もでりんぐ!! 九話

〈夏水聡の場合〉
 さて、何処から語ろうか?
 ソレは僕のたった一つの夢から生まれた。
 “作り手の思いを叶えられる粘土”それが最初のコンセプトだった。
 十五歳の時に、そんな粘土を作るプロジェクトに企業も協賛してくれて、僕は懸命に研究に明け暮れたんだ。
 様々な人の協力のもと、試行錯誤して、やっと形になりつつあった。そんな時に、
「この試作品を是非、政府が拝見してみたいと言ってきてな。いいだろうか?」
 僕のパトロンになってくれている***さんが、ある日報告に来た。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます」
 でも、何故政府が僕の粘土を見たいんだろう? とその時、ふとした疑問が頭を過ぎった。
 思えば、その時、***さんに聞いていた方が良かったのかもしれない。
 政府に僕の粘土をお披露目した後、クレポンとして兵器利用されたのは、案外早かった。
「どういうことですか! アレが兵器利用されるだなんて。僕は聞いていないですよ!」
 そのことをいち早く知った僕は、急いで***さんのもとへと駆け込んだ。
「S、凄いことじゃないか。政府に認められたんだぞ。素晴らしいものだって」
 認められた? 違う。僕が望んでいたのは、こんな展開じゃない。
 クレポンの登場によって、戦いはさらに激化していった。
 でも、アレはまだ試作段階で不十分だった。技術力の強さで武器としての完成度の差が生まれてしまうという欠点があったのだ。
「政府からお達しがあった。この欠点を何とか克服できるように改良できないか?」
「嫌です」
「S。お願いだ、頷いてくれ。私、いや、我が社の運命を左右する重大な案件なんだ」
 スポンサーになってくれた会社は、次第に会社経営の雲行きが怪しくなり始めていた。売り上げの伸び悩みも一つだったが、僕のプロジェクトに対する出費が段々嵩んでいくのが第一の要因だった。
 だから、スポンサー会社は政府にアレをどんどん売り出して、援助費用を貰わないと。最悪、倒産しかねないとさえ思っているのだ。
 なんとしてでも、例の欠陥は直さないといけないという訳だろう。
 僕は、そんな黒いものが見え隠れする現状がとても嫌いだった。
「プロジェクトをここまで支援して貰った貴方にはとても感謝しています。でも、僕は兵器利用されるだなんて思ってもみなかった。このまま兵器として利用されるぐらいなら、プロジェクトから外れます」
「S。言う事を聞いてくれ」
「嫌です」
 ***さんを始め、周囲からプロジェクトから離脱しないでと必死に説得された。でも、皆、僕のことより、アレのことばかり気にするのだ。
 大人たちは、僕のことを夏水聡としては無く、クレポン開発者のSとしてしか見てくれない。僕のことよりアレのことの方が重大事項なんだと気づかされたとき、僕は、置き手紙を出して研究室を出た。
 アレのレシピをその手に抱えて。
「ご機嫌、如何かな?」
 クラップス星人のアジト。僕は、まるで小鳥かのように、籠の中に入れられていた。
 スパイだった彼女がニコニコしながらこっちを見る。
「おかげさまでね」
 僕は、不満を今すぐ爆発させたい気分だったが、下手に暴れると、両手両足を拘束されてしまうので我慢をする。
 というか、さっきまで拘束されていて、解放されたばかりなのだ。
「言いつけを守る子は好きだよ。さて、もう一つ、言いつけを守ってもらわなきゃね?」
「クレポンのレシピなんて持ってないですから」
 僕はそう言って彼女を睨みつける。すると彼女は何を思ったか、針のような鋭い剣を取り出し、僕の太ももに突き刺した。
「ぐっ……」
「どう? これでも言いたくない?」
 彼女はグリグリと刺した所を弄ぶ。痛みで僕は声すら出ない。
「言いたくなったんじゃない?」
 彼女の問いに僕は首を横に振る。すると、2本目が今度はふくらはぎに突き刺さる。
「言わないと、どんどん増えちゃうよ?」
 彼女はキャッキャと笑う。今気づいたが、コイツ、鬼の何者でもない。
「ぐ……だ……」
「あー、ごめんごめん、痛かったら声も出ないよねぇ。今、取ってあげる」
 そう言って、彼女は勢いよく剣を引き抜く。僕は抜かれた時のさらなる痛みでさらに悶絶する。
「さぁ、言ってごらん?」
「レシピ出すよ」
「フフッ、最初からそう言えば良かったのに」
 やっぱコイツ性格悪い!
「レシピを渡す前に、一つ教えてよ。何で僕の正体が分かったの?」
「そんなの簡単なことよ。吐かせただけ」
「吐かせたって、誰に?」
 彼女は僕のその問いを待ってたとばかりに口角を上げる。
「彼に、吐いてもらったの」
 彼女が指を鳴らすと、僕の目の前にあわられたのは、
 絶望したような顔でコチラを見ている、***さんの姿だった。
「!!! そんな……」
「感動のごたいめーん」
 無邪気に彼女が笑う。僕は、***さんの顔から目が放せない。
「特殊な液で固めてるけど、生きてるよ。一応ね。彼に君の本名を聞いたの。全然吐いてくれなかったから、固めちゃった。後から勝手に記憶を覗いて判明したんだけどねー」
 なんて、惨いことを。
「はーい、話したから、レシピをこっちに頂戴な」
「……ついでに要求追加です。この人も解放してください」
「えー、夏水君は我侭だなぁ。でも、いいよ。私、優しいから。彼を解凍室へ連れて行きなさい」
 彼女の一言で手下と見られるクラップス星人が固められた彼を何処かへと連れて行く。
「その約束必ず守ってくださいよ」
「大丈夫。クラップス星人、嘘つかない」
 彼女の言葉がイマイチ信用できないが、微かな望みを信じて、彼女に持っていたレシピを渡した。
 ごめん、三琴君。いつか面と向かって謝りたいのに、それも出来そうにありません。
 三琴君を初めて見たのは、僕が研究室を飛び出してから半年後でした。
 半年間の間は、僕を血眼で捜している連中が多すぎて、なかなか外出もままならない状態でしたが、人の噂もなんとやら、半年も経つと政府から雇われた捜索人の姿も見なくなりました。
 代わりに始まったのが、茶山陣学園で実験的に始まった【モデリングプロジェクト】。造形の技術が高い少年少女を寄せ集めて、武器を作らせて戦うというものでした。まぁ、大人が考えそうなことだなと当時の僕は思っていた。
 どんなものなのか、多少の好奇心で茶山陣学園へ侵入して中の様子を見ていたときでした。
「だーかーら、俺は入らねぇって言ってるだろ!」
 校庭で大人三人相手に喧嘩腰の少年の姿がありました。
 高等部の制服ではなかったので、恐らく中学生だろうと考えていました。
「山吹君、君は大変優秀な成績だ。その技術力でこの町を守れるんだぞ」
 大人たちはどうやら政府から雇われた、プロジェクトのスカウトマンのようでした。
「凄いと思わないか? 君の力はヒーローになれるんだぞ」
「ヒーロー? 興味ない。俺はパンダという伴侶がいるんだ」
 少年の言葉に、大人たちは言葉に詰まります。こ、こんな電波な少年が居ただなんて、当時の僕には衝撃的でした。
 今、三琴君に白状すると殴られそうですが。
 とにかく、そんな電波な少年が去り際に言い放った言葉に、僕は心が揺らいだのです。
「そもそも、造形ってさ、作って、見て、楽しむものだろ? ソレを兵器として利用するなんて、大人ってどうかしてるよ」
 そう言って三琴君は去っていったのです。
 僕の言いたくても言えなかった言葉を、あの少年は言ってくれた。それだけで、僕の心はなんだか晴れやかになっていました。
 そんな時、僕の脳裏にある計画が立ち上がったのです。
 この少年を主人公に仕立て上げて、僕の理想の物語を作ろうと……。
 僕が囚われて一週間。つまり、クラップス星人の計画実行の日。
 あれから、結局***さんの消息も分からず、伏し目がちな日々が続きました。
 あの性悪女は、レシピを渡してから姿を全く見せなかったのですが、
「ハロー。今日は絶好の侵略日和だね!」
 今日、久々に姿を見せてきました。声も聞きたくなかったのに。
「僕を処分でもしに来たのか?」
「まだまだ君には利用価値があるもの。だから、まだ殺さない」
 “まだ”ということは、いつかは殺されるのだろう。
 この性悪女の手によって。
「今日は折角だし、檻から出て高みの見物といかない?」
 そう言って彼女は檻の鍵を開けた。
「間近で侵略光景を見ろっていうことですか。ますます性質が悪いですね」
「えー、最期の瞬間は見せてあげようっていう優しさだよ。私なりのね」
 ニッコリと笑う彼女に怒りしか出てきません。
「で、僕を何処に連れて行こうというのですか?」
「茶山陣学園高等部」
「……どうして其処なんですか」
「それは行ったら分かるよ」
 そう言って、彼女は持っているスマホらしき端末を操作すると、瞬く間に高等部校舎の屋上へと移動しました。
「どう? クラップス星人の技術力を持ってすれば、これくらい簡単なんだから。そして、下を見てご覧?」
 彼女に促されて僕は屋上から下を見ます。すると、クレポンを巧みに操るクラップス星人とその周囲には倒れている軍人さん達。まるで地獄絵図のよう。
 モデリング部の部員さんたちも圧され気味で、なかなか厳しい戦闘を強いられているようです。
「君から貰ったレシピどおりに作った強化型クレポンの実力は如何かしら? 強すぎて、地球人なんて屁でもないわ。これも全て君のおかげよ。君は、これだけの破壊力をもつ兵器を作り出した」
「やめてくれ……」
 彼女の言葉が僕の心をゴリゴリと抉る。
 もう、やめてくれ。僕は唯、夢をかなえるモノを作りたかっただけなんだ。
「夏水!」
 僕の心が磨耗していく最中、三琴君の声が聞こえたような気がして、僕は振り返ると、そこには三叉槍を持った三琴君が立っていた。
「み、三琴君!」
 僕は驚きで目を見開いた。
 なんで、君がこんな所にいるんだ。
「予想通り来たね。三琴君」
 彼女はいつも通りの笑顔で三琴君を迎える。
 もしかして、三琴君を手中に収めるために僕をここに連れてきたのか?
「夏水を返せ」
「返す? 別に三琴君の所有物じゃないよね? それに、彼は三琴君を勝手に主人公にしちゃった悪い人なんだよぉ? 悪い事をする人は……」
 彼女はいきなり、僕の首を片手で掴み、グッと締めてきた。
「ぐっ……」
 気管を確実に締め付けてきて息が出来なくてもがく僕を屋上の端へと運ぶ。チラッと下を見ると足は宙に浮いていた。
「罰を与えないとね」
「夏水!」
 彼女は巧みに三琴君をそちら側と誘導する気だ。罠なんです、逃げて、三琴君。
「み……こと……く……、わ……です。に……」
 気道をふさがれて上手く言葉がつむげない。
「夏水を解放しろ」
「解放してもいいよ? その代わり、分かっているよね?」
 やはり、この性悪女は性質が悪すぎる。三琴君、僕のことなんていいんです。逃げてください。
 でも、彼は逃げたりしなかった。
「菜音。一つお前に言っておきたいことがある」
「んー? なぁに?」
「俺は……、この話の主人公になってよかったと思っている。例え、夏水が勝手に書き換えた話だとしても」
 え?
「は? 何をいきなり言っているの? 三琴君、頭大丈夫?」
 彼女は呆れたような声で返す。
「だから、こんな俺を主人公に選んでくれた夏水に感謝している。夏水を助けたいと思っている。夏水。お前が俺を信じてくれるというなら手を伸ばせ。赤い点線の中で閉じこもってないで、出てこい! お願いだ。お前は、俺の手を掴んでくれるだけでいいんだ」
 三琴君はそう言ってゆっくりと手を差し伸べてくれた。逃げて、殻に閉じ篭った僕を、何も疑わず助けてくれようとしてくれている。でも……、
「夏水?」
 ごめんなさい。僕は君の手を取ることは出来ない。それだけ、僕は悪いことをしてしまったのだから。
「あーあ、つまんなぁい。私の目立たない舞台なんて。もう、交渉決裂ね。サヨナラ」
 彼女はそう言って、絞めていた手を解きます。
 僕は重力に引き込まれ、落下していく。
「夏水!」
 三琴君、これで良かったんです。こんな恐ろしい兵器を生み出してしまった僕は消えたほうが平和になるんです。
 僕は居ても居なくても良かった存在。そういう位置づけだったのです。
 でも、そんな僕を三琴君は赦してくれた。
 それだけで、僕は、幸せでした。

#創作大賞2023

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