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電脳戦艦アゴスト 1-18

第二章 問いと意図

 その日の朝、いつもと同じように父の見舞いに病院へ訪れた。
 受付横の自動受付機でセキュリティカードを受け取ると、病室へ向かう。
 個室内に入ると、いつものように父は眠っていた。もう、三年になる。脳障害自体は回復しているとのことだが未だ目覚めていない。医者の話では、脳に極端なストレスがかかった状態で昏睡状態に陥ると、脳組織的には回復していても意識が戻らないままになる事例があるという。こうなってしまうと、今すぐ目覚める可能性もあるし、一生目覚めない可能性もあるそうだ。そうして、父は三年間眠り続けている。

 今日、父には死んでもらう。

 個室内のトイレで用を足してから病室から出て、廊下の先にある休憩室へ向かう。喉がカラカラだ。自販機でスポーツドリンクを買い、一気に半分ほどのんだ。
 カバンから小型PCを取り出し、予め準備していたプログラムコードを走らせる。十五分で病院の集中管理システムに入り込んだ。
 目的の病室は1601から1607までの六つの病室。末尾4の1604は欠番になっている。全てが重病患者用の個室だ。
 全ての個室の監視カメラをモニターに映した。画質が良いとは言い難いが、目的のためには充分だ。
 まずはさっきまで自分が居た1607のドアをロックした。
 これで、関係者、及び見舞い人用のワンデーセキュリティカードも使えない。自分がさっき取得したカードも使えなくなったが、これがアリバイの一つになってくれる。残りの五部屋に同時に誰もにない瞬間を狙ってロック。これでこの六部屋には誰も入れない。
 すぐさま、マスコミ各社と警察へ脅迫状を送った。もちろん送信元は偽装してある。
 PCをカバンへしまい休憩室から出てエレベーターへ。一階の受付を素知らぬ顔で素通りした。

  ***

 五時間後、再び病院に戻ってきた。しかし今度は一人ではなく一報を受けた大叔父夫婦、及びその娘と一緒だ。
 警察官に誘導され、病院内の会議室へ通される。
 そこには既に十五名ほどの人々が集まっていた。おそらく「残りの五人」の家族だろう。自分たちと同じだ。自分たちのすぐ後にも、一組の夫婦と思われる男女が狼狽した様子で部屋に入ってきた。どうしたら良いのかわからない様子だったが、部屋内に居た警護係と思われる私服女性警察官に席へ促され、座った。
 「これで全員……でしょうか?」
 ドアが開き、警察制服姿の男女が数名。先頭の中年男性がそう言いながら会議室に入ってきた。
 ……なんかちびっこが居る。女の子……? いや、制服着てるって事は……?
「全員のようですね。皆様ご足労頂きまして申し訳ありません。わたくし、今回の案件に関する指揮を担当している警視庁特殊犯捜査二係の熊谷と申します。もう既に聞き及んでいると思いますが、多少事情が込み入っていまして、詳しい説明をさせていただこうと考えお集まりいただいた次第です」
 集まった家族たちがざわざわしだす。
「込み入った事情……? よくあるような立てこもりでは無いと言うことですか? 娘……人質は大丈夫なんですか?」
 一番前に座っている初老の男性がこわごわと手を上げながら発言した。
「はい。えー、まず皆さんに安心してもらいたいのは、現在人質は全員無事であることが確実にわかっている、という事です」
 集まった家族から安堵のため息が漏れた。
「その上で、現在までにわかっている事を説明します」
 そう語る熊谷刑事の顔は、状況が深刻であることを物語っていた。私の意図通りに。
「……犯人はこの病院のシステムを乗っ取り、皆様のご家族が入院されている十六階の病室の鍵を完全にロックしている状態です。中から出ることも、外から入ることもできません」
 家族たちに動揺が広がる。
「皆さんお互いのご家族の事はご存じないと思いますが、病室自体はほぼ同じ容態の患者さんが入院される部屋となっています。つまり、該当の病室に入院されている方は、全員、人工呼吸器につながっており、自力で行動することができません。ただ、現状その容態は常にモニターされており、いつもと変わらない状態であるという事がわかっています」
 ドアがロックされている六部屋の患者はすべて、人工呼吸器と自動の栄養剤投与器に繋がれている。全員が植物状態なのである。
 集中管理室ではその全員の容態がモニタリングされており、状況に応じた投薬なども行えるようになっている。
 ――今回は、それを利用させてもらった。

「犯人は、身代金と引き換えに……入院されている方の命を取引きの対象としてきました。
 ……二四時間以内に指定の金額が用意できなければ、それから一時間おきに生命維持装置のスイッチを順番に切ると」


   ――続く。

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