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子宮の詩が聴こえない1-④

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■| 第1章 詩人の勧誘
④「セミナー会場」

いつもの朝なら、誠二が焼いたトーストなどを無言で食べ、
「ありがと。いってらっしゃい」
の短いやりとりがあるだけ。そのまさみが珍しく饒舌だった。

昨日昼に見たワイドショーの話などをしている。食事をこぼしてわめくマコへのきつい当たりもない。
誠二はそのことを不自然に思うも、「機嫌がいいのは良いことだ」と軽く考えて家を出た。

スピリチュアリズムマガジンの衣笠デスクに聞いた話を振るつもりでいた。しかし、昨夜は会話のタイミングが掴めなかった。

今朝も上機嫌のまさみを見て、「ここで不用意に子宮の詩を詠む会を『胡散臭い』と言ってしまうのは……」と尻込みした。

O県沖の島に施設を買い、拠点として使う。そんなまるでカルト教団のようなこと……。
O県がまさみの故郷であるというのも大きな不安だ。
「それを知ったら、縁がある、などと思ってしまわないだろうか……」
通勤電車に揺られながらそう考えていた。

スマホで番長あきのブログを何度か読んでいるが、誠二に響くようなものは何一つない。目が滑って内容が入ってこない。
「そもそもこんなものでお金をとれるのか……?」
そう小さく呟いた。

同じ頃、まさみも電車に乗っていた。
マコを保育園に送ったその足で、誠二とは逆方面へ。

目的地の駅に着くと、徒歩5分ほどでセミナー会場が見えた。結婚式にも使われる500人収容の大きなホールだ。

「ようこそいらっしゃいました。スマホでコードを見せてください」
ホールの手前で、ドレスを着た女性2人が受付をしていた。

まさみがスマホに表示される番号などを確認してもらっていると、
「初めての参加ですか? 綺麗……女優さんかモデルさんみたい……」
横から声をかけられた。急に褒められたまさみは、
「あ、ありがとうございます。そんなことないです」と顔を右手で隠した。

立っていたのは、いつも番長あきのSNS上で顔を見ていた女性だった。確か自分と同世代ということで名前を覚えていた。
「タムタムさん……ですか。ブログ、読んでいます」
まさみの言葉に、女性は大喜びした。
「えー、読者さん!? こんなお綺麗な人が! 嬉しい!」
受付の2人と同じく、派手めなドレスを着て、がっしりとした体型だ。
たいして着飾っているわけでもないまさみが、この場では最も容姿が整って目立っている。

受付を終えて、ホール内に一緒に進もうとする2人。

「黒田といいます。実は人生で初めてのセミナー参加で、ちょっと勝手が分からなくて」
そう話すまさみの腕に優しく手を添えるようにするタムタム。
「大丈夫! 一緒に行きましょう。ほら、これをあげるわ」

大きな手提げカバンから取り出したのは『あきちゃんラブ』と大きく書かれたうちわ。アイドルのコンサートでよく見るような。

「いいんですか。ありがとうございます」
「ふふふ。私が作ったの。前のセミナーであきちゃんも喜んでくれたから、何個も作っちゃって」
「すごい…」

のりで色紙を貼り付けたようなチープな作りだ。
でも、まさみは気にならなかった。
持っていれば仲間を増やすことのできる特別なアイテムのように思え、心が躍っていた。

ホール内には椅子がぎっしり並べられている。
セミナー開始まではまだ時間があったが、既に盛り上がっていた。あちらこちらで立ち話をして大声で笑っているファンの姿。もう100人程集まっているだろうか。
一人で座っている女性を見かけると、タムタムが次々と声をかけてうちわを渡していく。

まさみは、会場中央よりもやや後ろの端っこの椅子に腰かけた。
「お手洗いに行きたくなったらすぐに抜けられるように……」
映画でも観に来たような心地だった。

しばらく待っていると会場がほとんど埋まった。男性の姿は見当たらない。9割9分が女性だろう。
うちわを配り終わったらしいタムタムがまさみの横に座った。息が荒い。

「黒田さん、下の名前は?」
「まさみです。よろしくお願いします。うちわ、本当にありがとうございます」
「いいのいいの! みんなで番長あきちゃんを盛り上げたいから!」
「でもお金をかけて作られたのでは……」
「まさみちゃんは礼儀正しいね! 子宮の詩を詠む会のセミナーに来たらもっと自分を出して、何も遠慮しないでいいのよ」

番長あきのブログを毎日読んでいるまさみだが、ファンの活気や、タムタムの熱の入れようを目の当たりにし、やや気圧(けお)されていた。

会場が暗くなる。
「始まるね。きょうも司会はラッキーちゃんだよ」
タムタムの言葉と同時に、前方ステージ脇に、小柄な若い女性が立った。
スポットライトが当たる。

「皆さま、子宮の詩を詠む会『愛と性のセミナー』へようこそ。司会を務めますラッキー祝い子です」

お辞儀をする司会の女性に、満員の会場から大きな拍手が送られる。
「ああラッキーちゃんだ……本物だ」
まさみも思わず口にしていた。番長あき関係のブログを読み漁っていれば、いつも自然と目に入ってくる人物だ。

ラッキー祝い子は、子宮の詩を詠む会のいわばナンバー2。ド派手なメイク、コスプレやダンスなどを披露し、テンションの高さが特徴だ。

番長あきがブログやセミナーで名をはせているのに対し、ラッキーは大規模イベントの企画や、コンサート活動などで若者を中心に局地的な人気を博している。
スピリチュアリストとしての経歴は番長よりも長いらしい。

ラッキーは壇上から「今日もこんなに来てくれたんだ! みんなヒマなの!?」と軽口をたたき、会場をひと笑いさせて温めた。

「すごいな……芸能人みたいだ」
まさみの興味からは少し外れていたが、本物を見たことで俄然、興味が湧き始めた。
じっとステージを見つめる様子を察し、タムタムが声をかける。
「私はラッキーちゃんのブログから番長あきちゃんを知ったの。どっち派ってわけじゃないけど……。今はあきちゃんかな。まさみちゃんはどうしてセミナーに?」
「私はちょっと疲れていた時に、たまたまあきちゃんのブログを……」

まさみがそう言いかけた時、「あきちゃーん!出番だよ!」と、ラッキーが会場後ろを向くように促した。
ファンの視線が一斉に後方の大扉に注がれ、まさみは口をつぐんだ。
スモークが焚かれる。音量を間違えたかのような轟音で厳かなBGMが流れてくる。

まぶしいライトが当たった扉が開くと、真っ白な着物を纏った女性が現れた。

大きな花のかんざしを頭につけた番長あきが、小さく手を振りながら入って来る。

「きゃーーー!あきちゃーん!」

割れんばかりの拍手と悲鳴のような歓声。タムタムや、その周囲も興奮状態。一斉にスタンディングオベーションが始まる。
遅れないようにまさみも立ち上がった。

椅子の並ぶ中央通路を通りながら、時には握手に応じ、手を挙げて歓声に応える番長あき。
タムタムが「あきちゃんラブ」のうちわを上に掲げて必死に振った。
慌てて、それを隣で見たまさみもうちわを挙げる。

その瞬間。番長あきは、まさみ達のうちわを指さした。

そして腰を折り曲げるようにして、口に手を当て、声もなく「大笑い」のジェスチャー。ブログでの力強い自己主張に見合わない、少女のような可愛らしいしぐさだ。

目が合った。隣のタムタムさんではなく、私と。
ああ笑ってる。喜んでくれた。

まさみは、これまで以上に心をぎゅっと掴まれてしまった。


― ⑤に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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