【小説】「twenty all」003
「・・・はあ」
授業中、空良は里香から借りた「弓道入門」を広げていた。
結構奥が深いもんだな。
ただ弓で矢を射てばいいっていうもんじゃないんだ。
「『射法は礼に始まり礼に終わる』か」
バスケは動の世界、静の弓道から180度違う印象を受ける。
まあ、習うより慣れろって事かな。
終業のチャイムが鳴った。
どちらかと言うと体を動かすのが性分である彼は、勢い良く立ち上がった。
目指すは、弓道を行う場所。
「弓道場に、行ってみよう」
「無いわよ、弓道場」
「え」
あっさりとした返事に、空良は言葉を失った。
「あのー、河上先輩、それはどういう意味ですか?」
ここは中央講堂の下にある運動部室棟の一角にある、弓道部の部室。
パイプ椅子に後ろ向きに腰掛けた里香は、説明を促す彼の言葉にこたえた。
「ウチの部、去年同好会から昇格したばかりなの。通算してもまだ3年位しか活動してない。目立った成績も残せていない部にわざわ
ざ投資する学校じゃあないわよね」
「そうなんですか」
「部員も建前上は6人居るんだけど、3人は掛け持ちで2人は幽霊部員。出ているのは部長の私だけ」
「河上先輩は」
少し自嘲気味に話す彼女に、空良は口を挟んだ。
「どうして、一人でも弓を続けているんですか?」
「ん、わたし?」
自分の顔を指差した里香。
「なーんでかなあ、ずっと町道場に通ってたからなあ」
ふっと遠い瞳をして言葉を続ける。
「何より弓が、好きだから」
彼女は、優しい顔で空良に言った。
「君みたいな後輩を、もっとたくさん増やさなきゃね」
「・・・はい」
力こぶを作っている里香を見て、空良は思った。
いい先輩だ、この人は。
里香の話によると、普段の日は、第2体育館の西側空きスペースで巻藁(まきわら:稲藁をまとめた俵を横倒しにしたもの、木枠の台に載っている)相手に弓を射る練習とトレーニングを行っているとの事。
あと、駅を越えた所にある町道場に、週2回通って、実際の的に向かって練習を行っているそうだ。
「とりあえず、国府田君には暫く基礎を積んでもらいます」
体操着に着替えた空良に、里香が言った。
「『射法八節(しゃほうはっせつ)』と言ってね、弓を引くには正しいカタチを覚える必要があるの」
「武道の基本ですね」
「体力作りと併せて、みっちりいくから覚悟してね」
「はい、分かりました」
こうして、国府田空良の弓道人としての第一歩が始まったのだ。
一ヶ月後、
里香の明確な指導、そして空良自身の頑張りもあって、彼の弓道は非常に上達していた。
「よし、合格」
彼の素引き稽古(矢を番えず、弓の弦だけをを引く練習)を見ていた里香は満足げに頷いた。
「次のステップに進むわね」
「ホントっスか!?」
空良の顔が、ぱあっと明るくなった。
「国府田くん、スジがいいわ。結構上達早いかも」
「河上先輩が見てくれたお陰ですよ」
「お世辞はいーの、でも、ありがと」
二人は顔を見合わせ、へへへと笑った。
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