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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第5話

「両親が死んでから、兄は男手ひとつで私を育ててくれました。生活は苦しい筈なのに、『久深は夢を追い続けるんだ』って、無理をしてバイオリンも習いに行かせてくれて……」

 少し言葉を区切った彼女は、小さく深呼吸をして話を続けた。
「大好きだった絵をやめて、一心に仕事に打ち込む兄を見て、わたしはだんだん罪悪感に囚われてきたのです」
 久深の顔に、苦悩の色が浮かぶ。
「高校三年の秋、新人賞を受賞した時、わたしは思い切って言いました。
『自分ばかり夢をかなえてちゃ不公平だわ』って」
「それで、お兄さんは?」
「次の日、居なくなっちゃった」
 哀しい瞳を向けて、久深は言った。
「机の上には『風の色を探しに行く』という書き置きと、さっきの詩だけが残されていました」
 項垂れて口を閉じた彼女に、彼は尋ねた。
「行方は、まったく分からないの?」
「生活費が、数か月毎に書留で届いていましたが、発送元は皆バラバラでした。それも、半年前のスペインを最後に、プッツリと……」
 久深は言葉を詰まらせた。
 瞳から、涙が一筋溢れる。
「どうしよう……私が、あんな事を言わなければ!」
「……浅緒さん」
 悠生が優しく手を触れると、彼女は縋り付くようにわっと泣き出した。



「……ごめんなさい」
 ひとしきり泣いて、幾分気持ちがおさまって来た久深は、悠生からそっと身体を離した。
「初めて会った人に、こんな事を話してしまって」
「僕は、構わないよ」
 悠生は本心からそう言った。
 その気持ちが伝わったのか、久深は涙を拭って話を続けた。
「ここ数年、わたしなりに探しているのです」
「お兄さん、を?」
「いえ、『風の色』を」
 悠生の問い掛けに、彼女はかぶりを振った。
「風の色が見つかれば、兄は帰ってくる。そう考えて、思い当たる所を虱潰しに探しているのですが……」

 久深は、海に向かって小石を投げた。
 一瞬、夕日に照らされてダイヤモンドのような輝きを見せたそれは、再びただの石に戻って、海の中に吸い込まれて行った。

「ここが、最後の場所なんです」
 彼女は呟く。
「最後にして、最大の可能性を秘めた場所」
「それは、どうして?」
「キッカケ、なんです」
 悠生の問い掛けに、久深は自分の座っている場所を指差して答えた。

「この場所、風の森で、兄は最初に『風の色』と出会ったようですから……」

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