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【雑記_2】いい日かどうかわりと自分次第

その日がいい日だったかどうかはわりと自分のマインド次第だと思ってる。例えば朝目覚めて「ぜんぜん起きれない!体がだるい!」となってしまった日は、その後も不調が続くし、不調が続くと些細なことが気になってしょうがない。

マンションを出た瞬間に待ち受けるカラス、片方しか接続されないAirPods、女性専用車両に乗り込むおじさん、勝手に繋がるWi-Fi、リュックを前に抱えないサラリーマン、エスカレーターでみんなが左にだけ乗るからできちゃう行列。

出社するまでにパッと思いつくだけでこれだけあるのだから、帰宅する頃にはパーン!と、溢れかえって、ハジけて、飽和状態である。そんな日は帰宅してからソファに沈んで動けない自分自身にまでいらついてしまうからどうしようもない。この文を書いている"心にゆとりのある状態"の自分なら「いいよいいよ、洗い物も洗濯も、明日元気があるときにすればいい」と言ってあげられるのに。

むかしテレビ番組でとあるお笑い芸人が言ってた「自分の機嫌は自分でとる」という言葉をふと思い出した。当たり前のことでスルーしてたけど、たぶんソファに沈み込んでしまうとき、私は私のメンタルを受け止めきれていない。あーこんな自分だめだ、だめな自分がもっとだめだめになっている、と正面から否定してしまっているのだ。
多分そのときに1番大事なのは、ソファで寝転ぶ自分を俯瞰的に見て「不調の中頑張ったんだから、くたくたになるのは当たり前!今日もお疲れ様、わたし!」と言えるもう1人の自分なんだろうな。

それさえ習得しちゃえば日常は圧倒的に好転するはず。

ゴミ回収に間に合った祝日の朝、シャッフルなのに流れた聴きたかった曲、公園で雪だるまをつくって遊ぶ親子、「カフェラテ砂糖なしでしょ」と覚えててくれる近所のコンビニ店員、駅まで信号待ちがなかったこと、仕事に集中してあっという間に午前が終わった日。


今日は元気があるから、明日のお弁当の準備をしてみよう。手抜きでいいから大好きな冷凍食品を詰めれるだけ詰めちゃおう。きっとあけたときには今のご機嫌な自分を思い出して、ふふっと笑みが溢れるだろう。



m.


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