「レビー小体型認知症かもしれない私」の備忘録 ②幻視/錯視/視覚の異常/パレイドリア
幻視
私が初めて幻視をみたのは、2022年4月だ。二つの集合住宅の間の細長い通路を歩いていた時だった。右手に高いブロック塀、左手は建物のタイル壁に挟まれたその道は、外よりもほんの少し薄暗かった。通路の途中には居住者用の集合ポストが設置されていた。
私の3.5メートルほど先だったろうか、集合ポストの奥に半身を潜め、こちらをじっと見つめる男がいた。浅黒く不健康そうな肌にやや長めの髪をした中年男性。何より目を引いたのが、男が着ているマゼンタピンクとコバルトブルーのチェックのシャツだった。ギンガムチェックのように、等間隔の幅のチェックだ。
シャツの鮮やかさに反して男の雰囲気は暗く不気味で、これが外ではなく自宅の室内だったら、そして昼ではなく夜間であったら、間違いなく私は悲鳴をあげたに違いない。
錯視
その当時、外を歩いている時に何度か人影を見た。戸建ての車庫の車の脇に男が立っていたり、植え込みの樹々の中に男が立っていたりした。視界の隅に映った一瞬の影に振りかえってみても、いつも誰もいなかった。少し離れた電信柱の後ろを、黒い人影がサッと平行に移動したこともある。近づいても、その付近には誰もいなかった。
数年前から外を歩いている時に、少し遠くにある物を見間違うことも度々あった。白い子犬だと思ったものが実はゴミ入りポリ袋だったり、放置されているように見えた不思議なスーツケースが、近づいてみると大型のゴミ箱だったりした。
どちらも単なる「見間違い」だと思った。軽度の近視のため外ではほぼ裸眼でいるのだが、日常的に眼鏡をかけたほうがいいのかなと迷ったものだった。
昨年は「見間違い」というより「錯視」と思える経験をした。駅前のバス停に立つ若い男性の足元に、一羽の白い鳩が寄り添っていた。お互いによくも避け合うことなくじっとしているものだなと不思議に思って見つめていたら、次の瞬間、鳩は男性の白いスニーカーに変わった。魔法を見ているようだった。
視覚の異常
私には頭痛を伴わない閃輝暗点が10年前から断続的にある。2か月に1度だったり、1週間に3回、1日に2回だったりと、頻度にはムラがある。
「後頭葉の血流低下」「大脳皮質に生じた可逆性の脳局在神経症状」などと理屈を知れば、閃輝暗点を怖がることはないと頭では解るのだ。しかし、きらめく光の鋸刃が波打ちながら視界を遮る、サイケデリックな状態が20分前後続くのだ。決して気持ちの良いものではない。
昨年、視界の中に突然おかしな現象が起きた。ソファに座っていたら急に眼が見えづらくなった。にわかに視界が遮られたのだ。
2メートルほど離れたリビングの壁面に視線を走らせると、そこには巨大な乳白色の雲のようなものが見えた。横長の楕円形の雲の周りをギザギザの光が、金色のモール飾りのように縁取っている。
白い壁紙の上にトレーシングペーパーを敷いたように、雲の中だけ壁紙の模様が隠れて見えなかった。いったい何が起きているんだろうと瞬きをすると、楕円の雲が円形に変化して、左目の中でフラッシュした。パチパチと瞬きする度に、金色の光に縁どられた白い円が花火のように視界に咲き開くのだ。
その現象は5分ほどですっかり治まった。これも閃輝暗点のヴァリエーションなのかもしれない。
その数か月後、金色の光に縁取られた白い円が再び現れた。白いセーターについてしまった食べこぼしのシミを、白いスポンジで叩き洗いしていた時だ。
私が右手でポンポンとセーターを叩くと、そこからふたつ、みっつと小さな円が飛び出してきたのだ。直径1センチほどの、球体ではなく平面的な白い円だった。円の周りには細く、金色のギザギザの光が光っていた。
唖然として手を止めた私は、もう一度改めて、ポン、ポン!とセーターを叩いてみた。するとやっぱり白い円が、ふたつみっつと左右に散らばって飛び出してくる。私はマジシャンか?
あまりにも漫画チックで楽しくて、でももう一度やって出てこなかったらつまらない気がしたので、そこで止めておいた。
散歩の途中にスマートフォンで撮った画像を、動画を撮ったのかと一瞬勘違いすることがあった。撮影した川の水が一瞬、キラキラと光りながら流れているように見えたのだ。その後何度か確認してみたが、動画に見えたのは一度だけだった。
2年ほど前だったか、光の小さな粒が横に平行移動するのを見た。洗面所の前を通った時、浴室換気パネルに点灯した緑色の小さな光が、右方向にツーーーッと移動していくのを見た。
後日、ソファに横たわろうとした瞬間、仁丹くらいの大きさの青緑っぽい光の粒が見えた。小さな光の粒はソファの布地を背景にして、私の目の前をツツーーッとゆっくり右側に流れていった。アニメを見ているようにリアリティがなかった。
最近は部屋の空間に光が転々と移動するのが見える。片翼のような形のくっきりとしたブルーの影だったり、ぼんやりとした形のピンクの影だったりする。
お椀の形がいくつも連なった龍のような影が、ダイニングの天井の空間をあちらこちらに移動したりもする。それらはいつも、目を開けても閉じても見える。
レビーに特徴的な幻視は、人や動物といった複雑幻視と呼ばれるものだが、私の場合チェックのシャツの男以外は、単純幻視という光の幻視がほとんどだ。
パレイドリア
パレイドリアと呼ばれる現象は常にある。あらゆる物が人の顔に見える。ひどくリアルだったり、時々漫画じみていたりするが、多くの場合私には、陰鬱な表情をした人間に見える。
乾いた超吸水スポンジが濡れた瞬間に現れる、いくつもの顔。自分が脱ぎ捨てたストッキングの丸まりが描く顔。テレビに映る逮捕者がつけているマスクに、呻くような歪んだ顔。散歩する公園内の樹木の幹に、次々と現れる顔、顔、顔。
「よく見れば、コレ顔に見えるね」ではない。目に入ったその瞬間、それは紛れもなく顔にしか見えないのだ。顔だと思った次の瞬間に、それが錯覚だと分かる。
意識しすぎでは? と何度も思った。パレイドリアを知っているから、自分がレビーかもしれないと思うから、過剰に脳が反応しているだけではないか? そんなふうにも考えた。
思いこみだとか自己暗示だとか、そういったものが脳に与える影響は、想像以上に大きいのかもしれない。そんなふうにも考えてみる。
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