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【小説】「twenty all」002

 また、バツンという音が響く。

 綺麗なひとだなあ。
 空良は、彼女の醸し出す雰囲気に飲まれながらそう思った。
 和装の似合う、小さな顔。艶やかな黒髪を後ろに束ね、人形の様に整った顔。
 少し釣り上った瞳が、凛とした表情を一層作り出している。
 背丈は、空良より少し上だろう。すらっとした印象を受ける。

 暫く自分が射た矢を見ていた彼女は、ふと視線の端に止まったのか、空良のいる方向に目を向けた。
「何か用かな?少年」
 歓迎とも断りとも取れない問いかけに、意表を付かれた彼は焦った。
 焦って、言った言葉が自己紹介だった。
「はじめまして、一年D組の国府田空良です」
 いい具合に掠れて上擦った声だったのだろう、彼女は呆気に取られていたがみるみるうちに表情を崩し、やがて大爆笑となった。

「・・・あの」
 真っ赤になった空良が、訳の分からない様子でおろおろする。
「ごめんなさい、国府田君」
 ようやく笑いを抑えた彼女は、目元の涙を拭いながら言った。
「どうしてこんな所へ?」
 この先は何もないわよ、と付け加える。
 見ると、彼女がいる通路の先は小高い丘となっており、校舎と外を区切る高いフェンスが立っていた。

 入部試験に落ちてメソメソしていたなんて言えないなあ。
 初対面、それもとびきりの美人に話す事ではないと考えた空良は、思わず言葉を選んでいた。
「クラブを、探していました」
「え、入部希望?」
 彼女の瞳が、一瞬輝いた。

 だが、それはすぐにかき消される。
「でも違うわ、どう見ても道に迷った感じだし、わざわざこんな所まで来る意味がないもの。それに告知も出来なかったし・・・」
 ブツブツ言い始めた彼女を見て、空良は遠慮がちに聞いてみた。
「あの、ここってクラブなんですか?」
「ええ」
 彼女は力強く答えた。
「国府田君、ここは弓道部よ」
「きゅう、どう?」
「もっとも」
 彼女は、半ば自嘲気味に言葉を続けた。
「上級生がごっそり抜けちゃって、今は寂しいものだけど」
「はあ」
 空良は正直困った。
 小・中学ずっとバスケに打ち込んでいた彼にとって、弓道なるものは全く異世界の競技だったのだ。
 しかも、先程の彼女の話からすると、現在部員は殆ど居ないらしい。いつ同好会に陥落してもおかしくない位だ。
 正直係わり合いになるものではない、今までは。
 でも、彼は見てしまった。
 先程矢を射ったあと、彼女が見せた表情を。
 あんなに、幸せそうな顔を浮かべるなんて。
 この人は、本当に弓道が好きなんだな。

「どうかな?」
 おそるおそる尋ねる彼女に、空良は大きく頷いた。
「分かりました、お世話になります、先輩」
「・・・ありがとう」
 彼は返事をして良かったと、心から思う事になる。
「私は2年C組の、河上里香(かわかみりか)です」
 至福の表情に心を奪われている空良に、里香は言った。
「そして部長です。ようこそ弓道部へ」

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