【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第11話
風の森に広がる海面に、雨水が一粒落ちた。
輪を描いて広がっていくその数が段々増えて来て、夕立となった。
打ちつける豪雨の中、久深は膝の間に頭を埋めて座っていた。
「やっぱり、ここだった」
聞き覚えのある声に、彼女は少し顔を上げた。
潤んだ瞳に、心配そうな表情の悠生が映り込む。
「忘れ物」
目の前にヴァイオリンケースを差し出された久深は、ゆっくりと首を横に振る。
彼は、彼女の傍らにそっとケースを置いた。
暫くの間、沈黙が続く。
「もう、無理だわ」
雨が一段と激しくなる中、かき消されそうな声で、久深は呟いた。
「これが最後の場所だったから……お兄ちゃんは、もう戻らない……」
「そんな事、ない」
悠生は、彼女の肩を優しく抱いた。
「夢は、やっぱり夢なのよ」
そんな温かさに抗う様に、久深の口調が厳しくなる。
「どんなに素晴らしい夢でも、叶えられなければ何もならない。いっそ、始めから諦めた方が良かった」
そう言い切った彼女は、次の瞬間右頬に痛みを感じた。
「言いたい事は、それだけか」
彼女を殴った右手をぐっと押さえながら、悠生は怒気を強くして言った。
「甘ったれるんじゃない。そんな事で、可能性を全て台無しにしてしまうつもりなのか?」
砂浜に倒れ込んだ久深は、何も言葉を返すことができない。
「夢を叶えることが出来なくても、最後まで諦めなかった人がいるのに……」
悠生の声が、幾分寂しさを増した。
「意気地なし!」
そう言い捨てた彼は、振り向きもせず立ち去って行った。
うずくまった久深は、降りしきる雨を一心に受けながら思った。
(結局、また一人なんだ。
気付いていなかった。
私にとって篠原君が、どれだけ大切な人だったか。
どれだけ、私の力になってくれていたのか。
もう、取り返しは付かないのかな……)
どうしようもない哀しみがこみ上げて来た久深は、声を殺して泣いた。
しばらくして、ふと雨音が変わった事に気づき、ゆっくりと顔を上げる。
「風邪……引くよ」
傘を差し出した悠生は、少し照れくさそうに言った。
「あ」
手を伸ばし掛けた久深、堪えきれなくなって彼に飛びつく。
「私、諦めない!」
涙を流しながら、声の限り叫ぶ。
「あきらめないからあっ!!」
彼女の全てを受け止めた悠生は、口元だけで小さく微笑んだ。
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