんだけど」
「やめっ、やめろ!」
 塩原君が必死に山菊先輩の口を塞ぎにかかります。塩原くーん、下手したらソレ、婦女暴行にあたるので気をつけてください。
 塩原君があたふたしている間にババ抜きも佳境ですねぇ。
 おっとここで、部長が手札の確認をしてからシャッフルを始めたぞ。場をかく乱させる狙いでしょうか?
「最初に、ジョーカーを遠ざけようとする心理があるから、ジョーカーはそこだね」
 副部長はトントンを部長の手札にある2枚の内、とある1枚を指で叩きます。
「ぎゃっ」
 副部長の推理は正しかったようで、部長の表情が段々と引き攣っておりますねぇ。
「可哀想だけど、勝負には全力で行かないとね」
 そういって、ジョーカーではない札を取り、見事上がれた静流副部長。
 そして、ババが残って撃沈した部長。
「もう、この訓練苦手だよぅ。うわーん」
 部長、机に突っ伏して泣き出してしまわれましたねぇ。
「今度、ラーメン奢ってあげるから一緒に食べに行こう? だから、元気出して?」
 ここで、山菊先輩が好きなシチュの登場だぁ! 慰めるかのように、副部長が優しく部長に問いかけます。
「うん、前に教えてもらった所に行こう」
「そうだね」
 もう、山菊先輩には堪らない光景じゃないでしょうか?
 ……あれ? 山菊先輩の姿が見えませんが。
「あそこで仏の顔をしてるのは違うのか?」
 三琴君が指差す先には、部長・副部長の横で跪き、両手を合わせて拝んでいました。
「嗚呼、尊い」
 その姿はさながら、何かを悟っているようですね。それぐらい神々しくも思えます。
「山吹君も次のラウンドから一緒にするかい?」
 山札をかき回しながら、副部長が三琴君をババ抜きに誘います。
「訓練なら参加しましょうか」
 三琴君がそう言って、椅子に腰掛けました。
『緊急放送をお知らせします。緊急放送をお知らせします』
 え、何ですか、この放送は。台本にないことを勝手にしているのは誰ですか。
 三琴君が座った瞬間に、校内放送から聞いたことの無いアナウンスが流れ、不快感を引き起こしそうなけたたましいサイレンが鳴り響きます。
「おい、夏水。何が起こったんだ」
 僕だって聞きたいですよ。この台本にだって書かれてない事が起こっているのは確かです。それに、あの放送が鳴ってから、台本をいきなり真っ白になったんです。僕もこれからどういう状況になるのかが全く予測することが出来ません。
「語り部君、用無し?」
「用無し! 用無し!」
 宮前兄妹、不穏なことを言わないで下さい。用無しになったら泣きますよ。
 台本無しでも乗り切って見せようじゃないですか。
『地球の皆さん、ご機嫌は如何かな? 我々は、この星でクラップス星人と言われている者だ』
 放送から聞こえたのは、男性の声。
 というか、クラップス星人ですと!!
「お前ら、大丈夫か!」
 先生が部室へ駆け込んで来ます。その顔には一切余裕など感じられません。
「先生、放送が」
「あぁ、聞こえて飛んできた。奴ら、一体何をするつもりなんだ」
『ついに我々は戦闘の準備を整うことが出来た。近々、地球侵略計画を実行に移す』
「な、なんだと」
 三琴君の頬に汗が伝います。
 クラップス星人の計画が実行される。つまりは……、
「科学者が奴らの手に渡ったのか、クソッ」
 先生はドンッと壁を叩きます。
 科学者は捕まった!? そんな馬鹿な、だって彼は……、
『作戦決行日は一週間後。せいぜい、最後の時を楽しんでくれたまえ。我々によって、地球は新しく生まれ変わるのだ』
 そして、校内放送は途切れました。
「ふざけやがって」
 放送が終わって、部員達は皆、伏し目がちになっています。
 本格的な戦いが始まるから、皆不安になっています……よね?
「だね」
 副部長はちょっと辛そうな表情で僕を見ます。
「お前ら、今日はもう帰れ」
 でも、先生。これから、作戦会議とかはしないんですか?
「政府の見解も聞かないといけないからな。恐らくさっきのは、ありとあらゆる電波を乗っ取った放送だったはずだ。政府のお偉いさん方の耳にも入っていることだろう。ということで、詳しいことは明日にならないと伝えられない。今日は大人しく帰って、心を落ち着かせろ。心が乱れたままだと、戦闘にも支障が出るからな」
 確かに、今は心を落ち着かせるのが一番大事なのかも知れません。三琴君、帰りましょう。
「お、おう」
 三琴君は鞄を持ち上げ、部室から出ました。
「もう、何が何やら分からなくなってきたな」
 そうですね、この台本も使い物にならなくなりましたし、僕は一体どうすれば。部室から外へと通じる廊下を抜けると、そこには、菜音さんが待ち構えていました。
「菜音。どうしてここに?」
「そろそろ三琴君が部室から出てきそうだなぁって待ってたんだ」
 先ほどの放送を聴いていないかのように、いつも通りに笑う菜音さん。
「ちょっとね、二人に話があるから、中庭に来てもらえるかな?」
 僕と三琴君は菜音さんに連れられて、中庭へとやってきました。
 中庭に人の気配は無く、三人だけのプライベート空間となっています。
「ところで、話ってなんだ?」
「さっきの放送……聴いた?」
 菜音さんは僕らに背を向けたまま訊ねます。
「あぁ、聴いた」
「攻めてくるって、言ってたね」
「あぁ、言っていたな」
 三琴君に問う菜音さんの声色は怖いほどいつも通り。そんな彼女に、三琴君は訝しげに尋ねます。
「一体、どうしたんだ、菜音」
「三琴君はさ……」
 菜音さんはそう言ってくるりと振り返ります。
「私が、そのクラップス星人の手下だって言ったらどう思う?」
 菜音さんが、不気味なほどの笑顔で僕達に笑いかけます。
 え、ちょっと待って下さい。余りにも突然のことで状況が掴めないのですが。
「どういうことだよ、それは……」
「どういうことって……」
 菜音さんはニッコリと笑います。
「私が倒すべき“敵”ってことだよ? そんなことも分からない?」
 菜音さんはまるで子どもに諭すような声。
「もしそうだとしても、いつから菜音と入れ替わったんだよ! 菜音を返せ」
 そうです。菜音さんが敵サイドだったなんて、未だに信じられません。入れ替わったのなら、さっさと、彼女を解放してください!
「入れ替わったとか返せだなんて心外だなぁ。私は最初から、スパイとして潜り込んだんだよ。この地球を侵略するためにね」
 最初から、一体どうやって。菜音さんにも家族がいるでしょ? まさか、ご家族も仲間!?
「お父さんとお母さんは地球人だよ。ちょっちょっと洗脳してね、私を愛娘として育てて貰ったんだ。二人は子どもが出来にくい体質だったみたいだから丁度良かったの」
 親御さんは、菜音さんがスパイだと知らずに育てたって訳ですが……。
「酷い話だな」
「酷くないよぉ。ゆっくりと侵略のチャンスを伺う為には、小学生くらいが丁度良かったし」
 菜音さんは、悪びれた様子も無くニコニコを笑い続けたまま。
「で、俺達を呼んだのは、侵略の邪魔になったから消そうとでもいうのか?」
 け、消す!? そんなの、困ります。
「大丈夫だよぉ、消さないよ。だって」
 菜音さんは、パチンと指を鳴らします。すると、中庭の周囲をクラップス星人がいきなり取り囲んできたではありませんか。
 うわっ、結構いっぱい居る。クラップス星人は銃器を持っており、コチラに向けて構えています。下手したら撃たれそうです。
「二人は重要な駒だから」
「駒?」
 駒とは一体どういうことですか?
 僕が一歩前に出ると、武器を持った彼らが僕に標準を合わせます。
 いつでも攻撃する準備は整っているということですか。
「君達がクラップス星人を勝利に導く鍵ということだよ」
 勝利に導く……鍵?
「そう、君達の協力無しには我々の勝利はありえない」
「一体どういうことだ」
「そうだなぁ。まずは三琴君が必要な理由でも言おうかなぁ?」
 菜音さんは悪戯っぽく笑って見せます。
「三琴君は、凄く造形の技術力が凄いと思うの。あのモデリング部の中で一番、いや、地球上で一番かもしれない。クレポンとの相性もいいから、最強の武器が作れる。だから、私達の仲間に入って一緒に地球を掌握しよ?」
「断る」
「なんだぁ。つまんないのぉ」
 菜音さんは残念そうに答えます。
「じゃあ次は、夏水君だねぇ」
 僕は唯の一般ですし、造形のスキルもありません。何故、僕を捕らえようとするのですか?
「いつまで一般人の皮を被り続けようとしてるの? 寒いよ、そういうの」
「一般人の皮を被り続ける? 一体何の話を」
 ……っ! 貴女やっぱり気づいていたのですか。
「三琴君は気づいてなかったみたいだけどねぇ。私は全てお見通しだよ」
 これ以上喋らないで下さい! これから先の話は台本の外ですよ!
「嫌。もう、シナリオは崩壊したと同然だもの」
「おい、一体、何のことを」
「夏水君はねぇ……」
 やめろ! お願いだ、やめてくれ!
「皆が必死に探している科学者さん。そして、本来の物語をこんなおチャラけた物語に改変させた張本人」
「え」
 ……三琴君は、僕の顔を見ます。
「ソレは本当か! 夏水」
 ……。
「答えろ、夏水!」
 ……答えたくありません。
「そうだよねぇ。必死に逃げて語り部としてカモフラージュして、三琴君を主人公に勝手に抜擢させて物語を進めていたのに、バレちゃオシマイだよねぇー」
 もう、やめてください。僕は唯の一般人なんです。
「夏水……」
「あらあら、強情な人だねぇ。でも、君は我らに協力して貰わないと困るんだよねぇ。真のクレポンのレシピは君の脳みそに眠っているんだもの。今すぐに、そのデータだけ引っこ抜いてもいいんだよ?」
 やってみるならやってみ……あ。
「思い出したかなぁ? 君の固有結界である、その赤い点線は私には効かないってこと」
 あれも布石だったのですか。
「ご名答。ちょっと試したかったからねぇ。君のその点線は地球人には効くけど、それ以外には何の効果も無い。ただの印にしかない。というとは」
 クラップス星人二人が僕の腕を掴んで拘束します。
「こういうことも可能なんだよ」
「夏水!」
「おっと、動かないで。三琴君も大事な駒なんだから。抵抗したら撃っちゃうよ?」
 菜音さんは夏水君に向かって銃を突きつけます。
「二人とも味方になってほしいけど、どうしても嫌っていうならどちらか片方でもいいよ? 特別にもう片方は見逃してあげる」
 なんか、よくアクション映画にありそうな悪の集団とのやり取りですねぇ。胸糞が悪いです。
「じゃあ、俺がそっちに行けば、夏水は解放してくれるんだな」
「そういうことだね」
 ま、待って下さい。三琴君。君がそっちに行ったら誰がクラップス星人の野望を止めるって言うんですか。
「そりゃ、皆が止めてくれるだろ。だって、俺は地球を救うことなんて出来ない」
 今、そんな謙遜を言うのはやめて下さい。君は救うことが出来るはずなんです。だって、僕が主人公として選んだ人だから!
「夏水、お前」
「認めたね。自分が物語を作った科学者だって」
 そうですよ、僕がその科学者だ。物語に嫌気がさして、逃げたんだ。でも三琴君は違う。君は逃げない。だから、僕は主人公に選んだんだ。君なら、僕の願いを叶えてくれるって!
 君が僕の代わりにそっち側に行くなんてダメです。……ここは、僕が行きます。
「夏水、ダメだ!」
「へぇ。熱い友情ってとこかな?」
 さぁ、連れて行きなさい。その代わり、三琴君は解放しろ。
「片方だけって言うのは、本当は不本意だけど、いいわ。夏水君だけ連れて行くわ。三琴君は解放してあげる。ホラ」
「なっ」
 三琴君が急に倒れたかと思うと、背後にはスタンガンを持っているクラップス星人が。三琴くん! 起きてください。
「大丈夫よ。気絶しているだけ。さ、連れて行きなさい」
 クラップス星人は僕を強引に引っ張って、何処かへと連れて行きます。
 僕は倒れている三琴君を見ているだけしか出来ませんでした。
 ごめんなさい三琴君。僕が君を選んでしまったばかりに……。

#創作大賞2023

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