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【詩】郷里の夢

嗅ぎなれた木の匂い

背くらべの傷がつけられた柱

私が産まれて

おばあちゃんの柔らかい手のひらにつつまれ

産声をあげてから

この柱は私を見守ってきた。



夕暮れに畑から笑顔で戻ってくるおじさん

ふしくれだった指をもつ大工さん

シワひとつないスーツを着込んだお兄さんは

みんなからお辞儀をされて

その一つ一つに

腰を曲げて丁寧にこたえる。



みんなみんな

この家でおしゃべりをして

満ち足りた気持ちで家路につく。




春の雨が過ぎ去った後に

ポプラの木からただよってくる

ちょっと甘い匂い。



木の枝から枝に

鬼ごっこをする

メジロたち。



夏は好きだ。

学校が休みの日

窓からさしこむ眩しい光で目を覚まし

昼の暑さを予感させる

熱気がこもった、でもどこか清々しい朝の大気の中で

お母さんが作ってくれたトーストをほおばったら

小麦色した仲間たちと

今日も果てしない探検にでる。



秋は優しい。

先生に叱られて

背を丸めて家に帰るときも

茜色の夕日が

すすきを撫でる風が

私の背中をさすってくれる。


ぽんぽん…と

お母さんのように。




冬は寂しい。

灰色の空に

細い糸がたよりなさげに絡まったような

白い雲。

どこかおぼろげな青空。

淡い茶色をした山から

切ない音を立てて

木枯らしが吹いてくる。




そしてまた春が来た。

おかえり

庭で戯れる小鳥たち

目を細めたくなるような花の匂い

ふわふわ浮かび上がりそうになる

柔らかい太陽の光。



これからもずっと

私の心は故郷とともに

空に還る日まで

ありつづけるはずだった。

毎日私と会って

ゆっくりと微笑んでくれる人たちと一緒に。




だから

今、ペンキの原色をタレ流したような

真っ青な車に乗せられて

微笑んでいたみんなが

涙を流しながら手をふる中

遠くに行ってしまうことが

とても信じられなくて

夢みたいに思えて。






それからずっと

私は夢を見ている。




夢の中で

大きくて無表情な大人から

ずるそうに笑う男の子から

皮肉ばかり言うおばさんから

嫌なことを沢山された。



夢から覚めたいけど

来る日も来る日も

同じ夢の中。



夏の盛りに

ヤブ蚊とブヨと毛虫が湧いてくる

草むらのなかを

くるぶしまで泥に埋まりながら

歩いているよう。



どこまでも。

どこまでも。



私が夢から起こされる日は

まだ来そうにない。




いつか覚めた時には

ポプラの果物のような匂いや

爽やかな夏の太陽

おだやかになぐ秋風や

どこか虚ろな冬空が

両手を広げてえくぼを浮かべ

私を迎えてくれるのだろうか。




どこまでも続くと信じていた

故郷の甘い日々。



どうか私が

眠い目をこすり

寝ぼけ眼で周りを見回しながら

ゆっくりと体を起こす日まで




時を止めて待っていてくれ。

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