あなた達に出会えたことが、間違いなく僕の大学生活のハイライト。
箱根へ行った。ずっと行きたかったんだよね、箱根。なんかかっこよくないか?軽く箱根へ温泉にでも行く、なんて字面。大人みたいでさ。こういう考え方は相変わらず子どもっぽいとも言えるだろうけれど。
2023年冬。
一通り大学での行事‥大学祭やら、授業やら、免許取得の手続きやらを終わらせた僕だが、とにかく「前からやってみたかったことやってみよう!」というわけで、ヘンテコ長期旅行に出掛けることになる。
スノーボードが楽しくて雪山に通い詰めたり、1人で北欧のサウナに入りにいったり、台湾で激甘のソーセージを食べたり。そんな感じ。
ちなみにフィンランドでは財布を、エストニアではスマホを無くした。一文無しでも人間帰国はできるし、なんとかなるものである。この話はまた違う場所でできればいいとする。
そうして、大学生活最後の旅行に選んだのが、箱根だった。
ちなみに春からお世話になる予定の会社の同期(東京に住んでいる)には「えー??そんなに色んなとこ行って、卒業旅行の締めで箱根なんだ??笑」と言われた。嘲笑である。悔しい!関東圏に住んでいる方からすれば、箱根(笑)などすぐいける距離にあるらしい。悔しい!悔しいが、こちらは天下のユニバ様に「通う」ことができるのだ。どうだ参ったか!わはは!俺の勝ち!お前の負け!
まあ僕は本物のユニバには二回しかいったことがないんだけれど。
ちなみに今回は箱根の情報を深掘りするわけではない。せっかく箱根のお土産話が聞けると思ったのに!!という方はネットまとめニュース的なものを見た方が数倍この後の人生において良い。じゃらんとか。知らんけど。
僕は2、3人の旅が好きだ。旅行は少人数の方が良い。一人旅は楽で楽で仕方がない。なにしろ行動の全てを自分で定めることができる。同行者への気遣いも必要ない。でもちょっと寂しい。ヘルシンキのビジネスホテルは、雪の降る夜を1人で過ごすにはあまりに洗練されていて、簡素で無機質だった。
やはり旅先での感動は分かち合いたいもの。
だから、3人くらいなら普通に楽で、とても楽しい。
けれど、箱根旅行へは5人で行った。
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2020年春。一年次、
僕の大学生活はコロナで始まった。何度も何度も書いていることだが、マジで友達はできず、(大学職員さん、教授方は全力を尽くしてくれているように見えたのだが)どうしても授業もオンラインが始まったばかりで淡白だったし、サークル活動も何もなく始まった。無味乾燥の浪人時代を経て、どちらかといえばそういう「青春」めいたものを渇望していた方だったと思う。
そうして、ズームだらけの新歓で最初に入った場所で知り合ったのが、その5人だった。表情も明るく、優しく、みんなとても良いやつそうだった。
最初、とても仲良くなれる気がした。
二週間ほどして、すぐわかった。
「あ、無理だわコレ」
1人紹介する。
彼らの中には、相当なお人好しがいて。(じゃあいいことじゃないか)
有り体に言うと、僕はこいつのことが、かなり最初苦手だった。「かずき(僕の名前)はすごいなあ」とか「かずきにはいいところがいっぱいあるから、俺も盗めるようにがんばるわ」とか。
うん。先に断っておくがとうぜん彼が悪いわけではない。当たり前である。全て僕の問題であった。
中高時代をほぼ男子校で過ごした僕には、自分の中で知らず知らずのうちに「人間関係のルール」のようなものが染み付いていた。共学育ちの彼らとはあまりにも文化が違った。兢兢諤々である。
まず、僕の高校(中学も)では「人を素直に褒める」ということをほぼ、しなかった。たまにしてた気もするけど。
なんて非人道的で不道徳な!と思うかもしれないが、マジでしなかった。いやなんで?褒めろよ人は。
今思うと、プライドゆえかなとか、気恥ずかしかったんだろうなとか、そんなことも思いつくが。
(だから、四ヶ月前くらいに母校へ教育実習へ行った時、とても驚いたのだ。数年前の僕たちと全く同じ肩書を持つ彼ら彼女らが、あまりにも僕たちとは違っていたから。とても素直で素敵な子達だった。今でも大切な教え子と言わせてほしい。教育実習生風情が実に偉そう。)
しかしそんなこと、思いつくわけもなく。彼からすれば、特に意識もしていなかっただろうが━━掛け値なしにすらすらと僕を褒める言葉が出てくるのは、当時の僕からすると、とても気味が悪かった。何かしら見返りを求めているのでは?とか。
彼と一緒にいることが苦手だった。
あとナヨナヨしてたから。しゃんとしろしゃんと。
でも、こんなに(自分ではそう思っていた)邪険な態度をとる僕だったのに、どうしてか彼は僕のそばを離れることはなくて。隣とは言わずとも、近くにいてくれていた。
1年が過ぎ、2年が過ぎ、3年目にもなると、もう僕の方から隣に移動するくらいになっていった。
思慮深く、冷静で、僕にはない穏やかで緩やかな空気を纏い、自分の中での規範を持つ彼を心から尊敬するし、どうかこれからも近くにいさせてほしいと思う。全然物理的には離れてくれて構わない。
そういうやつが、中心にいた5人組が僕たちだった。
ずっと一緒にいたわけではない。いわゆるイツメン、ではない。ただし節目では必ず集まっていた。5人でいる時が好きだった。
その団体からはもう随分前に引退しているし、大してそれが重要なわけではないが。ただ、一年時に入部した経営学部自治会の同期、として存在していることが、僕のアイデンティティであり、誇りだったのだと思う。
あまりのあなた達の眩さに、目を背けたい時もあった。視界から消そうと瞑ってしまいたい時も、離れたい時もあった。
けれど、あなた達こそ。
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そんなこんなで。
中学受験を、両親と塾講師に導かれ。
高校時代を柔道と書道、生徒会に捧げ。
大学受験に失敗、絶望、浪人の末に夢を描いたキャンバスはあまりにも灰色であり。辟易し、諦めかけた時、たまたま入部した先で彼らに出会えたことが、間違いなく、この四年間で最も大事なこと。
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四年で、いろんなことはあった。
1人は僕が紹介した女性と付き合ってしまうし。
1人は下ネタ以外の語彙を無くしてしまうし。
1人は休学するし。一緒に卒業するんだろ!(卒業式には来るらしい。まだ三年生のくせに。)
大学生なのに喧嘩もしたし、好きになった女性が被ったりもしたし、途中でメンバーが団体からいなくなってしまったりもしたし。
けれど、5人で揃って箱根行ってるんだから。
浴衣着て温泉卓球してるんだから。こっちはさ。
一年の時にバカみたいに「おれらで幹部揃えたいな」とか、そういうくだらないことを言った僕たちに、少しは顔向けできるだろ。
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これから先は大学生活のことなんて、どうせ一括りに質問されてしまうのだから。
大学、何が1番よかった?と聞かれたら、なんてつまらない答えなんだろうとは思うけれど、どこからどう考えたって、そう答えたい。