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【手のひらの話】「つまさきの2人」

地面の色が変わった。

足元を確認してから空を見上げる。

見る見る間に辺りは暗い色に包まれ、周りはしばし騒々しくなった。

私も避難しなきゃ。

騒がしさの波に乗って、近くの雑居ビルの軒下に身を隠す。

間もなく強い雨音が始まった。




たしかあの日は朝から雨だった。

履いていく靴は決めてあって、前日から玄関にスタンバイ。

何もこんな天気の日に新しい靴をおろさなくったって…小さな迷いは部屋に置いたままにして、私は傘を開いた。

一見、黒い傘。

でも中には青空が広がっている、美術館で買い求めたお気に入りの傘を。

これならいつも青空の下にいられる。



待ち合わせた駅の中は雨の匂いが満ちていた。何となく憂鬱な空気。

彼はどこにいるだろうか。

ぐるりと見渡す。

視界の端っこで片手を挙げて合図する姿を確認した。



地上に出ると思いの外、肌寒い。

新しい靴のつまさきは色を変えている。

隣を歩く彼のローファーもグラデーションに染まっていた。


強い降りの雨ではない。

かと言って、傘は畳めそうにない。

雨で霞んだ風景の中、私は並んで歩くつまさきを眺めていた。



どこへ行こうか。

どうしようか。

そんな問いかけを繰り返している。

どこも目指さないのに歩いている。雨なのに。


本当は行き先なんてどうでもよかった。

ただ隣をずっと歩くだけでよかった。

ぽつりぽつりと、他愛のない話でもしながら。








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