もでりんぐ!! 八話

〈山吹三琴の場合〉
 アイツらから放たれた言葉は衝撃的だった。
 俺が地球で一番?
 夏水が俺を主人公に選んだ?
 何もかもが、理解できなくて。耳を塞ぎたかった。
 でも、塞げなかった。塞ぐことが出来なかった。
 そんな分からない事ばかりで悩んでいる俺を置いて、アイツらは遠いところへと言ってしまう。
 手を伸ばしても届くことすら叶わない。
「……ん」
 あの時、背中に痛みが走ってからの記憶が無い。ボーっとしたような感覚から察するに、気絶をしていたらしい。
 目から見える景色は白。
 アイツなら、知らない天井ですねぇ……とでも言うのだろうか。
「おう、起きたか」
 俺が顔を向けるとそこには、亀山先生が行儀悪い座り方でコチラを見ていた。
 どうやら俺が起きるまで読書をしていたらしい、手には週刊誌が握られていた。
「先生、ここは?」
「市の中央病院だ。山吹が中庭で倒れているという報告を受けたから救急車を手配した。一応脳波とCTを撮ったが異常は見られなかった。安心しろ。夜には退院できるらしいぞ」
 俺はむくりと起き上がる。すると、腰に痛みが走った。
「……っ」
「ただし、倒れるときに腰を強打したらしいな。打ち身が酷かったぞ」
「そう言うのは……早めに言ってください」
 先生は、スマンと言いつつ頭を掻く。
「丸一日寝ていたわけじゃ……無いみたいですね」
 横においてあった携帯を見ると、まだ今日だった。
 正味、三時間ほど気絶していたということか。
「ところで、中庭で何があったんだ。夏水も居ないし」
「……」
 やはり、話題はその話になった。
 当然といえば当然だ。ずっと、俺の横を金魚のフンのように付いていたアイツが急に居なくなったら、そりゃ誰だってビックリする。
 俺は、真実を言おうか言わないべきか考えていた。
「言えないなら、それでもいいが……」
 今日の先生は、何故か妙に優しかった。
「怖いぐらいに今日は優しいですね」
「考えているときのお前の辛そうな表情を見れば、誰だって聞きたいという気持ちは薄れるんじゃないか?」
 そう言われて、俺は両手で顔を覆う。
 俺、今、そんな酷い顔をしてるのか?
「なんなら、鏡でも用意しようか?」
 先生はニヤリと笑う。もう、俺を慰めたいのか、馬鹿にしたいのかどっちなんだよ。この人は……でも……、
「優しいのか、鬼なのか、どっちなんですか? でも、鏡、お願いします」
 すると、先生は自身の持ってきた鞄から折りたたみミラーを取り出し、俺に差し出してきた。
 俺がソレを受け取り、顔を見る。確かに、酷い顔だった。
「これだけ酷いと逆に笑えてきますね」
「夏水に実況して貰えそうな顔だな」
 その言葉に心がズキンと痛む。
 俺は、はぁ……とため息を一つつき、パチンと頬を両手で叩く。先生に話す決心がついた。
「先生、聞いて貰えますか?」
「おう、聞いてやるよ。何でも言ってみろ」
 先生はそう、どしんと構える。本当に、男みたいな先生だなぁと常々思う。
「中庭でクラップス星人に接触しました。ソイツは、幼馴染の菜音でした」
「あの最初にクラップス星人から追われていたマドンナがクラップス星人だっただと……」
 先生も驚きで目を丸くします。
「恐らく、モデリング部の情報を横流ししたのも菜音だと思います。何回か部室へ出入りしたことありますし、学園の生徒だったら、施設のことも大抵分かるし。それに、……俺が口を滑らせたこともあるし」
 あの時までは、何も知らなかったから。菜音を良き相談相手だと思っていた。だけど、今はそのことを逆手に取られたかと思うと腹が立つ。
「ずっと、菜音として地球に溶け込んで、侵略の機会を伺っていたそうです」
「そうか、化けられるとどうしようもないからな」
 先生は特に深い追求なんかせずに、ただただ聞いていてくれた。
「あと、夏水が……」
 夏水の話題になると急に口が動かなくなる。
 アイツの正体を先生に言っても大丈夫なんだろうか。ずっと隠し続けていた秘密をバラしたら、アイツはどんな顔をしてしまうのだろうか。失望してしまうのだろうか。そんなことを考えたら自然と涙が溢れてきた。
「先生、俺……」
 頭の中がぐちゃぐちゃで整理が出来ない。そして、涙を止めることすら出来ない。
 えぐえぐと泣いている俺を先生がそっと胸元に抱き寄せる。
「泣きたいときは存分に泣け。そうすりゃスッキリする」
 そう言って俺の頭を優しく撫でる。
 その言葉に、俺の涙腺が決壊し、まるで雄たけびかの大声でわんわんと泣く。気が済むまで。
「気が済んだか?」
 十分ほど泣き続けて、疲れ切った俺はようやく涙が止まった。
 先生からティッシュを渡され、それで鼻をかむ。
「なんとか、ご迷惑をおかけしました」
 わんわんと声をあげながら泣いたせいで、声もガラガラというさらに酷い状況になった。
「その状況じゃ、家に帰っても親御さんに心配されるな。目も真っ赤だし」
「あれだけ泣きましたからね」
 目が腫れぼったいような気がする。何処かで冷やしたい気分だ。
「アタシの方から親御さんに連絡を入れておくから、ちょっと晩御飯付き合え」
「もしかして、マスターのところですか?」
「よく知ってるな。あ、夏水から聞いたんだな。山吹は何が食べたいか?」
「カルボナーラとパンダパンケーキ」
「お前本当にパンダが好きだな。源三に伝えておくよ」
 先生は携帯を取り出し、何やら操作をする。恐らく、メールでマスターにリクエストでも送ったのだろう。
「先生、ありがとうございます」
「なんだよ急に。照れくさいじゃないか」
 先生は顔をやや紅潮させながら照れくさそう。
「あと……」
 これだけは言わないとダメだということを、意を決して伝える。
「先生の胸、堅かったです」
「ぶっ飛ばすぞ、テメェ」
 病院を無事に出て、俺は先生に連れられ、喫茶【ミラージュ・イスト】へとやってきた。
 扉を開けて、マスターを見ると、ちょっとギョッとした顔になっていた。
「酷ぇ顔だなぁ、坊主。ボロボロだぞ」
「……えへへ」
 苦笑交じりの俺に、マスターが何やら白いものを俺の顔面目掛けて投げてきた。反射でキャッチすると、それはオシボリだった。
「とりあえず、カウンターに座って顔を拭け。そんな顔じゃ親御さんが心配するだろ」
「うん、ありがと」
 俺はカウンターに座って顔をゴシゴシと拭く。その後、オシボリを顔全体にかけて、上を向く。蒸されているタオルの熱がなんだか体に沁みた気がする。
「あーーーーー」
「お前はオッサンか」
 先生は、顔にかけてあったオシボリを取ってツッコミをいれた。
「お。さっきよりはマシな顔になったな。ほれ、リクエストのカルボナーラだ。パンケーキはこれから焼く。ケンちゃんは、これな」
 マスターはカルボナーラと肉じゃがをそれぞれのカウンターへと置く。
「源三の肉じゃがだなんて久々」
「ちゃんと食べて力つけて貰わないと困るからな。宣戦布告もされたわけだし」
「……」
 俺は黙って手を合わせ、カルボナーラを口へと運んでいく。
「おい、どうした。本当に元気ないな。本当に、脳波とか異常なかったんだろうな?」
 マスターは心配そうな顔で、手を俺の額に当てて熱を測るような動作。
「山吹にも山吹なりの悩み事があるってもんだよ。根掘り葉掘り聞くのは野暮ってもんだろ? なぁ、源三」
「そりゃそうだ。でもよぉ」
 マスターはコーヒーメイカーの方を向き、俺に背を向ける様な感じで語る。
「一人で墓場まで抱え込むよりは、皆で分け合ったほうが、心の負担が軽くなるんじゃねぇか。そんなに話したくない事なのかもしれねぇが。たまには、大人も頼っていいんだぞ。なんせ経験値が違うからな。特に俺達はな」
「確かに、経験値だけは一丁前だな」
 そう言いながら、先生は肉じゃがの“じゃが”の部分を口に運びます。
「お子ちゃまがマネしちゃ駄目なようなこともジャンジャンやったなぁ。若かったなぁー、あの頃は」
「あー、SPの奴らに喧嘩を吹っかけた時のことか。アレは盛り上がったなぁ」
 先生たちはガハハと笑いながら盛り上がっている。どんだけ、ヤンチャなんだよ。この人たちは。
「アタシたちがこんなに過去のことを笑い話に出来るのは、周りに相談できる仲間が居たからだ。夏水のことがもし心配で、一人で抱え込んでいるのなら、アタシと源三も協力してやるよ。アタシたちはそう簡単に潰れたりしない」
「そうだな」
 先生にそう言われて、ちょっと気持ちが軽くなった気がした。
 すると、止まっていた涙がまた流れ始めた。
「ううっ……」
「あー、源三がアタシの教え子泣かせたー! いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに言ってやろー」
「ケンちゃん……」
 先生たちは、ちょっとしたギャグで俺を和ませようとしているみたいだ。
 この二人ならきっと夏水のことを救ってくれるはずだ。だから、言ってもいいよな?
「先生、このことは誰にも口外しないって約束してくれますか?」
「誰にもということは、上にも報告はダメってことだな」
 先生はそういうと、マスターに何やら合図をする。マスターはバックヤードへと向かい、数十秒後に戻ってきた。
「政府から盗聴されていては困るからな。ジャミング装置を発生させておいた」
 この喫茶店、他にどんな機能が備わっているのか気になる。
 その話は置いておいて、本題へと戻す。
「実は、夏水が行方不明だった科学者だったんです」
 その言葉に、コーヒーを飲んでいた先生がむせた。
「ゴホッ……はぁ? あんなに必死こいて探してたのに、あいつがその科学者だったのか?  そりゃ、電話にも出るわけ無いわな。それで、彼は今何処だ」
 俺は目線を逸らす。
「……分かりません。俺の代わりに菜音に連れて行かれて。俺はそのまま気絶されられて……」
「で、気が付いたら病院だったと」
 問いに俺は黙って頷いた。
「ということは、科学者はすでにクラップス星人の手中というわけか。参ったなぁ……。真のレシピとやらが、あっち側に渡った以上。結構キビしいぞ?」
「すいません、俺が夏水の代わりに行っておけば……」
 俺がボソッと呟いたその時、
 バシン
「え?」
 いきなり、頬に痛みが走った。よく見ると、先生が俺の顔を叩いていた。真剣な眼差しで。
「馬鹿も休み休み言え。お前があっち側に行っても、キビしいに決まっているだろうが。誰がお前以上にあのパンダ型クレポンを巧みに操れると思うんだ? 誰も居ないだろ! お前のパンダ愛で作ったクレポン達だろ? あっち側に行ったら、パンダを愛でることだって出来なるんだぞ。だから、簡単に自分を捨てるようなことはするな」
 俺は、熱を発しだした頬をさすりながら先生の言葉を聞いていた。
「すいません、俺、ちょっと自分を見失いかけてました」
 三度涙が頬を伝う。
「分かっていればいいんだ。スマン、ちょっと強く叩きすぎたな。源三、冷たいタオル出してやってくれ」
「はいよ」
 マスターは僕に冷たく濡らしたタオルを差し出してくれた。それを叩かれた部分にあてる。
「奴らの作戦決行日まであと一週間。時間はたっぷりある。夏水を助けるために頑張ろうじゃないか。な?」
「はい!」
 こうして、夏水を救い出す計画が、この三人の中で発足した。
 モデリング部も政府にも秘密の計画。
 夏水。お前を助けられたら、お前が俺を選んだことを感謝してるって伝えるよ。
 次の日。登校途中に毎日聞いていた、煩いくらいの声は全く聞こえない。聞こえるのは街の喧騒だけ。
 まるで、アイツの居場所がすっぽりと抜け落ちたようだった。
 いや、元々、アイツの居場所はココじゃなかった。それが当たり前だったのに、なんだか、あの光景に慣れてしまったみたいだ。
「おっはよー!」
「はよはよー!」
 俺がボーっとしながら歩いていると、後ろから宮前兄妹の突撃を喰らう。
「っつー……」
 昨日の腰の痛みはまだ取れていない。背中に突撃された為、痛みが全身を駆け巡って俺は道端で蹲る。
「どうしたの? お腹でも痛い?」
「拾い食い?」
「違います。昨日、強打したところを攻撃されたからです」
 俺は痛みが走らないようにゆっくりと立ち上がる。すると、宮前妹が辺りをキョロキョロと見回していた。
「あっれぇ? 語り部君は?」
「そういえば、見ないねぇ」
「あー、夏水は……」
 例のことは三人だけの秘密だ。俺は、ここをどうやって切り抜けてやろうかと必死に頭を動かす。
「す、ストライキらしいですよ。ストライキ」
 俺の言葉に首を傾げる宮前兄妹。しまった、逆に怪しまれるような言葉だったろうか。
「兄ちゃん、ストライキってなぁに?」
「賃金の値上げを要求するのに、仕事をしないことだよ」
「なぁるほど、語り部君は、お金が欲しいんだね!」
 宮前兄が宮前妹に説明してあげると、やっと納得してくれた様子。あー、なんだ、ストライキの意味が分からなかっただけなのか。
「で、何時ストライキ終わるのかなぁ? 流石に一週間後には終わるよね?」
 宮前妹の質問に俺は目を背ける。
「いやぁ、アイツは何時終わるか言わなかったので、納得するまでじゃないですかねぇ」
「えー。折角、実況しがいのあることが起きるのに?」
「えーっと……」
 ダメだ、この後に言えるような言葉が思いつかなかった。
 アイツなら、上手くかわしたのかな? そう思うだけで胸が痛んだ。
 昼はモデリング部で活動、夜はマスターの店で三人だけの作戦会議の毎日だった。
「クラップス星人はここらへんを拠点にしているとの報告があったが、残念ながら中に人間が入っていったという報告は無かった」
 マスターは、県内が描かれた地図を取り出してバッテン印をつける。クラップス星人に関する情報があった場所に印を付けているのだ
「結構、目撃情報があるみたいですね」
 ここ二、三日でクラップス星人に関する情報が増えてきた。おかげで地図も真っ黒になりそうな勢いである。
 それだけ、相手方も活動的になっているということだろう。
「あと気になる情報が一つ。自衛隊の基地からクレポンが五百キロほど無くなったらしい」
「五百キロって結構な量ですよね。もしかして……」
「あぁ、クラップス星人がクレポンを使って兵器を作っている可能性がある」
 おれは、戦いがそう簡単なものでは無いという事を実感する。でも、ちょっと待てよ。俺は一つの矛盾点が頭を過ぎる。
「レシピがあればクレポンが作れるはずなんですよね? 何で軍からクレポンを盗んでクレポンを作る必要があるんでしょう?」
 もしかして、真のレシピが相手の手に渡ってないのでは? そんな期待が過ぎったが、
「既存のクレポンに何かを混ぜ合わせるという作戦かもしれないからな」
 先生の一言で、淡い期待が落胆へと変わる。
「はぁ……、こんな俺に助けることなんて出来るのだろうか」
 不安でいっぱいの俺は、次第にやる気さえ失いそうになっていた。
「何弱気になってんだ。助けるって決めたんだろ? ほれ、これでも飲んで元気出せ」
 マスターが差し出したのは、パンダが描かれた立体ラテアートだった。
「パンダぁぁぁあああああ。飲むのが勿体ない……」
「欲しかったらおかわりあるぞ、今は景気づけにグッと飲め」
 マスターは促されるがままにラテアートをグイッと一気飲みした。
 中はどうやらココアだったらしい。甘いチョコの味がした。
「きっと、助けるって気持ちがあれば、山吹の本領も発揮されるはずだ。絶対出来る」
 先生の励ましで、俺はきっと助けられるような気がしてきた。
 そして、運命の日。俺達モデリング部は、茶山陣学園のモデリング部司令室でその時を待っていた。
 俺は、サポートサイドにとりあえず回って、夏水の姿を見つけ次第、外へ駆け出していくという手筈になっていた。その為、監視カメラの映像をくまなく見張っていた。
 きっと、何かしらの交渉材料に夏水を囮にする。それが、俺達三人の見解だった。
〈ウオォォオオオオオーーーーーン〉
 来た。サイレンの合図でクレポンたちが一斉に発射台から放たれていった。
 あちこちでドシンドシンと交戦の音が聞こえる。
「格段に強くなってますね……」
 静流副部長に焦りの声が漏れた。
 やっぱり、真のレシピが相手の手に渡ってしまったのか。だったら、夏水はもしかしたらもう……、
 そんな不安を拭い去りたいが為に、懸命に監視カメラを確認する。
「おい後輩、何をそんなに探してい」
「塩原先輩は黙っててください」
「……はい」
 俺は切り替えスイッチを駆使しながら映像を確認する。すると、
「居た!」
 学園高等部の屋上に、夏水と菜音の姿があった。
 何やら揉めているような感じに見えるのだが、生憎、音声までは届かない。
「先生、俺」
「見つけたか。行って来い」
「ありがとうございます!」
 俺は、最初に作った三叉槍を持って、司令室を出た。
 高等部屋上。そこにはやはり、夏水と菜音が居た。
「夏水!」
「み、三琴君!」
 俺が現れたことに驚きを隠せない夏水。
「予想通り来たね。三琴君」
 菜音はいつも通りの笑顔で笑っていた。
「夏水を返せ」
「返す? 別に三琴君の所有物じゃないよね? それに、彼は三琴君を勝手に主人公にしちゃった悪い人なんだよぉ? 悪い事をする人は……」
 菜音はニヤリと笑うと、片手で夏水の首を絞めて屋上の端へと連れて行く。
「ぐっ……」
 苦しそうにもがく夏水。
「罰を与えないとね」
「夏水!」
「み……こと……く……、わ……です。に……」
 苦しそうに何かを伝える夏水。
「夏水を解放しろ」
「解放してもいいよ? その代わり、分かっているよね?」
 つまり、こっち側へ来いということか。俺は呼吸を整え、口を開く。
「菜音。一つお前に言っておきたいことがある」
「んー? なぁに?」
「俺は……、この話の主人公になってよかったと思っている。例え、夏水が勝手に書き換えた話だとしても」
「は? 何をいきなり言っているの? 三琴君、頭大丈夫?」
 菜音は俺の話を呆れ顔で聞く。
「だから、こんな俺を主人公に選んでくれた夏水に感謝している。夏水を助けたいと思っている。夏水。お前が俺を信じてくれるというなら手を伸ばせ。赤い点線の中で閉じこもってないで、出てこい! お願いだ。お前は、俺の手を掴んでくれるだけでいいんだ」
 そう言って、俺はゆっくりと右手を伸ばす。夏水は、苦しそうにこっちを見るだけだった。
「夏水?」
 どうして、どうして手を差し伸べてくれない?
「あーあ、つまんなぁい。私の目立たない舞台なんて。もう、交渉決裂ね。サヨナラ」
 そう言って菜音は、夏水の首を絞めていた片手を開き、屋上から夏水を落とす。
「夏水!」
 その光景を見た瞬間、俺は同じ様に屋上から飛び降りた。
 夏水を助けるために。

#創作大賞2023

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