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子宮の詩が聴こえない1-⑥

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■| 第1章 詩人の勧誘
⑥「カフェでの遭遇」

小柄で若い女性がステージに上がった。
先ほどの妊活中の女性とはうって変わって、明るい表情だ。
「21歳の大学生で就職活動サボり中です! やりたい仕事もなくて、どうしようかと思っていて、親とケンカしてばかりで」

それを聞いた番長あきが笑った。
「分かる。親うざいよね。私もそうだった。それで?」

「ブログを書いたり、発信するのが好きなので、どうやったらあきちゃんみたいに大勢の人の憧れになれるのかなって……。あきちゃんのこと超尊敬してます!」
大げさに頭を下げるので、会場からクスクスと笑い声が漏れた。

「どうやったら私みたいに? ラッキーちゃん、どう?」
急に振られたラッキー祝い子はマイクを落としそうに慌ててみせ、また会場を盛り上げてから言った。
「まず行動でしょ。親とか人の目なんか気にせずに自分を出してさ」
「それだよね。さすがラッキーちゃんだ」

「誰の目も気にせず自分を出す」のような言葉は、子宮の詩を詠む会関係者のブログで毎日のように綴られている。

まさみもずいぶんとそれらを反芻した。
一般的にはただの身勝手に思えるようなことでも、子育てに苦しんでいる自分にとっては、至言に思えた。

番長が首をかしげて言う。
「就活ねえ……。しなくていいんじゃない? あなたの子宮から聴こえるよ。自分に就職しちゃえばいいって」

またファン以外には意味不明な言葉だが、やはり相談者は喜んだ。
「やっぱり!最近子宮がそう言ってると思ってた!」
番長とラッキーは顔を見合わせて大笑いした。

「じゃあ、あなたの子宮の詩を詠みましょう」
そう言って番長がまた肩に手を置く。

「自分に就職しよう。好きなことをやる。社会に属さなくていい。あなたは発信者。一生困らない。誰よりも自分を知っている私を、子宮を信じて。自分に就職しよう。……困ったらすぐ番長あきちゃんに相談だ」

コミカルな詩。おどけるように発した「相談だ」に、会場がどっと沸いた。
大学生の相談者は満足したようにステージを降りた。

番長あきは3人目の相談者を前に、会場に向けて切り出した。
「自分の生活や生き辛さで悩んでいる人、どれぐらいいるのかな? 手を挙げて」
会場のほとんどが挙手した。まさみも当然のように。

「やっぱり悩んでいる女性ばかりなんですよねえ」
うなるように言ったラッキーに、客席のほぼ全員が同調。
それを見た番長が明るく言う。

「子宮の詩を詠む会は大きな野望を持ち、いろいろと計画を進めています。悩めるあなた達が生きやすくなれる場所を……。もうじきブログで発表できたらいいと思っています。ぜひ期待してくださいね」

まさみとタムタムも含めた、おおー! という大きな感嘆が響いた。


2時間にわたるセミナーが終わった。
まさみはタムタムから誘われ、駅前のカフェに入った。
席に着いてすぐ、手帳を取り出し、メモした詩を見返した。

個人セッション相談者の3人目は、幼い子どもとの接し方に悩む母親だった。まさみと似たような悩みを持つ人に、番長あきからの激しい詩が送られていた。

「子どもは勝手に育つ。親は自分が幸せだと見せるだけ。それが子育て。孤独を育てるのが孤(子)育て。子どもには子どもの人生がある。愛しいのはまず自分。愛しい子宮がつくった作品を信じて」

子どもを「作品」とするのはいかにも番長らしい考え方だ。
しかし、すっかり心酔した心には強く刻まれていた。

「まさみちゃん、4万9000円の個人セッションを買わなくても悩みが解消しそう。よかったね」
「すごいです。参加費1万4900円だけで。すごい価値がありました」
セミナーを振り返りながら感想を言い合う。
「私は独身だけど、子どもには親が幸せであることを見せるだけでいいって分かるなあ」
「まだ怖い気もするけど……。自分の生きたいようにって思いました」
小一時間ほどそれぞれの生活なども話してすっかり打ち解けた。

コーヒーも間もなく飲み干す。タムタムはメニューを見ながらケーキの物色をしている。

しばらくすると隣のテーブルに、男女2人ずつが座った。
それを見たタムタムが目を丸くして絶句する。
まさみも思わず「あっ」と声を上げた。

女性2人はなんと、番長あきとラッキー祝い子だ。

「ああ、セミナーのお客さんだ。ありがとうね」
事も無げにまさみ達に声をかけた番長あき。

真っ赤なワンピースに着替えている。顔の半分が隠れるほどの茶色の女優帽をかぶり、大きめのサングラスを外した。
ラッキーが、2人のカバンからはみ出た「あきちゃんラブうちわ」に反応し、「見せて見せて! もっひゃー! いいねえ!」と奇声を上げてはしゃいだ。

タムタムは緊張で震えながら、
「こんな間近でお二人に会えるなんて感激です」
と、やっと口にした。勢いのままに自己紹介を始める。
「私もミジブロやってますタムタムと言います。フォロワーが1000人いるんです」

「熱心なファンだなあ」
番長の前に座った男の一人が笑顔でそう言った。デジタルパーマにサイドを刈り上げた派手なヘアスタイルだ。
番長はあまり興味も無さそうに、「ショウちゃん。名刺あげといたら?」と小さく笑う。

男は、冗談にも聞こえたその言葉通り、まさみ達に向かってさっと名刺を出した。
2人は恐る恐る受け取る。

『ミジンコ公式ブログ・プロデューサー 若田ショウ』

若田という若い男は、まさみにだけ対して言った。
「子宮の詩を詠む会のメンバーですか?」
まさみが答えるより早く、タムタムが返事をする。
「はい! あきちゃんとラッキーちゃんにずっと憧れていて……」
「分かるよ。カッコいい生き方だもんねこの2人は」
タムタムをあしらうように言って、まさみに改めて向きなおした。

「あなたもブロガーさん?」
男物の香水の良い匂いがして、低めの良い声だ。
真っ直ぐな目線に、まさみはドキっとして首を振り、小さな声で答えた。
「まだ会員になったばかりで。きょうも初めてセミナーに……」

すると、カフェオレの注文を終えた番長あきが、まさみを見つめて言った。
「ものすごい美人ね。あなた覚えてるよ。入場の時にうちわを振ってくれて、目が合ったでしょう」

憧れの番長が自分に話している。感極まり、また首を振った。
「そんな……。恥ずかしいです。でも、私も目が合ったって思いました」
「あなたみたいな美しい人は一度見たら忘れないわ。とても素人とは思えないもの」

憧れの存在からの称賛に、真っ赤になるまさみ。
タムタムが羨望の眼差しで言う。
「やっぱり……! あきちゃんに言われるなんて本当にすごい…!」

それを遮るように、プロデューサー若田の横に座った白髪の男が言った。
「でもな、美人って心に闇を抱えるもんなんよ。心の専門家でもあるワイには分かるで。せやからセミナーに行ったんやろ?」

タムタムが思わず口に手を当てた。声にならないようだ。
まさみも関西弁の主に驚いた。ネット上で見覚えのある顔。そばに置かれたギターケース……。間違いない。

この男は、ミジンコブログでアクセスランキングトップに君臨し続けるスピリチュアル系演歌歌手、鳩矢銀太郎、50歳。
愛称「ぎんさん」だ。

端末の向こう側にいたはずのスピリチュアルブロガーの頂点にいる人物達。そしてそのプロデューサーとの思わぬ遭遇。

まさみの鼓動が速くなる。
タムタムは今にも泣きだしそうになっている。


― ⑦に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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