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ハートに火をつけろ!

生きていく上で、素朴な疑問は尽きない。

それは、
『少年隊っていつまで少年のつもりでいるの?』
という誰しもが思っているであろう事から、
『ANAとJALが合併したら、やっぱり“ANAL”になるのかな?』
という、三十六歳の大人が思いついたものとは到底思えない疑問まで大小様々で、例を挙げだすと枚挙にいとまがない。

悲しい哉、その殆どが最終的には
「まぁ、どうでもいいか。そんなこと」
の一言で片づけられがちである。心の底からどうでもいいからだ。

しかし、僕は思うのだが。
この一見、無駄でしかない“些細な疑問”というものに、人生をより豊かに過ごしていく為のヒントが隠されているような気がしてならない。

これは、そんな「どうでもいいじゃん」の一言で片づけられても仕方が無いような疑問に全力で立ち向かった、はみだし者達の遠い夏の伝説である。



約二十年前の、ある夏の夜。
高校に上がってすぐの頃の話だ。

溜まり場になっていた僕の部屋にはいつものメンバーが居た。
別に一人一人紹介する必要もないのだが、おそらく今後もこのメンバーは僕の回想に頻繁に登場するので、ここで一度紹介しておく。

“勉強ができる馬鹿”木村。(過去作、『走れエロス』参照)
“霊界探偵”山下。
“ドМクールガイ”小田。
そして、僕だ。

その日も僕たちは四人揃って何をするでもなく、同じ空間でなんの生産性もない時間を過ごしていると、木村が突然こんな事を言い出した。

「ねぇ、屁ってマジで燃えんの?」

木村以外のメンバーは思わず顔を見合わせた。

「そりゃ、燃えるんじゃない?多分だけど」

と誰かが答えるが、「証拠は?見たことある?」とやけに食い下がってくる。
この時点で、全員なんとなく「これはくだらない展開になるぞ……」と予想はしていたが、木村の次の一言でそれは確信に変わった。

「ちょっと、やってみようぜ」


こうして、僕たちは「おならが本当に燃えるのか否か」という実験をすることになった。
まず最初に、この実験をするにあたって、幾つか簡単なルールを決めることになる。

一つ目は
【おならが出そうになったら挙手】
いつ如何なるときも、状況に応じて誰もがイニシアチブを取れる。
これこそが我々の最大の強みである。
よって「変に着火係と放出係を分けずに、出そうな奴が率先して出す」という方針だ。

二つ目。
【挙手をする際の手はパーではなくグー】
今回の実験の肝である。
敢えて普通の挙手ではなく、握り拳を振りかざす事によって日本男児としての雄々しさを表現することに成功した。もはや一つの発明である。
おならが出そうになったら拳を掲げる。これが今回の実験の鉄則だ。

そして、最後の三つ目。
【ズボンとパンツが燃えたらお母さんに怒られるので放屁の際は脱ぐ】
どうせ怒られるなら、もっと有意義なことで怒られたい。
予想し得るリスクは出来る限り事前に排除しておくのが賢明だ。

四人で車座になって座り、その中心にライターを置いて、いよいよ実験開始である。

何故かお互いに目で合図をしながら一言も喋らないメンバー各位。

「いや、喋るのは普通に喋っていいんじゃないの?」

と言おうと思った矢先の事だった。

木村が握り拳を掲げた。

まるで
「娘さんを僕にください」
と今にも言い出しそうなほど真摯な表情でおもむろに立ち上がり、厳かに我々に向かって尻を出す木村。

僕たち三人は
「こいつ、堂々と屁をする免罪符が欲しかっただけじゃねーか」
という事実に今更になって気づきながらも、即座にライターに火をつける。

だが、しかし。
ここで誤算が生じた。

我々は実験を成功させたいという気持ちがあまりに強かった。
故に、ライターの火を木村の尻に近づけすぎてしまったのだ。
結果として、タイミングを見計らっていた木村の尻を炙る結果となってしまう。

「ぅ熱ッ!!!!」

木村が仰け反りながら絶叫する。
そのはずみで尻から

「バブ」

という音が聴こえた。

堪らずその場に倒れ込み、恨めしそうな眼で我々を見上げながら
「おーいー…」
と抗議の声を上げる木村に対して、我々が掛けた言葉は謝罪でもなければ、心配の声でもなく、

「そういうのいいから早く立てよ」

「さっさと出せよ。ちゃんとやれ

「何がバブだ、いい加減にしろ。赤ちゃんか」


という心無いものであった。

木村は不満を漏らしながらも立ち上がり、
「直接着火するのは辞めよう。お前ら絶対また同じことやるし
と、作戦を“にぎりっぺ”方式に変えることにした。
あと、それと同時に
「ケツ毛何本あっても足りんわ」
という平成最大の迷言を残したが、そこを深掘りしても意味はないし、話の軸もブレるのでスルーした。

気を取り直し、実験を再開して数分もしないうちに、木村が再び拳を掲げた。

それを見た霊界探偵、山下が

「こいつ、マジ…屁マンじゃん…」

と思わず呟く。
「~マンの前には最低でも二文字は欲しいなぁ…」
と咄嗟に思ったが、そこを深掘りしても意味はないし、話の軸もブレるのでスルーした。

右手に己の瘴気を閉じ込めた木村は、何故か誇らしげに我々の眼前へそれを突き出した。

目で「早く着火しろ」と合図を送ってくる。

ドMクールガイ、小田が笑い過ぎて震える手でライターの火を木村の握った拳へ近づける。

僕たちはその瞬間を息を呑んで見守った。
ちょっとした達成感と、実験を終える満足感、そして一抹の寂しさを胸に残して。

この疑問が晴れたら、僕たちはまた一つ大人になるだろう。
最高にくだらない夏の思い出は僕たちの心に刻み込まれる。
それが誇らしくもあり、少し寂しいのだ。

木村がゆっくりと確実に掌を開いていく。


僕の部屋に「ぽんっ」と、小気味の良い爆発音が響いた。



「こんな事、いちいち気にしているのなんて自分だけなのではないだろうか」

と孤独感に膝を抱えている人がきっと居る。
今この瞬間にも生き辛さを感じて胸が締め付けられている人もきっと居る。
思わず涙を流してしまう夜もきっとある。

でもね、そんなときは、どうか思い出して。

君は独りじゃないってこと。

そして。


おならはちゃんと燃えるってこと。


それだけは、

絶対に忘れないで。



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