もでりんぐ! 一話

 地球外生命体。通称、宇宙人が地球侵略をしてくるなんて映画や小説などのフィクションだと思っていたのは今や昔……。僕たちの住んでいる地球は、今となっては宇宙人たちの格好の標的となっているのであります。
 嗚呼、昔は良かった。対宇宙人防衛法案なんて議員が議会に提出しようものなら、メディアが珍しがって取材してテレビで面白可笑しく放送していたものでした。
 だが、しぃかぁしぃ! 現代では、対地球外生命の防衛問題が世界の重要課題となっていて、欧州各国では数千兆という莫大な予算まで決められていたりしちゃうのです。それほど、宇宙人による侵略の魔の手がそこまで迫りつつあります。日本も防衛策を講じることが急務となっています。
 というか、ぶっちゃけ攻めて来ちゃった! 防衛法案が議会を通る前に攻めてくるなんて早すぎるだろうコノヤロウという、良くあるようなダメ展開。
 あまりにも展開が速すぎて、焦った政府は急いで対策室を設置し、攻められている地域に自衛隊を派遣しましたが、宇宙人の攻撃がこれまた強い。結構な被害が出ちゃって、それにより政府への不平不満がドンドン積もってしまい、さぁ大変。
 そんなブーイングを浴びる中、政府が打ち出した苦肉の策が、自動兵器を考案してそれで宇宙人に挑んでいくというものでした。
 そして、その自動兵器として選ばれたのが、なんと粘土! コレには、何処かのお偉いさんがノリで『粘土で戦えばいいんじゃね?』と言った策が採用されたという噂ですが、真相は分かりません。
 でも深くは考えてはいけません。でないと、この物語が全く進まないので。ツッコミをしたら負けなのです!
 政府は、すぐに全国の粘土業者に製作を依頼しました。無理難題なこの依頼に名乗りを上げた粘土業者はたった一社。
 そんな難問に立候補した粘土業者は、なんと一ヶ月というスピードで対宇宙人用モデリング粘土兵器【CL―PON】(通称:クレポン)が完成することに成功。すげぇぜ、日本の企業。やる時はやるのです、本当に。
 このクレポン。凄いところは、付属のリモコン一つでどんな動きでも製作者の思い通りに動かせること。あと、粘土なので、好きなサイズで作れることが出来きちゃうスグレモノ。
 その気になれば、口から光線だって発射出来ちゃうのです。その気になればね。
 そんなクレポンで大量に兵器を作り、いざ宇宙人との戦いに挑んでは見たものの、突貫工事で作った雑な作りのものでは、とてもじゃないけど太刀打ち出来なかったのです。
 実はこのクレポン、造形が丁寧で綺麗なほど動きが軽く、強さが格段にアップするという専らの噂。
 しかし、その噂が本当かどうかを、政府が業者に問い合わせることは出来ませんでした。
 なぜならば! クレポンの生みの親である科学者の突然の失踪。一体、どうしてこうなってしまったのか、真相は闇の中だったりするのであります。
 技術者が失踪して、真偽が分からないこの噂を実証するべく、とあるプロジェクトが発足されたのでありました。
 そのプロジェクトの実行に抜擢されたのが、茶山陣町(さざんじんまち)というなんの変哲の無い町だったのです。
 茶山陣町とは、西日本の何処かの県にある、住民規模は中の下ほどの長閑な町。昔は海だったところを干拓し、町として形成。町の中に大きい紡績工場があって、それにより茶山陣町は発展していきました。
 名物は鬼。その鬼を観光の目玉として鍋物とかまんじゅうとか作っています。
 この物語はそんな茶山陣町が舞台なのである!
 そして、この物語の主人公というのが……、
「おい」
 おやぁ? 噂をすれば何とやらですね。ダークブラウンのサラサラ髪をポニーテールで纏めるという、男子学生に有るまじき校則違反を平然とやってのける君は、もしかして我らが待望の主人公、山吹三琴(やまぶきみこと)君ではありませんか!
 今日も、着て一ヶ月も経っていない茶山陣学園高等部の男子制服が輝いて見えますねぇ。時間的に今は学校へ向かっている途中というところですかね。
 いやはや、学校指定鞄をリュックサックのように肩にかけて歩いているなんて、本当にいまどきの高校生そのものですよねぇ。羨ましい限りです。
「俺についてはどうでもいいだろ? それと、前置きというか説明が長すぎる。なんだよ『地球外生命体。通称、宇宙人が地球侵略をしてくるなんて映画や小説などのフィクションだと思っていたのは今や昔』って、どんな書き出しから始まっているんだと問いただしてやりたい気分だ」
 うんうん、そこは同感でありますが、如何せん、そう書かれているのは仕方ないのです。はい。僕がどうすることも出来ませんので、そこはご了承ください。
「まぁ、前書きがこういう仕様というということにしておいてだ、いちいち説明してくるお前は誰だよ?」
 おー、そこにツッコミをしちゃいますかー。的確なツッコミをするとは流石三琴君!
 ご説明が遅れましたが、僕の名前は夏水聡(なつみずそう)。この物語で語り部兼ボケツッコミ担当を仰せつかりました。
「ほぅ。それは随分と忙しいんだな」
 歳はぁ、三琴っちと同じでピチピチの高校一年生でぇす。チャームポイントは黒ぶち眼鏡と無造作な黒髪でぇす。以後よろしこ!
 という設定らしいので、以後お見知りおきを……。
『ドサッ』
 嗚呼、僕の何気ない一言で三琴君が道に倒れてしまわれました。語り部の性分として、この状況は実況しないといけないじゃないですか!
 ではさっそく……、
「いや、いい。実況しなくていいから。どうしても実況しないといけないというのなら、お前、夏水の自己紹介のカオス具合でこけたとだけ言えばいいから」
 そう言って三琴君はゆっくりと起き上がって立ち上がり、ズボンの汚れを叩きます。
 僕の役回りをちゃんと認識して頂いてありがとうございます。しかも、僕の名前も早速おぼえてくれたようで、感動のあまり涙がでます。
「泣かなくていい。寧ろ迷惑だから泣くな。夏水も高校生なら学校に行かなくていいのか? あと今気づいたのだが、俺とお前の間を隔てているこの線は一体なんだ?」
 三琴君はそう言って、僕の前にある白い線を指差します。
 さて、三琴君の質問にお答えしますと、僕は所詮語り部ですから、高校生活がどうだとか僕の私情は気になさらないで下さい。僕の私情まで語ってしまうと、唯でさえ設定をあまり考えない作者の頭がパンクしてしまいます。湯気が出てしまうくらいに。
 言っておきますが、作者のことが別に嫌いなわけじゃありませんよ。少ない脳細胞をフルに活用してこの話を書いている作者には感服します。
「そこまで聞いて理解した。夏水、お前作者が嫌いだろ」
 そこら辺のツッコミは置いておきまして、僕と三琴君の間を隔てている線はですね。説明するのが難しいのですが、簡単に言いますと、モニターの外と中の境界線と言っておきましょうか?
 語り部と登場人物の双方は、この線から互いに干渉することが出来ないんですよ。言わば、二次元のキャラクター自ら、モニターの外へと出ることは出来ないし、三次元から二次元に入ることが出来ないのと同じ原理です。
「ふぅん。ま、俺は二次元に興味がないからイマイチ実感できないけどな」
 実感できないのでしたら、体験してみます? さぁ、三琴君。僕の胸に向かって飛び込んできてください。受け止めて見せますので。まぁ、飛び込んで来られるものなら、なんですけどね。
「体験したいのは山々なのだが……おっと、こんな時間か。俺は学校に急ぐから、ここらでさらばだ!」
 両手を広げる僕のことは無視をして、三琴君は時計を見ました。どうやら三琴君は時間に追われているらしく、僕に別れを告げて、ご自身のポニーテールを揺らしながら学校へ向けて走り去ってしまいました。
***
 私立茶山陣学園。茶山陣町にある、幼稚部から大学まである国内最大級の広さで有名な学校、三琴君が通う学校です。
 茶山陣町で暮らす人たちはもちろん、寮も完備しているので他県からの生徒も受け入れています。
 三琴君の通う高等部には、どこの高校にもある普通科を初め、絵画専門第一美術科、造形専門第二美術科という変わった学科もあり、さらに、入学試験で高得点を叩き出した生徒や能力が著しく高い生徒のみが集まる特進SPクラスがあります。
「よぉ、山吹。時間ギリギリに登校とは、お前にしては度胸あるじゃねぇか」
 茶山陣学園の正門、ダッシュで登校する三琴君の前に竹刀を持って口にはアタリメを加えた黒髪の女性が立ちはだかります。
 あの姿は確か、第二美術科教師の亀山三剣(かめやまみつるぎ)先生じゃないですか。
「亀山先生、退いて下さい。授業に遅刻してしまうので」
 三琴君は先生に睨むように見つめます。
「退けないって言ったら?」
 亀山先生はそんな三琴君の睨みなんて屁とも思っていない様子で、ドヤ顔で三琴君を見ます。
 おぉっと、こんなところで戦いの火蓋が切って落とされるのか!
「アタシに戦いを挑もうなんて百万年早いんだよ!」
 先生はそう言って、三琴君の襟首を目に見えないスピードで掴み、ズリズリと三琴君を学園の中へと引き摺りながら連れて行きます。
「ちょっ。何処へ連れて行く気ですか!」
 三琴君は解放されたくて暴れますが、いくら暴れても襟首を掴んでいる先生の手はびくともしません。
「何処って、分かっているじゃないか。モデリング部だよ」
「まだ、俺は正式に入るとは言ってない!」
「何を言っている。期待のホープ君は強制入部が定説だろ?」
 そう言う亀山先生の表情はゲズここに極まれりな顔。
「そ、そんなの横暴だ!」
 三琴君はそう叫んで、亀山先生と一緒に校舎の奥へと消えていきました。
***
 さて、どうして三琴君がこんなことになったのか、語り部の僕としては説明しなければなりません。
 三琴君は学園の中等部時代、美術部に所属しており、彫刻や粘土でオブジェを主に作っていたのです。その作品が県の作品展に出品されていたり、それはそれは、結構な良い成績を収めていました。
 そんな人材を国が見過ごすわけがありません。
 三琴君が高等部に入学して直ぐ、プロジェクトチームが総動員で三琴君のスカウトにかかりましたが、三琴君はことごとくそのスカウトを断ります。
 そんなスカウトを断り続けたある日、先ほどの亀山先生が三琴君をモデリング部へと勧誘したのです。別名、拉致と言う名の勧誘ですが。
 そして、仮入部という形で亀山先生が三琴君に用事がある時だけ彼を強引に連れて行く生活が始まったのでありました。
 高等部にある隠し通路を通ると見えてくる地下施設。そこはモデリング部と政府のプロジェクトチームが管理している、秘密施設なのであーる。
 ぶっちゃけ、モデリング部の部室なんですけどね。
「おーい。皆の衆、山吹連れてきたぞー」
 部室の扉が勢いよく開き、三琴君を引き摺ったまま亀山先生が入ってきます。
「あ、来た来た」
「来た来たね」
 部室のど真ん中にある机に仲良く座っている顔の良く似た二人が、ケラケラと笑いながら、三琴君を指差します。
 この二人の名前は、宮前桔梗(みやまえききょう)君と宮前花梨(みやまえかりん)さんの双子の兄妹。高等部の二年生で三琴君の先輩に当たります。
 双子の兄である桔梗君は普通科、花梨さんは第二美術科所属でいつもは個々に勉学に励んでいますが、モデリング部の時は二人で結託して、ここぞとばかり暴れまわるのが趣味な悪ガ……、失礼、遊び盛りの兄妹さんです。
「先生、毎回強引過ぎるんですよ。だから山吹君も嫌がるのです」
「うっせぇ、黙れパシリ」
「ヒィッ」
 先生にドスの効いた声を聞かされて震え上がっているのは、モデリング部の部長で第二美術科首席という頭の良さで有名な、楓原忠和(かえはらただかず)君、高等部三年生です。
 頭の良さは誇れるところなんですが、悲しき運命かな、亀山先生のパシリとして良い様に使われているのです。なので、部長の威厳が全くありません。そう、全く。
「お茶美味しいねぇ」
「じゃあ、茶菓子程度の私の萌え話聞いちゃう?」
 そんな震え上がっている部長を余所に、お茶を飲みながらホッコリしている二人が、清流海斗(せいりゅうかいと)君と山菊沙蓮(やまぎくしゃれん)さん。清流君が第二美術科、山菊さんが第一美術科のそれぞれ三年生です。
 清流君は第二美術科の次席で、楓原君とはライバル関係にあるかと思いきや、清流君曰く、『テストの点数が離れすぎているから、競うにしても無理』とのことで、楓原君と清流君は大が付くほどの仲良しさん。二人で良くラーメンを食べに行く仲だそうです。
 そんな仲良しな二人を邪な目で見ているのが、山菊さん。第一美術科の首席で著名なコンペにも多数出品していて、賞を総なめしているとメディアでも有名なんですが、彼女は俗に言う“腐女子”さんで、第二美術科三年生の仲良しコンビを妄想の餌食にしていることが多く、いつも二人の絡みをニヤニヤと見つめています。
「そこの語り部さんとルーキー君の掛け合いも妄想してもいいんだよ?」
 そうニッコリと笑う彼女に僕は血の気が引いていくのが分かります。
 いや、僕、唯の平凡な語り部ですし、そういうのは是非とも遠慮したいと思いますが。
「あら、それは残念。でも、勝手に妄想しておくからね」
 ヒィッ。や、止めてください。
 気を取り直して、これでモデリング部全員集合というところですかね?
「ちょっとまった! 俺を忘れちゃ困るぜ」
 僕が紹介を締めようとした途端、宮前兄妹が居た机の下からいきなり男子学生が飛び出してきました。はて、こんな人居ましたっけ?
「えっ。居るだろ。俺だって、モデリング部の一員なんだから!」
「塩原、お前まだ居たのか」
 亀山先生はそう言いながら三琴君をブンっと放り投げました。三琴君は『ミギュ』と蛙が潰れたような音を出して床に倒れこみました。
 それにしても塩原……、何処かで見たことのある響きですねぇ。あ、そういえば台本の注釈に載っていましたね。塩原健人(しおばらけんと)君。
「俺、注釈扱いなのか!」
 小さく名前が書かれていて気づきませんでしたよ。良かったですね、台本を良く読み込むことに定評のある僕が語り部で。
 さて、塩原君は宮前兄妹と同じ高等部二年生で、宮前兄と一緒のクラスの普通科。桔梗君に相当の対抗心を燃やしているようですが、桔梗君はそれには全く興味が無いみたいですね。
「桔梗! そうなのか」
 塩原君の呼びかけに一切応じることの無い桔梗君。
「シカトかよ! フフフ……、そんな反応するとは流石我がライバルだな」
 温度差って怖いですねぇ。しかも、それにもめげない塩原君も相当なドMと思いますが。
 対抗心を燃やした塩原君は、桔梗君がモデリング部へスカウトされたと聞いて、勝手にモデリング部への入部届けを提出したのですが、入部試験でなんと、亀山先生から戦力外通告を受けてしまったのです。理由は簡単、あまりにも不器用で良く分からない謎の物体を量産してしまうから。
 しかし、そこでめげない彼はモデリング部へ居座り続け、仕方なく現在はサポート役という役回りを貰っているようです。
「俺のサポート無しではこの部は回らないからな」
 いや、十分回っていると思いますが、そこのツッコミはしないでおきましょう。
「ところで、俺はいつまでこうしないといけないんだ」
 床の方から声がすると思ったら、そういえば三琴君が倒れたままでしたね。というか、僕の紹介が終わるまで倒れていたままだなんて、語り部思いの主人公で僕の涙腺が大決壊しそうです。ヨヨヨ……。
「だから泣くなって。ところで亀山先生、俺をここに連れ込んだ理由を教えてください」
「そんなの、決まっているだろ? 正式に入部してもらおうかと思ってな。ここにいる部員全員が証人だ」
 三琴君に入部届けを突き出す亀山先生。三琴君はその入部届けを乱暴に取り、くしゃくしゃと丸めて、塩原君の方向に向かって投げます。
「なんで、俺に投げるんだよ!」
「単にムカついたから」
 しれっと言う三琴君をぐぎぎと音を漏らしながら睨みつける塩原君。
「何度も言うようだけど、俺は世界を救うような性格じゃない。それに、俺はパンダと余生を送りたいんだ! その野望の前に死んでたまるか」
 三琴君は、高らかにそう叫びます。
「いや、パンダと余生を送るのは無理じゃないかなぁ。一応絶滅危惧種だし。それに、実際に山吹君が戦うわけじゃないんだよ。山吹君はクレポンで作って遠隔で操縦するだけだから、地球が滅びない限り安全だし」
 ここで、楓原君の冷静なツッコミが飛び出します。
「先輩は俺が中学時代何を作っていたか知らないからそんなことが言えるんです。コレを見てください!」
 三琴君はそう言って、自分のスマートフォンの画面を見せ付けます。
 そこには色とりどりのパンダのオブジェが。
「この子達を良く分からない地球外生命体に戦わせる。そう、先輩は惨いことを言うのですか!」
 三琴君は涙混じりに部長に訴えます。
「うっ……、そんな涙目に言われると、僕弱いんだよなぁ」
 楓原部長も三琴君に釣られて泣き始めます。
「よしよし、忠和泣かないの」
 そんな泣き始めた部長を副部長である清流君が頭を撫でて慰めます。その光景を鼻血を噴き出しながら震えている山菊女史。
「おぉぅ。素晴らしいシーンが拝めた。ルーキーグッジョブ!」
 そう親指を立てているところは見なかったことにしましょう。大事な何かを無くしそうです。
 それより、三琴君のパンダ好きは相当ですねぇ。
「そうだ。世の中、俺とジャイアントパンダとレッサーパンダ以外滅べばいいと思うくらいパンダが好きだ」
 三琴君、それかなり横暴ですよ。それにジャイアントパンダは雑食なので、一応少々たんぱく質のある生き物が居ないと、三琴君も食べられてしまいますよ。がぶっと。
「いやいや、問題はそこじゃないだろ!」
 塩っぽい人が何か言った気がしますが、放置しておきましょう。
 そもそもパンダがそんなに好きならパンダ以外を作ればいいのでは?
「あっ」
 僕の一言で部室全体が静寂に包まれました。えっ、僕、何か悪いことでも言いましたか?
「チッ……、余計なことを言いやがって」
 三琴君が僕に向かって舌打ちをして、そっぽを向きます。
「そこの語り部、良くそこに気づいてくれた。感謝するぞ。おっと、そういえばこの線から先には干渉出来ないんだったな」
 一方の亀山先生はニヤリと笑って、僕にガッツポーズをしました。
 これは良い事をしたのか、悪い事をしたのかいよいよ分からなくなってきました。
「ということで、山吹。今日は、入部届けを書くまでこの部室から出さないからな」
「そんなの、体罰だー!」
「体罰だー」
「そーだそーだ」
 三琴君の真似をして、宮前兄妹も先生に抗議をするフリをします。
「ハッハッハ、政府から雇われたこのアタシに学校サイドの懲戒処分なんて怖くないのだよ」
 そんなこと気にもせず、先生はそう言って高笑いするのであった。
 そうなのです。この亀山先生、茶山陣学園高等部第二美術科教師とは仮の姿。しかして、その実態は、防衛省から派遣されたプロジェクトのサポートエージェントなのであーる。
「さぁ、山吹、覚悟しな」
 亀山先生はそう言って、入部届け(二枚目)をもって三琴君に近づきます。
 ジリジリと近づいていく先生、それから逃げようと三琴君も後ろに下がっていきます。
 数秒後、三琴君の背中がコツンと部室のドアに当たり、もう後ろには下がれない状況。絶体絶命のピンチです。
「さぁ、山吹。もう逃げられないぞ」
 先生はそう言って三琴君に飛びかかります。
「俺は、パンダと添い遂げられるならどんな手段も使うんですよ!」
 三琴君はその刹那、すくっと立ち上がってドアノブに手をかけ、ドアを開けて部室から逃亡しました。
「あっ、逃げられた」
 パタパタと三琴君が走る音だけが木霊する部室で、亀山先生は悔しそうに入部届けをクシャクシャと丸めて、塩原君に向かって投げつけます。
「だから、何で俺に向かって投げるんだよ!」
「単にムカついたからに決まっているだろ!」
 さっきも見たような光景が繰り広げる中、先生はズボンのポケットからシガレットケースを取り出し、煙草らしきものを取り出して口に加えます。
 ちょっと、先生。生徒のいる目の前で煙草を吸うのは如何なものかと。
「未成年の前で本物を吸うわけ無いだろ? 良く見ろ、チョコレートだ」
 先生は僕に口に加えていたものを見せます。ほぅ、本当に良く見ればチョコレートですねぇ。流石、腐っていても教師。そういう生徒思いの配慮は欠かせないんですねぇ。
「この線が無ければ、今すぐお前に教育的指導をしてあげられるのだがな」
 亀山先生は指をボキボキ鳴らしながら言っていますが、もしかして、僕に対して何かしら怒っていますかねぇ?
 おぉう、先生から凄い負のオーラを感じます、というか向けられている殺意が痛いです。グサグサと刺さるこの感じ、まさに、僕を仕留めようとするハイエナのような感じです。
 ここは逃げるが勝ちですかね。
 あー、そろそろ三琴君が教室に着く頃ですかねぇ。僕、三琴君の様子を語らないといけないという重要な任務があるので、この辺で失礼しなければなりません。嗚呼、残念です。まだまだこの部室で行われるであろう出来事を語りたかったんですが、僕の体は一つしかないので、三琴君の方を優先しますね。本当に残念です。
 僕はそう告げてダッシュで三琴君の下へと走ります。
「棒読みバレてるぞ」
 先生がそんなことを言っても僕は気にしません。僕は、役割を全うするだけなのです。
***
「はぁ、やっと抜け出せた」
 三琴君はぜぇぜぇと息切れをしながら、自分の教室である特進SPクラス、略して特Sクラスに辿り着きました。
 なんと、三琴君は文武両道の才能溢れる特別な生徒だったのです!
 パンダに対する歪んだ愛情が玉に瑕ですけど。
「歪んだとは失礼な。というか、よく追いついたな。部室から此処まで結構あるのに」
 そこらへんは演劇でよくある唯の場面展開と考えて頂ければいいですかね。三琴君はダッシュで結構な距離を走ったかもしれませんが、物語の外にいる僕はパッと場面が変わっただけなので。
「そっちの方が便利じゃねぇか。まぁいいか」
 そう言って三琴君は特Sクラスの扉を開けました。
「あー、朝から疲れた」
 髪をボサボサにしてゲッソリとした様子の三琴君は自分の机の横に鞄を掛けるや否や、机にグッタリとうつ伏せになります。
「みこちゃんおはよう。とは言っても、もう三限が始まりそうなんだけど」
 三琴君の前の席に座っている男子生徒が、三琴君の旋毛を人差し指でツンツンと突きながら話しかけます。
 三琴君にスキンシップをしている彼の名前は、新咲渉(にいざきわたる)君。三琴君と同じ特Sクラス在籍で、三琴君とは幼稚部からの付き合いという大の仲良しさんでございます。
 その証拠に、三琴君のことを『みこちゃん』と、クラスの誰一人、この僕でさえも恐ろしくて呼べない愛称で呼んでおります。
「渉。俺のこといい加減、みこちゃんって呼ぶのを止めろと言っているだろ? 小学生の時までならまだしも、高校生男子にその呼び方はイタいぞ」
「いいじゃん、呼びやすいし。この方が愛嬌あっていいだろ? みこちゃんが女の子なら間違いなく俺のストライクゾーンだな。髪の長い女の子大好きなんだぁ」
「は? さらっと何言ってるの? 俺がもし女だったとしても、お前とは出会いたくもないし、付き合わない。あと、お前の好物なんて知るか」
 三琴君の氷のような一撃が渉少年にジャストミート! 恐らく、七コンボくらい攻撃食らいましたね。痛そう。
「ひっどー。俺みたいな運動神経も良くて、且つ、成績優秀でイケメンな男って人生の中でなかなか出会わないと思うぜ? 機会を逃すと今生逢えないぞ」
 渉少年はそういって三琴君に向けてウインクをします。ゾクッと寒気をするほどの殺傷能力です。
「そんなことより、例のブツは持ってきたかね? 俺の子猫ちゃん」
 渉少年は、前髪をふぁさっとかき上げ、三琴君に向けて手を差し伸べました。どうやら何かを要求しているようですね。
「何が成績優秀でイケメンだ。成績優秀者が他人の宿題を写させてくれとは頼まないぞ、普通は。ほれよ、昨日の生物の宿題と数学のワークだ。有難く受け取ることだな」
 三琴君が出したのは、高校数学Aのワークと右下にシルクハットを被っているパンダが描かれているノート。その表紙には生物と書かれてあります。
 どうやら生物の授業ノートのようです
「そんなツッコミはノーサンキューさ。でも、この宿題は俺のトレスの匠と称されるレベルの模写技術で有難く写させてもらおうじゃないか。持つべき者は“友”とかいて優秀な助手だよね。ねぇ、みこちゃん」
 渉少年は三琴君に無邪気な笑顔を振りまきます。一方の三琴君からは禍々しい殺気。こっ、これは、見ている方にお見せできない程の顔をしているぞ。主人公のする顔じゃない!
 その殺気に満ち溢れた三琴君から、なんと、右ストレートが放たれたぁ! 抉りこむように打ち込まれたパンチが渉少年に命中。
「渉よ、ツッコミしたい箇所が多すぎる。あと、殴っていいか? 思いっきり」
「……殴ってから言わないで下さい。あと、すいませんでした」
 渉少年は机に仰け反るような格好で倒れました。
「ふぅ。宿題がようやく完成したぜ。我ながら見事な模写技術すぎて自分でも恐ろしいくらいだ。これで、五限の生物に当てられなくて済む。はい、みこちゃんありがとう」
 三琴君に殴られてからものの五分で数学と生物の宿題を写した渉少年は、三琴君に宿題を返却。
「あえて考えないでいたんだが、渉さ、そこにいる夏水のことは全く疑問に思わないんだな。いつもなら俺が耳を塞ぎたくなるくらい質問責めにしてくると思ったのだが」
 三琴君は間もなく始まる三限の現国の準備をしながら渉少年に訊ねます。
「え、だって知っているもん。夏水聡君でしょ? みこちゃんが主人公の物語の語り部さんだって聞いたけど?」
 渉少年はさも当たり前だという顔をします。その答えに三琴君はきょとんとした顔になりました。
「聞いたって誰に」
「フフッ、秘密。みこちゃんの知らない所で世間はグルグルと様々な思惑が蠢いているのだよ」
 渉少年はニコニコと笑顔を振りまきます。
 そうなのです、世間というモノは主人公には一切何も語りません。そんな理不尽だからこそ世界は面白いのです!
「なんだかお前らと話していると、こっちの頭がおかしくなりそうだ」
 三琴君は眉間を押さえてうんうんとうなり始めました。
〈ウオォォオオオオオーーーーーン〉
 三琴君がいきなり大声で唸り始めた。……と思いきや、これはどうやら違うみたいですね。
「俺がそんなに大きい声で唸り声を上げるわけ無いだろ。これは地球外生命体の襲来警報のサイレンだよ。避難しないとなぁ、ここから近いシェルターって何処だ?」
 おっと、僕の小さいアドリブボケもちゃんと拾う、そんな三琴君が素敵過ぎて僕、眩暈がしそうです。
 そんな僕のことは気にする様子も無く、三琴君はのびのびと避難の準備を始めますが、教室の中はというと、そんな三琴君の様子とは打って変わって、サイレンを聴くや否や阿鼻叫喚。勢いよく飛び出す生徒が目立ちます。
 皆さーん、危ないので、避難の鉄則である『おはし』もしくは『おかし』のルールは守りましょうねぇ。
 えーっと、確か、【おったまげない】・【はっしゃしない、または、かっしゃをまわさない】・【しんだフリをしない】でしたっけ?
「いや、絶対違うだろそれ。さて、シェルターまで行くか。ってか、渉は?」
 渉少年なら、サイレンが聞こえてものの数秒で飛び出して行きましたよ。ご覧の通り、この教室には今、三琴君しかいません。
「……俺を置いて先に行くとは薄情な奴め。今度こそ宿題貸してやらねぇ」
 そう言葉を吐きながら三琴君は学校内の退避シェルターへ向けて避難を開始します。
 そんな三琴君の前に突然、人影が横切ります。
「そう簡単に避難出来ると思ったら大間違いだ」
 三琴君の前に現れたのは、敵、じゃなかった、亀山先生と部長の楓原君の二人。
 何故か楓原君の手には、まるで人が入りそうな麻袋が握られています。これは、三琴君がハントされちゃいますね。ミコトハンターですね。
「それだったら、俺にとっては敵に変わりないじゃないか。先生、そこを退いて下さい」
「山吹もサイレンを聴いたろ? モデリング部はサイレンが出動の合図だと、この前教えたじゃないか」
 先生はニヤニヤとしながら三琴君にジリジリと近づきます。三琴君は、右足を半歩前に引き、相手の出方を伺っている様子。
 これは、程よい緊張感ですねぇ。実況と解説は、お馴染み語り部の夏水でお送りしております。
「俺はまだ正式に入った訳じゃないんで、避難させてもらいますよ」
 ここで、三琴君がくるっと体を半回転させて、走ったぁ! チャームポイントであるポニーテールをなびかせながら廊下を疾走する、その姿はまるで、草原を走る馬そのものだぁ!
 いくら緊急事態とはいえ、廊下を走るのはダメですよ。三琴君。という冷静な僕のツッコミは聞いていないようですね。
「そう同じ手を二度も食わない。やっちまいな、宮前兄妹!」
「はいさ!」
「ほいさ!」
 三琴君が華麗に第三カーブならぬ、曲がり角を曲がった瞬間、大きな布が三琴君を襲います。
「えっ」
 全力疾走で走っていたので、急に止まることなど出来るはずも無く、三琴君は大きな布に飲み込まれていきました。
「ゲット!」
「三琴ゲットなの!」
 宮前兄妹は手際よく、袋の口をロープでぎゅっと縛ります。しかも固結びで。コレはどう頑張っても内側から出られそうにないですねぇ。
「おう、お前らよくやったぞ。約束通り、コレが終わったら焼肉奢ってやる」
 亀山先生が兄妹の許までやって来て、三琴君が入っている麻袋を肩に担ぎました。
「わーい、焼肉」
「焼肉! 焼肉!」
 宮前兄妹は嬉しそうに、二人で腕を組んでクルクルと回ります。微笑ましいですね。
「買収するなんて汚いぞ! それでも教師かっ!」
 袋の中の三琴君は先生に抗議の意味で暴れまわります。この姿はまるで、海老みたいですねぇ。足が出ていれば、エビフライみたいだったのに、惜しいです。
「これでも、一応教師なのでね!」
 先生は、そう言って肩に担いでいた袋を思いっきり投げ落とします。今さっきまで活きの良かった海老、では無く三琴君は、『フギュ』とまたもや変な声をあげた後に沈黙。袋も動かなくなりました。
 ま、まさか、主人公なのに、死……?
「ただの気絶だ、安心しろ。おい、お前ら、この袋を運ぶぞ」
 先生の合図で、宮前兄妹と楓原君が大きな袋を持ち上げます。そして、部室の方へと消えていきました。
 果たして連れて行かれた三琴君の運命やいかに!
 そして、茶山陣町に襲いかかる脅威とはっ、ますます気になるところが満載です!
 『もでりんぐ!』次回を乞うご期待!

#創作大賞2023

二話へ
https://note.com/kuromaku125/n/n53cfc851e51a

コーヒー牛乳代をもしよければください。