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子宮の詩が聴こえない3-①

第1章を読む)(第2章を読む)

■| 第3章 謀略の収束
①「狂乱」


静かに波音が聞こえるような港近くの広場。
夕暮れの静寂を、この日は大観衆のざわめきと大音響が忘れさせた。

ついに弥生祭が開幕する。

島外からのおよそ1000人が集い、その視線はステージ上だけに注がれていた。
大スクリーンに、空撮した華襟島が映し出される。
続けて『女神伝説』を思わせる壮大なオープニング映像。鳴り響くBGM。

爆発音とともに、スモークの中から笑顔の3人が現われた。
番長あき、ラッキー祝い子、鳩矢銀太郎。
オールスター揃い踏みだ。

既に涙を拭い、鳥肌をさするようなしぐさもある観衆に向け、大げさな音楽がけたたましく響き、悲鳴にも似た歓喜がそこに混ざっていく。

まずは主役兼メインMCであるラッキーが、マイク音声が途切れてしまう程の金切り声を出した。

「子宮の詩を詠む会会員の皆さん!! こんにちはー!!!」
割れんばかりの大歓声に迎えられたステージ上の大物3人は満足そうに手を振って応えた。


客席からやや離れた広場の隅にある丘。ここは遠巻きながら会場の様子を一望できる。
誠二たちは、客席への入場チケットを持っていない島民とともに立ち見をしていた。
ぐわんぐわんと空間に響くようなトークの内容は全く頭に入ってこない。

「すごい音量だ……」
誠二の呟きに、ワタルが返す。
「これ、入場チケットの意味ありますか。信者さん達はかなり高額であの簡易パイプ椅子の席を確保したと思うんですけど、ここで見ている我々と変わらないですよね」
「近くで見たい……という訳ではないのか」
「理解できませんよ。渡航費や宿泊費と別に、チケットに数万円を支払っているんですよね」
そばで聞いていた亜友美が分析する。
「きっとお金を払って参加するということに意味があるんですよ。金額ではなく、覚悟を示すというか……」

ステージをじっと見つめたまま、唇を噛み締めているのは「島の魅力発信隊」山本宏時だ。
誠二はその様子を見て声をかけた。
「山本隊長、あまり思いつめないでください。これ以上、島に悪い影響がないようにこの様子はしっかりと報じて働き掛けていきますから」

静かに頷いた山本は、震える声。
「情けない話です。黒田さん達に報じてもらえるのは有り難いのです。でも、島のイメージもあります。これで崩れてしまう物をもう一度積み上げるためには、すごく時間がかかる……。それが今の私には苦しい……」
山本だけではない。観客席とステージの状況を、島民たちはみんな困惑した表情で見つめていた。

この地に生きる人、故郷を守ろうとする人。
その想いを踏みにじるような轟音や奇声は長時間、響き続けている。


鳩矢は心地よさそうに汗を拭い、ステージ裏のテントで紙コップに入った飲料を干した。
「いやあー、最高の気分やったな。スーパースターの出番はやっぱりこうでないとあかんな!」
オープニングに続き、代名詞である「スピリチュアル演歌」をアンコールも含めて5曲も歌いあげたのだ。

その傍らでは、愛人の「なっちゅう」竹中なつみが頬を紅潮させていた。
曲の合間に初めてのトークショーに臨み、思いのほかうまくいった。
緊張のせいなのか日本語がおかしくなってしまう場面もあったが「怪しい中国人みたいになっとるぞ!」などと差別的なジョークを飛ばした鳩矢のフォローもあり、会場の盛り上げに一役買った。

メインイベントは、ラッキー劇団の立ち上げ発表だ。
白装束の女性たちが主役のラッキーを取り囲むようにして、棒読みの短い演劇を披露した。
思わず白目になる誠二たち……。

予定されていた「美女ブロガー」まさみの主演によるダンスなどはカットされた。肝心のまさみがいないのだから当然だ。
だが、元から秘密に進められていた計画だったため、観衆は誰も気付いていない。

演技を終えたラッキーはステージ中央に立ち、この劇団の趣旨を説明し始めた。
「ここにいるのは、大いなる宇宙の意思で集まった団員たち。これから日本全体をのみ込むほどの巨大なエンターテインメントの渦に巻き込まれていきます……」

相変わらず自信に満ちた与太話だが、それは布石だった。
この島に移住し子宮宮殿で共同生活を送るという「集客」への。

『華襟島ラッキー劇団、第一期研究生募集開始!』

スクリーンにその要項などが大きく映されると、観衆は慌ててスマホを取りだして一心不乱にメモ代わりの写真を撮り始めた。

どよめきの中、ラッキーは腰を折り曲げ、大声で叫んだ。
「あなた達はすぐに大宇宙と繋がれる! あなたはあなたなんだーー!!」

祈るようなしぐさもあれば、興奮気味に何かを叫ぶ女性もいる。目を潤ませ、ハンカチで目をおさえる姿もある。
観客のほとんどは、このような高揚感の共有を目当てに集まっている。

「もうやめてくれ……。これ以上この島では……」
膝から崩れ落ちる山本を、誠二は慌てて支えた。

静かだった島はこの日、スピリチュアルという名の狂乱の宴に侵された。


終了予定の22時を過ぎた。
花火の準備に手間取っているようだ。
ラッキーは場繋ぎのために奇抜な姿のファンを選んでステージに上げ、インタビューや質問コーナーを繰り広げていた。

すっかり飽きた様子のワタルが芝生に座り込んで退屈そうに言った。
「グダグダだなこれ。文化祭以下だろ……」
亜友美が指摘する。
「大幅に時間が押していますね。きっとスケジュールになかったものを詰め込んだから」

しばらくして、ステージ脇から演出のキング岸塚が雑にゴーサインを送ると、ラッキーが叫んだ。
「さあ、それではお待ちかね! ここにいるみんなの希望を夜空に打ち上げます!」

照明が消され、花火が上がった。
予算の関係か、20数発程度の短時間だった。

喚声から離れて、誠二たちも呆然と眺めた。
「そりゃ綺麗だけど。何時だと思って騒いでんだろうなコイツら…」
ワタルはカメラを取り出し、歓喜に溢れるステージと観客を入れて写真に収めながらそう吐き捨てた。
「お年寄りの多い島なのに……」
誠二の気遣うような言葉は、がっくりとうなだれる山本には届いていなかった。


花火の余韻が静寂に変わった時。
ふいにステージ中央にスポットライトが当てられた。

番長あきがいつの間にか一人でたたずんでいる。
そして口を開いた。

「皆さんに大切なお知らせがあります。私、番長あきは、この日このステージを持って、引退させていただきます……」

客席からは大きなどよめきと困惑の悲鳴が漏れた。

亜友美がスマホの画面を示しながら誠二に伝える。
「……こんなのスケジュールにありません。何が狙いなんだろう?」
誠二は眉間に皺を寄せた。
「ああ。引退って言ったのか今……」

番長はそのまま語り続ける。
「私はこれまで多くの『子宮の詩』を皆さんに伝えてきました。でも、この島に来て私の新たな役割に気付いたんです。それは自分の生き方を皆さんにお見せすることでした…」

ステージの脇から、ラッキーとプロデューサー若田ショウが覗き込むように顔を出していた。
「この話、事前に聞いてましたか?」
若田の問いかけに、ラッキーは首を振る。
「いや、あきちゃんが、最後に時間をくれって。どうしたんだろう急に……」

相棒とも言えるラッキーでさえも知らなかった。
番長の芝居じみたしぐさは大げさになっていく。
「……ここは伝説の島。女神の帰りを待つ島で私は、再びこの地に導かれた運命の女神として生きていくことにしました」

その言葉とともに、スクリーンには古びた写真が大映しになる。
大きくどよめく観客席。
番長あきにそっくりな顔の女性が映されている。
それは女神伝説の現存の証拠を示す明治時代の白黒写真。弥生神社に保存されていたものだ。

「嘘だろ? あれって確か……弥生神社の神主に見せてもらったこれですよ!」
驚いたワタルは自分のカメラに入ったデータを探し出して誠二たちに指し示した。

まさみによく似ていたはずの写真の女性。その顔部分だけが、スクリーン上では番長に似た顔にすげ替えられている。


― ②に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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