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企画に必要な「5つの問い」について

長年、本をつくる仕事をしていると、素晴らしい著者の方々と知り合う機会が増えます。素晴らしい著者の知り合いは、素晴らしい著者であることが多く、つくづく仕事というのは「紹介」したりされたりすることで成り立っているなあと感じます。

今日は、そんなすごい著者たちと向き合って、「一体どんな本をつくろうか...」と思い悩んだときに、ぼくが指針にしていることを書きます。

いまも一冊、企画や構造を考えている本があります。

その著者さんには、何度か取材をさせていただき、その内容をどうやって本のカタチに落とし込むかを練る、本作りで「もっとも重要なプロセス」の真っ只中です。

その著者さんは、71歳の男性。スタンフォード大学でビジネスや遺伝子工学を学び、シリコンバレーで起業。その後、数々の世界的な企業を立ち上げ、世界中を飛び回りながら、各国の政府要人とも親交のあつい超一流のひとです。

◎「鯨」と「鮫」との格闘

取材をしていると、その方のスケールの大きさに驚かされるばかりです。

「あーそれは僕がグアテマラにいたときに...」
「シリコンバレーの起業家たちは...」

など世界中のあらゆる国でご自身が「経験したエピソード」が矢継ぎ早にでてくるし、誰もが知るメガ企業の経営者たちとの心温まるエピソードがたくさんあるし、想像を絶するような苦難に何度も直面してきたお話も聞かせていただきました。

ぼくはこのようなスケールの大きな著者のことを、敬意を表して「鯨」と呼んでいます。大きくて、壮大な物語をもっている著者。長年、社会や国のために人生を捧げてきた著者。

ちなみに、若くてエネルギーがあって「今」をリードしている獰猛な著者を「鮫」と呼んでいます。ぼくのように「鯨」が好きな編集者もいれば、「鮫」が好きな編集者もいます。

◎一体どんな本を作ろうか

このようなスケールの大きな人と仕事するときは、「本の企画ありき」でご一緒することはしません。その人とご一緒することは決めるけれど、どんな本にするかは「あとから」考えるようにしています。

そうしないと、企画とその人のスケールがバランスしないからです。かりにビジネスの本を作るにしても、ビジネススキル、自己啓発、時間術、マネー、仕事術、起業など、書店の「元棚」をイメージしながら企画してしまうと、企画そのものが小さくなってしまいます。

これでは、世界の海をダイナミックに泳いでいた「鯨」を、小さないけすに閉じ込めるようなものです。

「企画を作る」のではなく、「その人」を見る。既存のマーケットから発想するのではなく、その人を「最高の状態」でマーケットに登場させる。それが編集者の仕事だと感じています。

◎「最高の状態」に導く5つの問い

とはいえ、ここからが難題です。それだけ大きなスケールの人の「最高の状態」とはどんな状態か。これに辿りつくために毎日のように頭を悩ませます。

一流のお寿司屋さんは、鮮度のいいネタを何もせずにそのままお客さんに出しているわけではありません。

魚の仕入れ、保存、下ごしらえ、握る技術、接客、店づくりなど、あらゆる技術と経験と哲学の上に「最高の鮨」ができあがります。

本の編集者もこれに似た仕事です。

どんなに材料が大きかろうと、最終的にはお客さんが口に運べる大きさで出さないとなりません。しかも「最高の状態」で。

そのために、本をつくる時には以下の5つを考え抜くようにしています。主語はすべて著者です。

1.私の考える「大きな問題」は何か
2.それを阻む「敵」は何か
3.「何」を愛し、守るのか
4.どうやって「解決」するつもりか
5.もっとも「大切」にしていることは何か

1.私の考える「大きな問題」は何か

本というのは「問題」(悩み)と「解決法」でできています。人間が抱える「問題」は大抵同じだからと、「解決法」の差別化争いをやってきたのが出版界です。その結果、何かが売れるとすぐにコモディティ化します。

本をつくる上でもっとも大切なのは「問題を創り出す力」だと思います。

スティーブ・ジョブズがiPhoneを生み出したときに、「携帯電話のキーボードが邪魔だ」などと問題にしている人はいませんでした。問題を創り出したのは顧客でも、社会でもなく、世界のデジタルライフスタイルに革新を起こすと決めたアップルです。

その創り出した「問題」そのものにエネルギーがあり、人々の共感を呼べば、本はそれだけでパワーを生みます。エネルギーのある本とは、「問題提起」にパワーがある本のことです。

2.それを阻む「敵」は何か

問題というのは、著者が掲げる「理想」と「現実」のギャップのことです。そして、そのギャップをつくっている「敵」の存在があります。

いま、ぼくが担当している著者さんの「敵」は、「人々から知らぬ間にお金を奪っているテイカーたち」です。テイカーたちの存在によって、一生懸命働いている人たちのお金と時間と、幸せが奪われていることをいつも嘆いていらっしゃいます。

その著者さんは、人生の多くの時間をテイカーたちとの戦いに割いてきました。

とはいえ、ここで言う「敵」とは、具体的な誰かとは限りません。人かもしれないし、ものかもしれないし、現象かもしれないし、常識かもしれないし、時代の空気かもしれないし、自分自身の心かもしれない。

「理想」に向かって走るときに、それを阻むものです。

3.「何」を愛し、守るのか

本を書くときに「誰か一人に向かって書くと良い」とよく言われます。「ペルソナ」などと言われたりもしますね。たしかにその存在があったほうが、原稿がぶれずにすみます。

ただそれ以前に、「私(著者)」は「何」を愛し、守りたいと思っているのかを明確にしたいと考えています。

今年の3月、吉本興業の元会長・大﨑洋さんの『居場所。』という本を編集しました。著者の大﨑さんが「ひとりぼっち」の人をそっと抱きしめ、「大丈夫やで」と声をかける本です。

著者には、これまでの経験や後悔や想いを通して、「守りたい何か」があるものです。それは本当は守りたかったのに、「守れなかった何か」かもしれません。

母親かもしれないし、息子かもしれないし、自分自身かもしれない。人以外の何かかもしれない。

それを明らかにすれば、本が著者の分身としてのエネルギーをうみます。

4.どうやって「解決」するつもりか

「私」の考える「大きな問題」を、どうやって解決するのか。それを解決することで、どんな未来が待っているのか。

「解決法」というのは、100%完璧なものなどありません。著者自身も、常に成功と失敗を繰り返しながら

「現時点のベストはこれだと思う」

という出し方をするのが精一杯です。でも、それでいいのだと思います。揺るぎない「あり方」さえあれば、「やり方」はむしろみんなで知恵を出せばいいのではないか、というつもりで本づくりをしています。

5.もっとも「大切」にしていることは何か

最後に、著者さんが「もっとも大切にしていること」を何度も話を聞きながらはっきりさせていきます。

成長なのか、
真実なのか、
自由なのか、
家族なのか、
それとも。

これを明確にすることで、本に一本の「軸」が通ります。

◎5つが醸し出す本の世界観

ぼくにとって「取材」のプロセスでもっとも大切なことは、著者が考えるこれらの5つを明確にしていくことです。

本の企画、構造、タイトル、世界観、そして発売後の広告に至るまで、すべてはこの5つが「醸し出した」結果です。

これは、いわゆる「大物著者」に限った話ではなく、はじめて本を書く新人さんにとっても、何冊も本を出してきてそろそろ物書きとしての自分を見つめ直したいという著者さんにとっても、大切なことのように思います。

1.私の考える「大きな問題」は何か
2.それを阻む「敵」は何か
3.「何」を愛し、守るのか
4.どうやって「解決」するつもりか
5.もっとも「大切」にしていることは何か

ひとつひとつ時間をかけてあらわにすることで、「私」が見えてきたり、あらたに創っていくこともできる。それは大変な道のりだからこそ、著者と編集者が互いに、

「この人と組みたい」

という人と組んで、二人三脚で挑んでいくのが幸せかもしれません。

ちなみに、ぼくの目下の最大の敵は「締切」です...。

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